第5話 少女は時をかけたっぽい?
無精ひげの伊達男がコーヒーカップを傾ける。
「佐喰、敵の見当はついてるのか?」
「ちょっと分かんないかな~。一応学校には連絡したけど音沙汰ないし、敵も政府全体とかじゃなさそー」
「おいおい、校長や担任が敵だったらどうすんだよ。逆に消されるリスクもある」
「先生たちは顔に出るし、修学旅行で競馬行ってた弱み握ってるから心配ないよ~。さっきもほら、職員室でTRPGやってるのイヌスタに上がってる」
「懲戒食らえそんな教職員ども」
「……」
ズズッと飲み物を啜る音が三つ重なる。鹿児島産の豆特有のまろやかさが漂う。
自然モチーフのグリーンカフェ。今は無き異国情緒に溢れた店内は大手チェーンにも劣らない繁盛具合だ。初老のマスターが更に雰囲気を掻き立てる。
その店に一人、ミスマッチな機動隊の装備で座る男あり。莉子と茜の前で優雅にブラックを飲み干す。
「自己紹介まだだったな。俺は立花、佐喰の監視役だ」
「も~推薦生の補佐監督でしょぉ? 人を犯罪者みたいに言わないでよぉ」
「そこら辺の犯罪者はレインボーブリッジを屍の山で通行止めにしねぇんだよ」
「あっははぁ。その節はありがとねー! 避難終わったタイミングで橋落ちちゃったからさぁ~」
「封鎖できない橋を落としちゃったよ!」
「「ん?」」
「そっか世代じゃなかったよね!!」
ジェネレーションギャップを感じた茜は赤面した。
「そういや曹長のオッサンがそんな冗談言ってたような」
「……茜ちゃん。薄々気付いてたけど、そろそろ聞いちゃうね」
お互い抱いていた違和感を解くように莉子は尋ねる。
「監禁の前後の記憶、飛んでるんだよね?」
「うん……自分でも、どうして記憶がないのか、分からないけど」
「……監禁前の日付、覚えてる?」
「――二〇二七年、八月十日」
「やっぱり。ゾンビパニック前の日付だね」
「タイムスリップ、なんて信じてもらえないかもだけど……」
「いや、茜ちゃんからしたらタイムスリップだよ。冷凍保存中なんて意識ないし、本人からしたら未来に飛んだ感覚だろーし」
「冷凍、保存……?」
血の汚れとゆるキャラシールだらけのスマホを莉子はタップする。
「冷凍保存。オハピッピの解析が進んでから実現した再生医療だよ。病気の治療法確立まで待機。それか冷凍保存そのものによって怪我や病気を治すの」
画面には冷凍マグロのようなゾンビが棺ベッドに保管されている画像が映る。
「解凍作業中にゾンビ化させることで、冷凍前の状態に戻る。その過程で茜ちゃんが眠る前後の記憶が飛んでるってわけ」
「じゃあ私も、ゾンビに……」
「いきなりじゃ受け入れられないよね。だいじょーぶ、ゆっくりで良いから」
ショックを受けて顔色が悪くなった茜を、莉子は背中を摩って落ち着かせる。
(――それでも、おかしい点はあるけどねぇ)
莉子は茜の話に違和感を覚えていた。
(冷凍保存技術はゾンビ騒動が起きた後の産物。けど茜ちゃんはゾンビすら知らない時期から眠ってた。ちょっと辻褄が合わない……)
茜の言葉の真偽は一切疑っていない。だからこそ矛盾が生じる。
(一般普及する前から冷凍設備が揃ってるとこなんて超レア。いや、それより当時ゾンビ化してたならゲン――)
「悪いがゲームセットだよ。嬢ちゃん」
莉子が気付いた時には、周囲を包囲されていた。
異国のマフィアが二十人、いや三十人、彼女一点に銃口を向けている。そして交渉も反撃の余地も与えられず、無数の引き金が音を立てる、
「莉子ちゃ――」
「伏せろッ」
立花がテーブル下へ茜を避難させた。同時にけたたましい銃声が耳を突く。
弾ける火薬。割れるガラス。ドチュッ、ドチュッと聞こえる鈍い音。手で塞いでも茜の耳を爆音が刺す。
次第に嵐のような音が止み、茜はその隙にテーブルの間から覗く。
「ひっ――」
「かはッ、ハァー……」
――立っていた。佐喰莉子は銃弾をその身に全て受け、尚も立ったままだった。
浅い呼吸と共に多量の血を吐いて莉子はえずく。
「莉子ちゃんッ!!」
顔を出して、茜は穴だらけになった莉子の全身を拝んだ。
床から椅子まで一帯、彼女の血肉が飛び散っていた。
「ひど、い……こんな、傷……」
「――ホントに酷い。寝落ちで顔にスマホ落とした時ぐらい痛いなぁ」
「……うそでしょ?」
たちまち銃創は癒えて、空いた穴に肉が埋まる。
出血はビタリと目で見える速度で止まり、体内の鉛玉をスイカの種のようにプッと口から飛ばす。
時間が急速に経過するように、莉子の体はものの数秒で修復された。
「あ、アアぁ……効くわぁ、調合されてるゾンビ化薬」
瞼を開けた莉子の目は縦長の瞳孔、豹の瞳に変貌する。
舌なめずりをし、彼女は腕に刺した注射針を雑に抜き捨てた。肉は泡立ちながら超速で再生する。
一番近くで見ていたマフィアは理不尽さから思わず溜め息が出た。
「まったく勘弁してくれよ。体力ゲージが二段階以上のバケモン殺せなんて聞いてないぞ」
「ラスボス扱いしないでよぉ。ウチは残機と装備整えるまでカジノで稼ぐタイプなの」
全方位から射撃を受けて無事な生物を彼らは知らない。カートリッジに残る半分以下の弾丸に頼り甲斐はなかった。
スタンガンを口に咥え、二丁拳銃をクロスして莉子は構える。
グルンと目は回り、口から瘴気を漏らす。獣の唸りが低く床を這った。
「じゃ、おひおきた~いう!」
勢いの衰えた銃弾の嵐を、一発も当たらず駆け抜ける。
蛇のように這い、燕のように避け、蜂のように撃つ。敵の銃身を撃ち抜き、蹴りや引っ掻きで翻弄し、咥えたスタンガンをトドメに刺す。
莉子はパルクールの動きで華麗に跳ね回る。
敵が減ってきたところで、立花は席に座り直して鑑賞を始めた。
「速攻タイプの薬か。中々ヘビィなモン使ったな」
「いいい生きてるのさっきので!?」
「頭に当たんないようにしたの~。体で受け止めたらゾンビ化で治るしぃ~」
「痛覚アリでやるな。てかゾンビ状態で受け答えしてる時点でバケモンだよ」
ここで莉子はゾンビ状態が終了する。
獣の動きから一転し、打撃から投げ技を交えてマフィアを落とし出した。
「莉子ちゃん、つっよ……戦闘力とかゾンビ化もそうですけど、咄嗟の判断がビックリするぐらい早い……」
「佐喰の異常性はココなんだよ。倫理観がないとか、そんな浅いとこじゃねぇ。ブレーキを意図的に壊せるとこだ」
「意図的に?」
「やってる事はめちゃくちゃで、普段通り明るいまんま戦えてんのは十分サイコなんだけどな」
監督役について長い立花は疲れた表情で戦いを見守る。公園の子供を見ているような目だ。
「冷静に、正確に、敵と護る対象を判別しながら戦って悦に浸る。意外と器用なもんだ」
言葉通り、莉子の動きに無駄はない。最適で有効な攻撃を繰り出し、安全確保をした上で死体撃ちする。
血と硝煙の中で踊れるのは、この女だけだろうと思わせる満面の笑みを浮かべていた。
「ゾンビ推薦生は討伐ボランティア実績や国基準の体力テストをクリアしたエリート揃いだが……ゾンビ状態で武器扱える推薦生は、アイツ以外見たことがねぇ」
立花が語る間に、莉子は制圧を完了させる。マフィアは気絶か、痛みで動けなくなっていた。
「心は日常に置いたまま、体を戦場仕様に切り替える。それが佐喰莉子の強みだ」
マフィア達を積み重ねる莉子を眺め、茜はその特異さを再認識した。
「って佐喰、人間でジェンガすんじゃねぇ!」
「事情聴取できるまで待つの暇じゃーん」
「この前もそれでドミノして聴取遅れただろうが!!」
銃弾の雨音が止んでから、一番大きな怒号が店内で無情に木霊した。




