25 Cupid
爽やかな朝がくる。白く清潔な光が、カーテンの隙間を狙って、私の部屋に入り込んでくる。
爽やかな朝に、私は最悪の気分で目が覚めた。髪はぼさぼさだった。倦怠感が全身を包み、体を起こしても、なにをする気が起こらなかった。
今日は午前からバイトがあった。これが学校ならサボることもできたが、バイトだとそういうわけにもいかない。私は体に気合を入れて、なんとかベッドから抜け出る。リビングへ向かう。母が用意してくれた朝食にありつき、体力を得ようとする。
リビングに入ると、ダイニングテーブルに座る姉が目に入った。テーブルに体を伏せながら、携帯を弄っている。私がリビングに入ってきたことにはなんの反応も示さない。
なにをやってるんやろ。
そう思って携帯の画面を覗くと、姉はメールを送ろうとしていて、どうやらその文面を考えているらしい。文字が現れ、そして消える。カーソルが前進し、また後退する。それを繰り返している。
「なにやってんの?」
私は姉に声をかけた。
「んー、昨日紗香にいわれたから、後輩の子にメール打とうとしてる」
携帯の画面を一心に見つめながら、姉はいった。
「…メール打つにしては、えらい時間かけてるね」
「うん、なんか言葉選んでたら、すごい時間かかる」
事実、姉の指は、なかなか動かない。
姉の状態はよく理解できる。気になる相手にメールを打とうとすると、人間誰しもがこういう状態になってしまう。私だってそうだ。
冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、自分用のマグカップに牛乳を注いだ。ぐびぐびと牛乳を飲みながら、私は姉を様子見る。
黙っておこう。そう思った。昨日の悔しさと惨めさが蘇ってきた。いってみれば姉は周回遅れの恋敵だ。助ける必要などこれっぽっちもなかった。
ただ、いまの姉の姿はどうだろう。馬鹿正直にも私のいうことに耳を貸し、実践しようとしている。慣れないながらも、なにかと向きあおうとしている。
そして私は、ついつい言葉をかけてしまう。
「ところでさ、今度はどこいくつもりなん?」
「んー、まだ迷ってる」
「まさかまた映画にするとかはやめときや」
私がそういうと、姉はびくっと反応する。
「…え、あかんかな?」
「そりゃそうやろ。前と同じデートなんて、なんか味気ないやん」
「そんなら、なにがええのよ?」
「そりゃ相手によるやん。相手が好きなとこいったら、うまくいくやろ」
「それが映画やと思ったんやけど」
「せやから、別のところや」
「そういわれてもなあ…。あんまりよくわかってへんねんなあ、そういうとこ」
姉は困り切っていう。
私は過去を思い返している。高校時代の先輩は、読書とバスケットボールが好きだった。『スラムダンク』の素晴らしさを力説されて、気圧されてしまったのはいい思い出だ。彼はバスケを愛していたが、それほど上手ではなかった。というのも部活動は家庭の事情ですることができず、バイトに励んでいたからだ。本は、川上弘美の小説が好きで、そしてなぜか村上春樹の本を嫌っていた。
読書とバスケが好きで、そういう人向けのデートスポットがあるかといえば、それはそれで難しい質問だった。
「たとえば、街をぶらぶらして、ご飯食べて、だらだらしゃべるだけのデートもあるやん」
結局、口から出たのは読書ともバスケとも関係がない、平凡な提案だった。
「なんかそれが一番私には難しいわ。そんなん、ずっと喋らなあかんやん」
「なんでやねん、喋らんでどないするんよ?」
「…いや、だって、なに喋ってええかわからへんし」
「とりあえず好きなこと喋ったらええねん。お姉ちゃん無駄に本好きやろ? せやったら、本のこと話したらええやん。そんで相手の好きな本とかの話をきいて、盛り上がればええだけや。ついでに美味しいもん食べてきたらええねん」
私は捲し立てるようにいった。
アホか、会話もなしに恋なんて進むか。
心の中では、そう思っていた。
「でも、私、美味しい店なんて全然知らへんわ」
「…ったく、二十三歳にもなって、子どもとちゃうんやし。美味しい店なんて、いくらでも教えてあげるよ」
「ほんまに? 紗香がおすすめする店なら、いってみる」
子どものような素直さで、姉はいう。
「…なんや、えらい素直やん」
「ふふ、紗香はそういうのに詳しいやろ? せやから、安心なんや」
「なによそれ。なんか私が食いしん坊か、やたらデートにいってる人みたいな感じやん。いっとくけど、そういうわけちゃうしな。あくまで、お姉ちゃん助けるためにやってんねんから」
私はぶっきらぼうにいい、再びマグカップの牛乳をぐびぐびと飲み始めた。
また、お姉ちゃんを助けてしもた。本心ではないのに、どうしてなんやろう。
姉はテーブルに突っ伏したままで、微笑みながら、私の様子を見つめていた。




