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ep.62 二日目 六時三十一分まで

 昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬。


 ◼️三時四十五分


 何か大きな音と揺れを感じて飛び起きる。

 真っ暗な病室。

 慌ててベッド横のランプをつける。

 雷か!?


 窓のカーテンを押しのけた先に見えていたのは、炎に照らされ明るくなった夜空。


 ガス爆発だろうか。ここみたいな地方都市にはつきものだ。

 サイレンとともにも遠くにパトカーや消防車の赤い点滅も見える。


 また爆発。

 一瞬光ったかと思うと、遅れて爆発音が聞こえ窓ガラスが身震いする。

 ガス爆発が連続して起きることは珍しい。

 ……珍しい?

 これ偶然か?

 誰かが意図的に起こしていたら?


 ランプが消えたと思ったら、一分もしない間に再び明るくなる。

 停電。そして自家発電か。


 また爆発音。

 あそこか!

 比較的病院に近いところで大きな炎が上がる。

 さっきまでのガス爆発と違って炎が広がるように天を目指す。


「なんだありゃ」


 飛び散った炎が周りの家々を燃やし始めた。


 次に大気を震わせる轟音!


 近くの工業団地が一瞬青白く光ったかと思うと、さっきまでとは違う規模の爆発が起きた。


「うわっ!」


 病室の窓ガラスが粉々に割れ、俺は入ってきた爆風に尻餅をつく。


「◯◯君!」


 飯田が入ってきた。

 パジャマ姿が新鮮だ。


 俺を抱き上げると走り出す。

 突然のことに俺はされるがまま。

 これお姫様抱っこってやつだよな。

 俺はお姫様じゃないけど。


 やばい。

 柔らかく弾力のあるものが俺に当たってる。


 飯田は病院の廊下をすごい速さで走り抜け、工業団地に面してない側の病室に連れて行かれた。

 そこにはパジャマ姿の皆。


「お兄ちゃん!」

「先輩……」

「にゃは」


 皆、俺を見て少し驚いた顔だ。

 あ。

 俺、抱っこされてるね。


「い、飯田! 大丈夫だから! お、降ろしてくれ」

「あ! う、うん」


 赤い顔の飯田に降ろされた

 瑛子が抱きついてくる。


「大丈夫?」

「お、おう。爆発にびっくりしただけだ。身体はなんともない」

「お姫様みたいに抱かれてたのは?」

「さっきの爆発でさ、尻餅ついてたんだよ。飯田がそれ見て心配してくれたから」


 佐藤優子から圧力かかった質問。

 君だけネグリジェなのはなんでかな?

 目のやり場に困る。


 今度はくぐもった衝突音音がしたかと思うと、少しだけ揺れる。産業道路で聞いたことある音。

 車が何かにぶつかった音だ。


「今度はなんだ?!」


 窓から見下ろすと、病院の玄関口にタンクローリーが突き刺さってる。

 暗くてはっきり見えないが、タンクの後ろあたりで何かをしている人影をみとめた。


「ガソリンの匂い!」


 飯田が叫ぶ。

 すぐに目の前の景色が変わる。


 病院の近くにある公園に移動したみたいだ。


「はい。服と靴」


 瑛子が差し出してきたのは家にあるはずのもの達。


「お兄ちゃんの服、いくつかは私の家に置いてたから。前からおばさまに言って出してもらってたの」


 我が母よ。いくら瑛子だとはいえ、俺の服をホイホイ渡すのはいいのか?


「君らは寒くないの?」


 佐藤優子は既にセーターにスカート。前も図書室で瞬間着替えをしてたよな。柚木も王戸ちゃんも私服になってる。


「これ、飯田さんの。あなたのお家から持ってきたよ」


 瑛子が飯田に手渡してる。


「ありがとう。あっちで着替えてくる」

「俺も着替えるから、ちょっとあっち向いててくれ」

「恥ずかしがらなくてもいいのにね〜」

「みさえさん、俺は露出狂じゃないんですよ」


 マニアな友人と一緒に米軍基地のある県まで行って買い集めた米軍放出の品々に着替える。

 軍ものってタフなんだよな。


『そんなの着て自衛隊にでも入りたいのか』


 酒巻によくからかわれたもんだ……って! そんな呑気なこと考えてる場合じゃない!


「病院なら心配ないわ。あそこの職員は全員私の同族だから、対処してるわよ」

「全員吸血鬼なのか……」


 ガソリンに引火はないらしい。


「大丈夫よ。仕掛けたやつも含めて処理したから」

「アンネさん!」

「大変な役割を押し付けた形になってごめんなさいね」

「あ、いや、完全には防いでないし……」

「本体を来させなかっただけでも大手柄」

「そうだよー。あんな化け物、昔なら大名が国を挙げて討伐するぐらいだよ」


 みさえさん……あなたも相当なおば、年上のお姉さんですね。


「◯◯先輩、山田先輩の言う通りです。あれは生物災害としては駆除失敗の場合、惑星破棄レベルのものです」


 ……前に柚木が言ってたな。失敗したら地球ごと吹き飛ばすって。


向日葵(ひまわり)人間達の仕業ですよね?」

「そうとも限らないんだけど、何かやってるのは確かね」


 また爆発音が立て続けに起きる。

 炎が夜空を明るく照らし、俺たちはそれをただ眺めるしかなかった。

 サイレンの音が近づいてきた。パトカーと消防車だ。


「ここにいても私たちにできることはないのよね。黒瀬さん、お願い出来る?」


 アンネさんはタンクローリーに目をやると瑛子の方へ振り向く。


「はい」


 瑛子の謎家に一瞬で移動した。

 何だかすごく久しぶりの気がする。


「こんな時だけど、俺すごく眠たい。なんでだ」

「隣の部屋に布団敷いてるよ、お兄ちゃん」


 妙だ。

 身体から力が抜けていく。


「あの力を振るった後だもの。まだ休まないとだめだから」

「……ああ、すまん」


 瑛子に受け止められたのが最後の記憶。

 俺は深い眠りに落ちた。



 ◼️五時二十八分


 やたら肌色に彩られた夢から覚める。

 柔らかくて温かいものに抱きついている俺。


「!!」


 布団の中に仁科亜矢子。

 何してるお前?!


「頼まれごとの報告だ。酒巻は無事だよ。あの地下に他の人間と一緒に肉塊の中だったが、お前さんがやつを追い返したおかげで元通りだ」


 あの中にいたのか酒巻。安心したぜ。


「だがよ、街の人間達は次々と魂抜かれてるぜ?」

「なに?」

「家庭のガスボンベを爆発させてるのや、ガソリンスタンドの地下タンクを爆発させてるやつ、アルミ工場を吹き飛ばしてたやつ」

「焼け野原になるじゃねぇか」

「俺様は奴らの邪魔して回ってる」

「……なんか意外だな」


 映画を観る感覚で俺たち人間が混乱するを楽しむのが悪魔じゃないのか。


「俺様はな、平凡な日常を送るお前達を眺めるって今回決めてたのさ。こんなのは面白くねぇ」

「そうなのか」


 悪魔にも好みはあるか。


「悪魔憑きとして暴れて神を侮辱し、神父だ牧師だといったやつらを揶揄うのは古い流行だ。そんなことして、飽きたら祓われたふりしてやめちまうより、取るに足らない小さなことに悩み苦しむ人間をずっと見ているのが面白いんだ」

「テレビドラマ感覚だな」


 毎日母親が朝にやってるテレビドラマを熱心に観てる姿が思い浮かぶ。


「平凡な人間が結婚や出産、死別、離婚、不倫とかにあたふたしてるのが、普段つまらないだけに際立って盛り上がるのさ」


 ……確かにそうだ。映画や小説の主人公にしたって、生まれてからこの世を去るまでずっと何か活躍しているわけじゃない。

 物語に描かれていないだけで、その前やその後の人生もあるわけだ。


「お前、地球人が好きなんじゃないか」

「あぁ俺の好みではある。特に日本人のお前ら。仁科亜矢子の前はイランってとこで暮らす遊牧民の男だったが、あそこで暮らす奴らはもっとシンプルに人生を過ごしてたぞ」


 イラン? 遊牧民?

 想像も出来ない。


「暮らしていくのに身体を動かさなきゃならないことが多いから、お前らみたいに暇じゃない。人間関係もシンプル、つまんねぇことで悩む暇はない」

「この言葉は好きじゃないが”後進国”の生活はそうなんだろうな」


 日本は戦後、どんどん豊かになって生活が楽になった。

 山奥にある父方の実家。俺が幼い頃には電気しかなくて、かまどで炊飯してたし、井戸で水を汲んでいた。

 俺は盆と正月にそこへいくのを楽しみにしていたが、あれが毎日なら大変だったろう。


「生活する手間がどんどん減って、暇な時間が増えたお前達がくだらねぇこと気にしてあれこれ悩むのは見ていて飽きない」

「それが進歩だと思うが……」

「酒巻が良い例だ。さっさと俺様を口説いて押し倒せばいいものを一向に手を出さねぇ」

「まだ高校生だぞ」


 仁科が妖しく笑う。


「やってる奴は小学生でもやってるさ。外からやって来た宗教由来の道徳やら倫理観で自分を縛って臆病になってやがる」


 俺の目を見つめ、何がおかしいのかニヤけてる仁科亜矢子。

 小学生でやってる?!

 まぁそういうのもいるだろうな。ありえないことじゃない。


「そうやってお兄ちゃんを誘導して何がしたいの?」

「瑛子!?」 

「いつまでもお兄ちゃんにくっついてないで出なさいよ」

「へへへ。怖い怖い恋人の登場だ。じゃな!」


 仁科亜矢子の姿は消えたが、布団にはまだその温もりが残ってる。


「お兄ちゃん、悪魔に気を許したらだめだよ」

「そうよ。あれらは言葉巧みに人間を操って楽しむんだから」


 瑛子と佐藤優子に説教される俺。

 ああそうか。

 あいつは俺を焚きつけて瑛子達に手を出させようとしてたのか。


「仁科にとっては、俺たちが平凡な学校生活に戻るのが望ましいってことかぁ。違う意味で」


 危なかった。

 俺がブレーキかけてギリギリ守ってる理性を奴は取っ払おうとしてる。

 これは意識しておかないと。


「お兄ちゃん、トーマスさんがね、八時に警察署に来てくれって」


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