第40話 三回目
事件から一か月。
三つの心霊スポットは立入禁止措置が強化された。
人工怪異の設備も、
ほぼすべて撤去された。
霞ヶ瀬の防護服。
遠隔照明。
戸鳴の音響機器。
赤い靴。
八汐の交換設備。
補助電源。
調べられるものには、
人間側の説明がついた。
捜査資料から、
怪異という言葉はほとんど消えた。
代わりに、
拉致。
監禁。
人身取引。
不法侵入誘導。
そんな言葉が並んだ。
人がやったことには、
人の名前がつく。
千尋はその方が好きだった。
夜。
県警の資料室。
千尋は、
最後まで説明しきれなかった記録を確認していた。
霞ヶ瀬。
玄関ガラスに映った白い影。
防護服とは一致しない。
だが、
反射かもしれない。
戸鳴。
機器撤去後の録音。
『ねえ』
誰かが隠れていたのかもしれない。
八汐。
全電源停止後に鳴った電話。
《見つけて》
別回線が残っていたのかもしれない。
霞ヶ瀬。
『絵麻』
と呼んだ声。
既存音声との一致なし。
千尋は再生を止めた。
「帰ろ」
時計を見る。
午後十一時四十三分。
パソコンを閉じる。
資料をまとめる。
机には、
秋庭絵麻の新しい写真があった。
母親と並んで、
少し笑っている。
千尋は写真を裏返し、
照明を消そうとした。
カン。
手が止まる。
遠いような、
近いような音。
「……誰?」
返事はない。
しばらくして、
カン。
二回目。
千尋は三回目を待った。
十秒。
二十秒。
三十秒。
来ない。
小さく息を吐く。
「ほら」
古い建物だ。
配管。
空調。
エレベーター。
何でもある。
聞きすぎたせいで、
普通の音まで三点鐘に聞こえる。
千尋は照明を消し、
資料室を出た。
二歩。
三歩。
その背後。
耳のすぐ近くで、
カン。
三回目。
身体が固まる。
振り返る。
誰もいない。
千尋は資料室へ戻り、
照明を点けた。
さっき裏返したはずの写真が、
表を向いていた。
秋庭絵麻が、
こちらを見て笑っている。
窓は閉まっている。
空調も止まっている。
千尋は写真に触れなかった。
「……そういうの」
小さく呟く。
「私、信じないから」
当然、
返事はない。
今度こそ資料室を出る。
エレベーター。
一階。
外。
九月の夜風が冷たい。
駐車場へ歩きながら、
千尋は一度だけ県警本部を振り返った。
怪談には、
作った人間がいる。
声には、
流した人間がいる。
電話には、
鳴らした人間がいる。
三点鐘にも、
鳴らした人間がいた。
今回の事件については、
それでいい。
千尋が再び歩き出したとき、
夜のどこかから、
女の声が届いた。
「見つけてくれて、ありがとう」
千尋は振り返らなかった。
聞こえなかったことにした。
確かめる方法はない。
そして、
確かめなくてもいいことが、
世の中にはあるのかもしれない。
もう音は鳴らなかった。
三回目は、
すでに鳴り終わっていた。




