表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉の旅立ち  作者: ENO
第3部 reflection eternal
PR
25/57

25 Cupid

 爽やかな朝がくる。白く清潔な光が、カーテンの隙間を狙って、私の部屋に入り込んでくる。

 爽やかな朝に、私は最悪の気分で目が覚めた。髪はぼさぼさだった。倦怠感が全身を包み、体を起こしても、なにをする気が起こらなかった。

 今日は午前からバイトがあった。これが学校ならサボることもできたが、バイトだとそういうわけにもいかない。私は体に気合を入れて、なんとかベッドから抜け出る。リビングへ向かう。母が用意してくれた朝食にありつき、体力を得ようとする。

 リビングに入ると、ダイニングテーブルに座る姉が目に入った。テーブルに体を伏せながら、携帯を弄っている。私がリビングに入ってきたことにはなんの反応も示さない。

 なにをやってるんやろ。

 そう思って携帯の画面を覗くと、姉はメールを送ろうとしていて、どうやらその文面を考えているらしい。文字が現れ、そして消える。カーソルが前進し、また後退する。それを繰り返している。

「なにやってんの?」

 私は姉に声をかけた。

「んー、昨日紗香にいわれたから、後輩の子にメール打とうとしてる」

 携帯の画面を一心に見つめながら、姉はいった。

「…メール打つにしては、えらい時間かけてるね」

「うん、なんか言葉選んでたら、すごい時間かかる」

 事実、姉の指は、なかなか動かない。

 姉の状態はよく理解できる。気になる相手にメールを打とうとすると、人間誰しもがこういう状態になってしまう。私だってそうだ。

 冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、自分用のマグカップに牛乳を注いだ。ぐびぐびと牛乳を飲みながら、私は姉を様子見る。

 黙っておこう。そう思った。昨日の悔しさと惨めさが蘇ってきた。いってみれば姉は周回遅れの恋敵だ。助ける必要などこれっぽっちもなかった。

 ただ、いまの姉の姿はどうだろう。馬鹿正直にも私のいうことに耳を貸し、実践しようとしている。慣れないながらも、なにかと向きあおうとしている。

 そして私は、ついつい言葉をかけてしまう。

「ところでさ、今度はどこいくつもりなん?」

「んー、まだ迷ってる」

「まさかまた映画にするとかはやめときや」

 私がそういうと、姉はびくっと反応する。

「…え、あかんかな?」

「そりゃそうやろ。前と同じデートなんて、なんか味気ないやん」

「そんなら、なにがええのよ?」

「そりゃ相手によるやん。相手が好きなとこいったら、うまくいくやろ」

「それが映画やと思ったんやけど」

「せやから、別のところや」

「そういわれてもなあ…。あんまりよくわかってへんねんなあ、そういうとこ」

 姉は困り切っていう。

 私は過去を思い返している。高校時代の先輩は、読書とバスケットボールが好きだった。『スラムダンク』の素晴らしさを力説されて、気圧されてしまったのはいい思い出だ。彼はバスケを愛していたが、それほど上手ではなかった。というのも部活動は家庭の事情ですることができず、バイトに励んでいたからだ。本は、川上弘美の小説が好きで、そしてなぜか村上春樹の本を嫌っていた。

 読書とバスケが好きで、そういう人向けのデートスポットがあるかといえば、それはそれで難しい質問だった。

「たとえば、街をぶらぶらして、ご飯食べて、だらだらしゃべるだけのデートもあるやん」

 結局、口から出たのは読書ともバスケとも関係がない、平凡な提案だった。

「なんかそれが一番私には難しいわ。そんなん、ずっと喋らなあかんやん」

「なんでやねん、喋らんでどないするんよ?」

「…いや、だって、なに喋ってええかわからへんし」

「とりあえず好きなこと喋ったらええねん。お姉ちゃん無駄に本好きやろ? せやったら、本のこと話したらええやん。そんで相手の好きな本とかの話をきいて、盛り上がればええだけや。ついでに美味しいもん食べてきたらええねん」

 私は捲し立てるようにいった。

 アホか、会話もなしに恋なんて進むか。

 心の中では、そう思っていた。

「でも、私、美味しい店なんて全然知らへんわ」

「…ったく、二十三歳にもなって、子どもとちゃうんやし。美味しい店なんて、いくらでも教えてあげるよ」

「ほんまに? 紗香がおすすめする店なら、いってみる」

 子どものような素直さで、姉はいう。

「…なんや、えらい素直やん」

「ふふ、紗香はそういうのに詳しいやろ? せやから、安心なんや」

「なによそれ。なんか私が食いしん坊か、やたらデートにいってる人みたいな感じやん。いっとくけど、そういうわけちゃうしな。あくまで、お姉ちゃん助けるためにやってんねんから」

 私はぶっきらぼうにいい、再びマグカップの牛乳をぐびぐびと飲み始めた。

 また、お姉ちゃんを助けてしもた。本心ではないのに、どうしてなんやろう。

 姉はテーブルに突っ伏したままで、微笑みながら、私の様子を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ