風吹けば、数字変わる
極と対する極の狭間、僅かな有限の領域内で、我らは僅かな資力を互いに奪い合い共存している
資力を数字に換算し、それをお金と称し、理屈をつけて自他の多寡を決めているが、それはスポーツよりも公正とは言えない
暴力や、言葉の暴力と同じく、まるで有益で不利益、宗教に似ている
現実よりも優先する摩訶不思議な理屈を創り出して数字を増やして自己の%を増やしていく
だが、たとえ数字を増やして仮初めの価値を高く見せても、結局は人類社会の皿の上に乗っている資力とは有限なのだ
人類全体で皆が皆それぞれの場所で一致協力して働きて資力を創り出している
それなのに建前の空虚な数字が、人類全体を横行して、覆っていてブヒブヒ言わしている
創り出している実質数が無視され、不当な価値に落とし込まれている
宗教が心に安らぎを与えるメリットがあるように、数字は価値の増減を明らかに目視できるメリットがある
でも、その数字は目眩しなのだ
真実も事実もどうでもよい何処かの誰かに都合の良い数字で、また新たな理屈で数字が変わったとしても、私にとっては空虚で実の伴わない数字に感じられる
どの様な荒唐無稽の理屈だとしても、理由があれば数字は改編できる
何故なら、現実に根拠を置かず、人の都合に依るから
人類は、数字に頼り過ぎデス
ギラギラ反射が眩しい目眩しで、詐欺と不当と不公正、etcを覆って、流されている
ああ…河童の川流れ
サングラスを掛けて、もっと現実を見るのだ




