21 ランデヴー (3)
諒と茶屋町のカフェでお昼を食べた。カフェから出たとき、諒はいう。
「実はバイト先から呼び出しくらってんねん。ごめん、今日はもういくわ」
諒は西宮駅前の飲食店でバイトをしていた。店の上役からは頼りになると思われているのか、呼び出されることが多い。シフトで欠員が出たときなどは、まっさきに諒が呼び出されるらしい。
引き止めるのも悪いと思い、私は、そっか、いってらっしゃい、と言葉をかけ、茶屋町側の阪急連絡通路で諒と別れた。諒の後姿が遠ざかり、やがては見えなくなって、私はどうしようもない切なさを感じた。
さあ、これからどうしよか。
大海原に放り出されたように、私は途方もない数の人がいきかう茶屋町に佇む。姉の見張りに戻ろうか、それとも、このまま梅田をぶらぶらしてみるか迷ってしまった。
とりあえず服や小物を見て回ろうと思い立ち、茶屋町方向にまた戻る。ショーウィンドウを眺めながら、どの商品が自分にあうかを考えてみる。
突然、電話が鳴った。見知らぬ番号が携帯の画面に浮かぶ。
恐る恐るその電話に出てみた。周囲の雑音がまず耳に入る。
「もしもし」
私はいう。
「寺田です…」
「あっ、あのー、私副島と申します」
男性の声がする。一度どこかできいたような声だった。
「あの、どちらさまでしょうか?」
「えー、あの、先日、ショッピングモールでお会いしたかと思いますが」
「身に覚えがありませんが…」
「あー、たぶん、思い出しますよ」
「それはどういう…?」
「なんせ、私はあなたの目の前におりますので」
私の声を遮るように、電話越しの声がそういう。
その声をきくと同時に、鳥肌がさっと立つ。男の声は冷たく強い風のように、私の中を通り抜けていく。
私は顔を上げた。前を見ると、スーツを決め込んだ男が立っている。有象無象がいきかう茶屋町の雑踏の中、男は私を見ていた。
「どうもどうも、いつぞや以来ですな」
電話よりは低く渋さのある声で、男はいった。同時に、笑いかけてくる。
それは私が世界で一番嫌いな微笑み方だった。嫌な過去を思い出させる笑顔だった。
ショッピングモールで私に話しかけてきた男。私と、私の姉にいちゃもんをつけた男との揉めごと、その一部始終を見ていた男。いったいどうしてこんなときに、また声をかけてきたのか。
また鳥肌が立った。もう諒は近くにいなかった。
猛烈な不安が、襲ってきた。




