第3話 国家権力なんのその!
「ぞ、ゾンビ推薦生!?」
「そ! 大学に推薦で入りたくてゾンビ狩ってるの~」
「山ほど問題ないかな」
「民間企業よりはマシだよ? ゾンビ推薦生って少ないから管理ちゃんとしてるし」
タクシーの後部座席に並んで座り、莉子は茜に知っていることを聞き続けた。
「オハピッピから抗うつワクチン『ドッピンピン』ができて全国民鬱問題が解消されたことは?」
「知らなかった。あと名前どうにかなりませんでした?」
「違法なゾンビ兵団作ったヴェルガート社が『四国独立紛争』起こして、全国でうどんが六年食べれなかったのは?」
「本当にここ日本ですよね?」
「スーパーのビニール袋が有料になったのは?」
「それは知ってる」
九割の質問に茜は答えられなかった。
「本当にこの二十年のコト何も知らないんだねぇ~」
「す、すいません……」
「ああ、責めてるとかじゃないよ? ただ不思議だなぁと思って。さっきもポリスメンに――」
『ゾンビも知らない同年代の女の子を保護したぁ……? んな子いるか?』
『よく分かんないから、お話聞きながら交番向かってまーす。飲み物準備してて~』
『全く。ジュースで良いか?』
『スポドリ四リットルにウニいくら白子マシマシ』
『痛風なる気か』
「って感じで向こうもビックリしてたよー」
「飲み物のせいでは?」
緊張も和らいだ茜はツッコミもはさみつつ、莉子に質問を返す。
「そもそもゾンビって、こんな簡単に治るものなんですか?」
茜は噛まれた痕すら綺麗になくなった腕を眺めて尋ねる。
「噛まれての感染だったら市販薬でも治るよ~」
「ゾンビが治るって人生で初めて聞きました。便利な時代ですね」
「茜ちゃんはむしろ治りづらかったぐらいだよ? ウチのヤクだったら一分以内でフツー完治なのに」
答えを聞いても、茜には現実味がなかった。
「実際に見聞きしてもまだ信じられません……そもそも、ゾンビが街にいるのになんで皆が平気そうなんです?」
「う~ん。ウチは生まれてからずっとこういう社会だったしなぁ」
頭を揺らしながら莉子は説明を捻り出す。
「ドラッグ摂取以外のゾンビ化……つまり感染しただけならあんま怖くないの。ウイルスの致死性低いし」
「ウイルス……?」
「ゾンビって薬物を摂取するか、ゾンビの出すウイルスに感染するかでなるの。後者のゾンビは理性も残りやすいし、ほぼ確で治るよ」
「そこまでゾンビウイルスって弱いんですか?」
「うん。普通に餅の方が人殺してるレベル」
「分かりやすい喩え!」
「それに感染じゃなくても、皆一回ぐらいはゾンビ化するし~」
「え、いっか……は?」
「ゾンビ化って仕組みが医療にガッツリ入り込んでるの。麻酔の代用とか、怪我の回復のためとかに」
「ぞん、いりょ……へぁ?」
進みかけた茜の理解は振り出しに戻る。
「ゾンビになっても大抵戻れる。だから認可や専用デバイスは必要だけど、希望者はゾンビになって働くこともできるんだぁ」
「だから、こうして……」
二人が乗るタクシー。それの運転席から先は天井もボンネットも、ハンドルすらない。
「あああァァァァァァァァァァ」
「あオばクぅぅぅゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「バウ、バウ、バウウ……」
「ほらほら鈴木さん。歩行者襲わないで」
ただ運転手が手綱を握って、馬車の要領で三体のゾンビにタクシーを引かせているだけだった。
「ゾンビ治す技術はあるのに、なんでこんな世紀末タクシーが?」
「半導体足りてないんだって。国際社会の崩壊で貿易が機能しなくなったから、デバイス業界は二十年止まってるらしいよー」
「道徳観は後退してないですか……?」
「まあ全員やりたがる訳じゃないよ? でもお給料良いから、稼ぎたい人がやってるの」
金の為にゾンビになる労働者。そんな狂気で走るタクシーは常に時速六十キロを出していた。
それから二分後、ゾンビタクシーは最寄りの交番に着く。
「着きましたよ推薦生さん。請求は後ほど学校の方へ」
「おじちゃんありがと! 運転ゾンビの人たちも~!」
「「「あウウウゥゥゥゥ……」」」
半端に自我のあるゾンビ達は嬉しそうに万歳して走り去った。
「さて、あとは電話のポリスメンが――」
「さっき連絡してきたのはお前か?」
交番から二人の警官が莉子達を出迎える。
「佐喰莉子。確かゾンビ推薦生に登録されていたな」
「ご苦労だった。霧ヶ峰茜のことはこちらが保護する」
見慣れた服装のせいか、茜は警官を見て安心感を覚えた。
「よ、良かった。莉子ちゃん、ここまでありが――」
「ありゃりゃ、オジサン達お漏らししちゃったみたいだねぇ~。早漏?」
莉子の言葉に、手で前を隠しながら警官たちは動揺する。
「なっ、何を急に……!」
「そそそ、そんなことないぞ! なな何を根拠に……」
「そこ図星なのはどうでもイーんだけど。それに反応が童貞臭いし、なんかイカ臭いなぁ」
「莉子ちゃん、あんまり言うのは可哀そうだよ」
「あー茜ちゃんステイ。ウチより前に出ないようにね~。このオジサン達、多分《《クロ》》だから」
腕で茜を制止し、莉子は身構える。
「ウチは通報するとき、『霧ヶ峰茜』って名前は一度も言ってない」
しまった、と言わんばかりに警官は口をぽっかり開けた。
「だってゾンビ知らないんだよ? こんな常識も一切知らないで監禁ってゆーのは、記憶喪失より危ないネタが後ろにあるって分かるじゃん」
茜と出会ったタイミングで彼女は気付き、一策講じていたのだ。
「国家権力絡んでるのか、それともある程度の範囲だけ買収されてるのか……分かんないから交番にはしばらく寄れそうにないなー」
「クッ……」
「はいお二人そこで停止ねー。だるまサンダーコマンダー」
距離を詰めようとした警官二人に、それぞれ銃口が向く。
スライド表面が傷だらけのイーグルと、新品のリボルバーが怪しい大人たちを睨む。
「……嬢ちゃん、安全装置が外れてねぇぜ」
「まさか。これ最初から付けてないよ」
莉子は躊躇なく警官の足に発砲した。
「あがああああアアアアア!?」
「ヒィっ!?」
「ほっ、ほ、本当に撃つやつがあるか!!」
「そっちこそ今のご時世珍しいね。素人が銃持った時以外、そのハッタリ通用しないよ?」
一発の弾丸で上下関係は明確になる。
「人もゾンビも同じ」
十七の少女。おどけた雰囲気や派手なピンク髪からは想像もつかない覇気。
銃口を突き付ける莉子の姿は巨大な刃物を思わせる。
「頭と体を切り離せば、震えは止まる」
ゾンビ推薦生。その肩書きが、警官たちに死の気配をより鮮明に感じさせた。
「ってことで、じゃあねぇー」
発砲――に見せかけ、莉子は筆箱を投げる。
彼女は即座に茜の目と耳を塞ぐ。一秒後には筆箱は爆ぜ、けたたましい音と閃光を放った。
「り、莉子ちゃん!?」
「大丈夫ダイジョーブ、ただのスタングレネード。ちょっと麻酔成分も混ぜてるけど」
音爆と光、麻酔の影響で警官は痙攣して倒れていた。
「おっ、おっ、お巡りさんに手出しちゃった……本当に、平気なの? 莉子ちゃん、ゾンビ推薦生って制度使ってるなら政府に逆らうみたいなこと――」
「いーのいーの、後で正しいのはどっちか分かるんだし。悪評が広がる前にやっちゃえば」
莉子は堂々と、茜はそそくさと交番から立ち去る。
「行こっ。お気に入りのお店寄らなきゃ」




