23 White out
茶屋町から、再びヘップファイブ前に向かう。JRの高架下を通り、人込みをすり抜け、東宝シネマズ前に立つ。
夕方三時の梅田の風は、なぜか温く感じられる。自然の風ではなく、車や施設から排気される空気をかき集めて構成された人工の風だからだろうか。それとも、このごった返す人が生む熱気に当たって、風の温度も変わったのか。
答えはわからない。なぜ風が温いのか、誰が答えを知っているのだろう。村岡先輩に関する副島の発言の意図も、誰が答えを知っているというのだ。疑問は、胸の中に留まり続けている。
目的もなく梅田を歩くのは辛い。なにもすることがなく、どこへいくかも自分自身わかっていない。眺めの良い場所や観光名所を用意している街ではないのだ。もはや、帰ることしか頭に浮かばない。
阪急メンズ館と阪急百貨店本館の間にある横断歩道を、姉と先輩が歩いていた。姉が先輩に微笑みかける。先輩も姉に笑みを返した。かつて私に向けていた笑顔とは違う、少しばかりのぎこちなさや年上の女に対する謙遜が混じった微笑みだ。梅田に溢れる何千人もの恋人たちと同じ親密さで、二人は歩いていく。
その様子を私は一人で見つめている。誰かがそばにいることもなく、そして立ち尽くし、見つめている。ぞわぞわとした感覚が、腕から、背中から、頭に昇ってくる。その感覚が切なさだと気づいたとき、私の全身は震えていた。切なさと惨めさを感じた。
なにをやってねやろう。
私はそう思った。
惨めさに突き動かされて、私は泣きそうになった。昔恋い焦がれた男が姉と親しげに歩くのを見ること、その姉を手助けしたこと、いまだ昔の男に執着していること、なにもかもが惨めだ。
あの二人が大阪駅に向かうのはわかっていた。帰り道は私もあの二人も一緒だ。だが、二人を鉢合わせにはなりたくない。私は、道を南に歩いた。このまま淀屋橋まで歩くことを決めた。遠回りだが、二人に会わないですむ。この切なさを、この惨めさをかき消す時間がほしかった。
御堂筋に沿って、南に進む。空にかかる高速道路の下を通り、午後の陽射しを浴びて輝く堂島川を眺める。市役所前を過ぎて淀屋橋を渡り、京阪電車の駅へ降りていく。
赤と黄色の列車に揺られて、ただぼんやりと流れゆく景色を見つめる。京橋を過ぎれば、私の街まで電車は止まらずに走ってゆく。与えられた二十分ほどの時間で、胸にざわめく感情をかき消してゆく。がたんごとんと規則正しく鳴り響く電車の音に耳をすませ、揺れる心をなんとか抑え込んだ。




