第2話 ガールミーツガール&ゾンビミートボール
小さい頃、お父さんよくウチに大事なことを言い聞かせてた。
『莉子は困ってる人を助けられる人になるんだよ』
二回目の結婚詐欺に引っかかった時だったと思う。
『誰かを傷つけるようなことをしてはいけないよ。自分にいつか返って来るから』
担当のキャバ嬢に別のお店行ってたことバレて出禁になった時、半泣きで言ってたっけ。
『そしてこれが一番大事だ。この激動の時代、お前は芯の強い人になれるようコレを覚えててくれ――』
庭にゾンビを下半身だけ埋めて、芝刈り機で轢きながら教えてくれた言葉。
『法律が許す範囲で、気に入らない奴はぶちのめせ!!』
今でも心の支えになってる、大好きなお父さんの教え。
※
「……っていうのが、ウチのお父さんとの思い出」
「クレイジー過ぎるよ。アンタも父親も」
「あ、店長ラッシーおかわり~」
インドカレー屋の店主はドン引き顔のままラッシーを注ぐ。
莉子はちょうど二枚目のナンを完食するところだった。
「で、リッコのお父さんも今は元気してるノ?」
「うん。この前もマチアプの子にドタキャンされてメソメソしてたよー」
「本当にロクでもない親父だネ!」
「にしても店長って日本語上手いよねぇ。検定何級?」
「上手いってアンタ、ワタシ生まれも育ちも日本だもの。父ちゃんがインド人なだけ」
「へぇ~初耳!」
「もう言うの四回目だヨ」
笑顔がデフォルトな筈のインドカレー屋の店主も、莉子の前では目が死んでいる。ゾンビの瞳がまだ生き生きしているほど。
「ひっ、ひィィィ、だ、だだ、誰かぁ!」
耳をつんざく少女の悲鳴が響いた。
道路の真ん中には制服姿の娘が腰を抜かす姿と、彼女に群がる無数の男ゾンビがいた。
「あの子どうしたんだろ? ゾンビ見ただけであんな慌てて」
「このご時世でも至近距離のゾンビは怖いでしょうヨ」
残っていたマッサマンカレーを莉子は飲み干す。
「店長、リッコちゃん行ってきます!」
「ハァ……支払いは遅いクセに、ゾンビ狩りだけは行動早いヨ」
「いつもツケでお願いしてるじゃ~ん。推薦生は今日から飲食代の全部国負担だし」
「半年前から未払いだヨ! トゥクトゥクで轢き回すゾ小娘!!」
スクールバックから武器を数種取り、莉子は飛び出した。
ゾンビが尻餅をついた女子に襲いかかる。
が、莉子のドロップキックが彼らより速かった。
「ゾンビの間は人権なし!」
空気が弾ける速度の蹴り。ゾンビは反対側の店へ吹き飛び、頭から窓に突っ込んだ。
白塗りの壁は血の色がよく映える。
「わーお割っちゃった……後でお掃除手伝おっかな?」
呟く間にも莉子は一体、また一体、ヒョロガリ大学生の顎を拳で揺らす。
殆どのゾンビが殴った衝撃で頸椎を破壊されて倒れた。
「ヴヴ、グルぅぅぅ……」
「オニーサンはちょっと歯ごたえありそうだねぇ」
そして巨漢には背後から回る。莉子は消火器ほど太い腕を掴み、空中で十字固めを決める。
「あらららオニーサン腕に注射痕。オハピッピ以外のおクスリもやってるのはアウトかなぁ」
伸びた腕をそのままに、スタンガンを静脈へ突き立てた。
「おギャがががガガガガガガガガガ!?」
「電気流せばゾンビも動かなくなるよ。おうちで真似してみてね」
スタンガンを刺したままゾンビは放置。巨漢は道の端で踊るように感電し続けた。
「それで、残りは真後ろの一人だけだね~」
「うアウガわぁ――」
莉子の背後を取ったチャラ男ゾンビ。次の瞬間、その股下に膝蹴りが飛んだ。
膝は男の股にあったブツをプチュっと潰す。
「キュッ……いっ、いやああああアアアアアァァァァァァァァァ!?」
「うわっ、この人まだゾンビになりきってない!? ああ痛覚残ってるんだ、ごめんね!」
「い、いだ、いだい……」
「ホントごめん! これ、あなたの取れちゃったスティック。付けとくね!」
「リッコ! それカレー屋の先割れスプーンだネ!」
「げやあああああっ、あっ、アアアァァァァァァァァァァァァァ!!」
局部を潰された上に刺される追い打ち。先割れスプーンから香辛料のスパイシーな痛みが提供される。
それで男は自我を取り戻してしまった。地獄だ。
「はい鎮静ゾンビ剤〜。君は見かけそんなワルっぽくないし、タバコ誘われたノリかな? ちゃんと病院で治してきてね」
泡を吹いて男は気絶する。おそらく薬が効く前に痛みで失神した。
あっという間にゾンビを行動不能と機能不全にし、莉子はへたり込んだ少女へ駆け寄る。
「で、お待たせぇー! お嬢さん平気? どこか怪我してる? お、珍しい制服だねかわいい~」
「は、わわわ……」
「あー怖かった? やっぱゾンビって見た目はホラーだもんねぇ」
怖いのはお前だよ、と言う気力が少女にはなかった。
その少女は見れば見るほど可憐だった。
透き通った水色の髪に、瞳も湖畔のような蒼。彫刻のように白い肌と、ハムスターのようなか細い声。莉子が妹にしたいと思うほど表情や仕草はいじらしい。
制服姿からして莉子と同年代のようだが、彼女の住む近辺のものではなかった。
そんな震える少女はおそるおそる自分の右腕へ顔を向ける。
「あの、私、さっきゾンビに……」
腕はゾンビに噛みつかれ、歯形から紫に変色しつつあった。
「噛まれちゃったのかぁ! 店長ー、リッコちゃんのバッグから薬取ってきて~」
「はいはい治療薬ネー……いだァァァァァァっ!? トラバサミを開けっ放しで入れないでよネ!!」
悶絶する店長を目にして動揺しながらも、少女は尋ねる。
「なにが、どうなって……なんでゾンビが、いるんですか?」
「最近ここも増えたみたいでさぁー。繁華街で妙に流行ってるし、不法入国ゾンビがこっち来てるかもしれなくて」
「そ、そうじゃなくて、なんで現実にゾンビが存在してるんですか」
「……ふぁ?」
言葉の意味がしばらく莉子には分からなかった。
この時代にゾンビを知らない日本国民など、普通ならあり得ない。
「お嬢ちゃん、記憶喪失? 新薬でも盛られたとか?」
一瞬言い淀むが、意を決して少女は告白する。
「私、マフィアに監禁されてたんです!」
涙の訴えだった。潤む瞳を覗きながら莉子は熟考する。
(監禁されててゾンビを知らない、ってことはゾンビパニック前の二十年前からずっと……いや、ならこんな若いわけない。老化を防ぐゾンビ薬でもこんなピチピチは無理だし、マフィアってのも……)
怪しい点はあった。リスクもだ。
しかしそんなこと、佐喰莉子が女の子の涙を無視する理由にはならない。
「ま、後でいっか!」
「え?」
「難しいコトとテスト課題は後回しがウチのモットーだよ~ん」
「助けてくれるんですか……?」
「トーゼン! 事情はよく分かんないけど、困ってるみたいだし助けるよ!」
顔の血を指で拭いながら莉子は笑った。
安心した少女は肩の力をフッと抜いて、自分の名前を口にする。
「……霧ヶ峰。私、霧ヶ峰茜って言います」
「茜ちゃんヨロ! ウチは佐喰莉子。リッコで良いよー」
涙を拭き取り、莉子は茜の顔をそっと撫でた。若干いやらしい手つきで。
そんな彼女たちの横をボールのような肉玉が通過する。
それは莉子が感電させた巨漢ゾンビだった。電流にやられ、丸く縮まって道を転がる。
「あ、感電させたままだった」
焦げ臭いゾンビのミートボールは反対車線を国道沿いに転がっていった。




