※強奪――始まる歪み――
アリーと別れ、僕たち『オーヴィン』は旅を再開していた。
目的はもちろん、奴隷にされている人たちの救出。そして、奴隷を買っている人間たちへの復讐だ。
本当はアリーにも参加してもらいたかった。けど、彼女は助けてもらったケイの恩返しをしたいとのことだった。アリーを救ったのは僕じゃなくケイだから、しょうがないとは思う。彼女の前では明るくさよならを言ったけど、心のどこかでチクッとした痛みがあるのは事実だった。
ちゃんと彼女を守るようにケイには言った。すると、彼は頼りがいのある表情で強く頷いてくれていた。
「ウィゴ、本当に良かったのか?」
仲間の一人が問いかける。僕はすぐに否定するべきだっただろう。それが出来ない。答えは自ずと明らかだ。
大きくため息をつき、仲間は僕の肩を軽く叩いた。
「まあそんなに落ち込むなよ。アリーちゃんだって、ケイに恩返しすればこっちに来てくれるさ」
「……そう、だよな」
「そうだって。だから、俺たちは一人でも多く奴隷になってる人たちを助けに行こうぜ」
「……ああ」
仲間の言葉に励まされて、僕の気持ちに平穏が戻ってくる。
そうだ。アリーはいつか僕たちと合流するんだ。だから、落ち込む必要なんて無い。
仲間のおかげで、僕は大事なことに気がつくことができた。うん。やっぱり、仲間がいてよかった。
――本当に、それでいいのか?
「――え? 今、何か言ったか?」
さっき励ましてくれた仲間が言ったのかと思い、俺はその方向に振り向く。
しかし、仲間はハテナを浮かべているだけで俺の質問に対して呆けていた。
「何のことだ?」
「……気のせいか?」
――気のせい? 違うね。これは君の心の声なんだよ。
「心の……声?」
――そうだ。他人の言葉に騙されているだけに過ぎない、君の本心さ。
「本心……?」
どうやら、この声は僕にしか聞こえてないようだ。もしかすると、本当に心の声……?
だけど、今までこんなこと一度もなかった。心の声が語りかけてくるなんて、頭がおかしいじゃないか。
――それはアリーに出会ったからだよ。彼女の存在が、それほど大きいということさ。
彼女の名前を呟いた心の声に、僕は反応してしまう。ダメだ。今の僕は彼女の名前だけで心が乱されてしまう。
心を乱しているのが、本心なんだから皮肉なものかもしれない。
心が邪悪に染まっていくのは自分が隠していた感情からか。それとも、この心の声によるものなのか。
少なくとも、僕が僕でいられる時間はそう長くないように感じられた。
――きっとアリーは君と合流しないよ。
「どうして分かる?」
――どうして?
心の声はクククッと笑う。まるで、気づかない僕を嘲るように。
――分からないのかい? 彼女はケイに一途だからさ。彼女の心は完全にケイのものになっているだろうね。
「そんなの……分からないじゃないか」
――いいや分かるね。考えてもみなよ。彼女が奴隷だったのを救ったのは彼なんだ。君じゃない。つまり、彼女の命はすでにケイが握っていると言っても過言じゃないのさ。
「だったら何だって言うんだよ!」
――自分の気持ちに正直になるんだ。アリーへの想いは、君の方が強い。
「……くっ」
――アリーと別れ、奴隷として生きてきながらも、決して彼女のことを忘れたことはなかったじゃないか。その年月は、ケイよりも長い。
「確かに……そうだけど」
――このままでいいのか? 彼に、永遠にアリーを取られてしまう。そんな未来でいいのかい?
「いいわけ……ない」
――だったら……どうする?
「……いや、ダメだ。ケイは奴隷を救う側の人間じゃないか!」
――奪え。ケイからアリーを奪うんだ。
「……嫌だ。ぼ、僕は」
――その程度の覚悟では、今後アリーと出会うことは無理だな。
「どうすればいいんだ。奪うにしても、ケイは強い……!」
――全てを奪え。『奪取』するんだ。その力を、俺は持っている。
「何だって?」
――ケイの強さはその能力の豊富さにある。俺は能力を奪い取ることができる。そうなれば……どうなると思う?
「それなら……確かに……」
――どうする? 俺と一体になるか? それとも、チャンスを失い、永遠と後悔の海に溺れていくか?
心の声は、僕の心を正直にさせていく。そうだ。僕が……僕が一番アリーのことを心配していたんじゃないか。
どうしてケイなんかに任せるんだ。その必要はない。ケイを殺せば、僕がアリーを守れるんじゃないか。
「……分かった。一体になる。心の声に、正直になる」
――クククッ。いいだろう。さあ、全てを俺に委ねろ……!
その瞬間、俺は心の声と一心同体になった。
そして、全てを理解できるようになった。
「クククッ……! 哀れな奴だ」
「おい。さっきから何ブツブツ言ってんだよ」
「ああ。何でもないよ。僕は全てが理解できた。それだけだからね」
「? そ、そうか……」
貴様には分かるまい。僕は今、無敵の能力、最強の能力を手に入れたんだからな。
ああ。とても気持ちがいい。心が洗われるようだ。
今まで下らないことで悩んでいたのが嘘のようだ。何故なら、全部奪えばいいんだからな。
ケイ……。貴様の命もあと少しだ。まずは手始めにステル国から落とそうか。
『調整』が早死したのはケイを先に相手してしまったからだ。あいつは厄介この上ない存在。だから、先に外堀を埋めるしかない。
ちょうど僕には手駒が多く存在している。僕がちょっと言うだけで、哀れな手駒は思い通りに動いてくれることだろう。
「なあみんな。さっきケイから情報を貰ったんだが……」
「情報? 一体どんな?」
「奴隷を斡旋している元締めについてさ」
その瞬間、歓喜の声が周りに響き渡った。それもそのはず、僕たちにとってはボスみたいなもの。襲わない手はない。
「ウィゴ! それはどこなんだ!?」
「ステル国っていう国だよ。あそこは国が先導して奴隷制を布いているらしい」
「酷い国だ……! 許せない……!」
ハハハッ。嘘なのに信じちゃってるよこいつら。バカなやつらだ。僕は今までこんなやつらを仲間だと思いこんでいたのか。
「国民には内緒で進行しているらしい。だから、僕たちが進攻してもその真意に気づかずに抵抗してくるだろう」
「でも、めげるわけにはいかないな。ちゃんと真実を明らかにしないと。で、ウィゴ。国民に内緒ということは、国王が主導なのか?」
「ああ。ステル国には立派なお城がある。そこのお城が奴隷を利用している奴らのアジトだろう」
「なるほどな。ウィゴ、次の行き先が決まったな」
「ステル国。みんな、異論はないな?」
もちろんと、各々が頷いていく。自ら考えることを放棄したクズども。良い手駒を持って僕は嬉しいよ。
催眠なんか必要ない。僕と一体になってそいつの考えを歪ませれば、簡単に手駒は作れるんだ。そう、存在を『奪取』すればね。




