表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

3


 問答無用と言う様子で投げつけられたネズミは、もがいて体勢を整えようと葛藤したが、結局うまくは行かずに腹から地面に落ちてしまった。

 ちーちーと鳴きながら悶絶するネズミを前に仁王立ち構える魔法使いの表情に、先ほどシンデレラに向けていた優しさは欠片も滲んではいなかった。

「さて…」

 むしろ滲みだした苛立ちに、悶絶していたネズミが跳ね起きる。

「何でシンデレラが帰ってきたのか、言い分は聞きましょう」

 言いつつ、魔法使いの手の上、僅かに空に浮いた状態で、こぶし大ほどの球体が現れていた。白く光りをまとった球体の中では、時々バチバチと激しい閃光が瞬く。球体の中だけでは収まりきらなくなった閃光が僅かに漏れたそれは、他者を害する事が出来るだけの殺傷能力を秘めたものだ。

 微かに、けれども間違いなく後ずさりしたネズミに、魔法使いは容赦なく手のひらの上に浮かせ留めていた閃光を放った。

 魔法使いの手の内にある間は何かしらの抑制を受けていたらしい光の球は、音もなく形を崩壊させる。途端、先ほどまで聞こえていたよりもはっきりとした閃光音が響いた。それよりも早く走った閃光の軌跡は迷いなくネズミが居た場所へと続いていたが、光が治まった後の場に、生きたネズミの姿も亡骸も無かった。

 代わりに居たのは、フードと大きな襟元で瞳位しか見えない人間だった。

 一見すれば何の変哲もない、だが実際には攻撃した魔法使いよりも上等なローブを身にまとい、腰には少し細身ではあるものの剣を下げている。

 地面にうずくまっていたその人物は無言で立ち上がり、パタパタと手でローブを払っていた。どうやら土ぼこりか何かかぶっていたらしい。

 魔法使いが一歩足を踏み出したところでぎょっとして停止したが。

「もう言い訳を聞く時間は良いですかね?」

「まだ一言もしゃべってないっ!!」

「男の言い訳は見苦しいですよ。第一、俺にここまでさせたのにこのざま…弁解が必要ですか?」

 頭部を隠すフードと、首から口にかけての範囲を隠している金属の装飾がなされた襟を剥ぐと、紺色の髪がこぼれた。最初から見えていた灰白色の瞳が大きく見開かれ、本来はそこそこ整っているはずの造形が今は恐怖に歪んでいる。フルフルと震える唇からは悲鳴が、こぼれんばかりに見開かれた瞳からは涙が今にもこぼれ出しそうだ。

「いや、だって」

「だってもくそもねぇよ。うじうじするばかりで一向に動こうとしないからお膳立てしたのにこのざま。同じ男としても上司としても情けない」

 思わずこぼれたらしい乱暴な口調は魔法使いにとっても本意ではなかったらしく舌打ちすると、魔法使いが言う『上司』がびくりと身を竦ませた。

「張り切っていた養母上《ははうえ》を拝み倒して、一度だけ許されたシンデレラの後見人役を譲り受けたのに。男の俺が、わざわざ養母上の姿になってまで」

「それは、その、すまない……ぼ、僕から顧問殿に謝罪と説明を改めてさせていただくから」

「果たして生きて帰れるか。養母上が最終的に俺にこの役目を譲ってくれたのは、貴方がシンデレラにプロポーズをする為に重要な」

「ぷぷぷぷプロポーズっ!?」

 魔法使いの会話をぶっちぎって、上司は声を荒げた。若干悲鳴混じりの言葉が夜空にこだまする。

 近所迷惑だと魔法使いは思ったが、シンデレラの家からは離れているし、万が一彼女がまだ寝ていなくてもここで繰り広げられる男二人の会話は聞こえることはないだろうと気にしない事にした。舞踏会に参加していない家の人々は余程の飲んだくれでなければ眠りに落ちているころである。魔法使いと上司の会話が雑音である事には変わらないが、犬の遠吠えと同レベルという認識であった。

「プロポーズなんてそんな大胆な」

 どうやらプロポーズという単語が余程衝撃的だったらしく、本来危機感を感じなければならない魔法使いの「生きて帰れるか」と言う言葉はスルーされていた。降りかかるだろう危険を想像すれば、そちらの方が確実に危険なのだが。

「あのねぇ。舞踏会で正装してシンデレラにダンスを申し込む計画でしたよね? そこまで雰囲気作っといて告白で切り上げるつもりだったんですか?」

 魔法使いの上司の立場上、恋心の告白がそのまま結婚に結びつく可能性も多大にあるのだが、その事は考えない事にした。

「バカでしょう? 本来あるべき『貴族令嬢姿の彼女』が確約されていたのは今夜だけですよ? 明日にはまた義理の家族に虐げられている使用人扱いの娘に逆戻りするんですよ? 雰囲気に酔って告白を受け入れてくれても、現実思い出して身を引きますよ、シンデレラなら!」

 シンデレラという娘が、不当な扱いを受けている事は魔法使いも知っていた。

 勿論、魔法使いの養母も知っているが、シンデレラの父親が存命である事やいろいろと問題があり、干渉するのが難しい状況にある。シンデレラの母が他界する僅か前に頼まれた、シンデレラの社交会デビューである今回についてドレスの仕立てなどで色々と心を割いていた魔法使いの養母は簡単に会えない立場ながらも確かにシンデレラの身を案じていたのである。

「第一、実際の成果はどうです? 告白どころかレーガル殿下の方が1枚も2枚も上手でしたよ。どうせあなたは遠巻きに盗み見ているしかできなかったんでしょうけれどね」

「…兄上…名前を聞こうとしてた。ダンスも、帰したくないって」

 途端落ち込んだ上司に、魔法使いは内心ちょっと驚いた。どうやら遠巻きに盗み見て狼狽していたわけではなく、会話を盗み聞く位は頑張っていたらしい。憤慨して奪いに行くくらいの気概も本来は必要だったが。

「どうしよう、兄上は本気でシンデレラを気に入ってしまったんだろうか!?」

「んなわけないでしょう。あちらには公表していないだけで隣国の姫君との婚約が勧められていますからね。貴方をからかうつもりだったんでしょう。舞踏会の主役であるはずの貴方が他の兄弟達に役目を押し付けて逃走したんですから、そりゃあ腹いせの1つや2つしたくなったっておかしくはありません」

 第一王子であるレーガルの婚約は、レーガルの方が乗り気で進んでいる話だ。国益を重視したものではないその婚約に当人同士の愛が無いとは信じがたかった。とはいえ、愛情の重量には両者で差があり、レーガルの方が圧倒的に大きく、重く、濃く、そして深いという4拍子。ついでに言えば、レーガルの愛情表現は可愛い子ほど困らせたいというドS。

将来正妃となる隣国の姫君に魔法使いは同情を禁じ得なかった。

「…………」

「何ですか?」

「その、顧問殿の姿で僕を叱るの…そろそろ」

 そう指摘され、魔法使いはまだ自身が他者の姿を映したままである事に気付いた。

 魔法使いの養母は、普段は優しいが、弟子に魔法を教える時にはどこまでも容赦がない。その姿勢は相手がたとえこの国の第二王子であっても変わりなかったらしい。

 自分の養母に委縮する王子という姿というのはなかなか滑稽だと魔法使いは思ったが、怒った時の養母の怖さは魔法使いもよくよく思い知っているので素直に王子の願いを聞き入れることにした。

「レーガル様の事はあなたをからかおうとしたのか、出てこないから引っ張り出そうとしたのかは判断がつきませんね」

 魔法使いが考えるに、第一王子がシンデレラにちょっかいをかけたのはそのどちらかだと思われた。舞踏会の主役は第一王子ではなく魔法使いの上司――第二王子である。

 実際にはサボっていたのではなく、本命が来るのを待って、シンデレラ到着後はどう声を掛けようかと悩んでいたのだが、それくらいイメージトレーニングしておけと魔法使いは密かに思った。

(まぁ、実際はこちらが呆れるくらい入念に構想を練りはしたんだろうけれど)

 シンデレラにプロポーズ…否、当人としては告白、だったが、なんにしても好意を伝えるつもりではあったのだ。どう告白するかを何通りもシミュレーションしていたに違いない。

 元々第二王子はそういう事に長けているのだ。

色恋事になるとその動きが極端に落ちるという事を魔法使いは今夜初めて知ったが。というか、城下を出歩く事があるのは知っていたが、外で恋に落ちていたという事自体割と最近知った。挙動不審な行動が目につき始めた辺りから惚れていたのだろうが。

「まぁ、もう終わってしまったものは仕方がありません。どうするんです?」

 魔法使いは、言葉を極端に減らして尋ねた。

 第二王子は彼女をどうしたい……彼女とどうなりたいのか。

 恋人になりたいのか、その先を見据えているのか、それとも諦めるのか。すぐに行動を起こすのか、少し静観するのか、それともまたお膳立てが必要なのか。

 答えはいくらでもある。第二王子が望むままに。


「…告白、は、する」


 仕事の時…というか、普段はもっとシャンとしているのに、今の第二王子はうじうじと湿っぽい。

 意外とヘタレだったんだな、と魔法使いが思ったのは一瞬だけだった。

 歪んだ愛情表現を第一王子から受けたのは隣国の姫君だけでは無いからだ。むしろ被害者第一号はこちらのお方である。

 そこに気付けば記憶はつながるようにいくつも湧いてきた。同時に納得する。

 子供の頃の王子はむしろこんな感じだった。

 今は余程の場合でないとその片鱗を感じなかったのは、成長するにつれて責任等々で凛とする事を学んだのだろうが。体格も魔法使いとしてはしっかりとしているせいもあるだろう。


 昔に戻った様な、散々躊躇した後の言葉はそれでも後ろ向きなものではなかった。

 出来れば舞踏会で告白をしてほしかったところだが、過ぎてしまった事は仕方がない。

 それに既に根回しは済んでいた。シンデレラを舞踏会に出席させることを魔法使いの養母はそもそも知っているし、魔法使いは隠しもしなかった。

 だから国王も王妃も我が子に想い人がいるという事実は知っている。彼らもまた今宵の舞踏会で王子が娘へ愛を乞う情景を期待していたようで、得られなかった結果に残念そうではあったが、これからに期待と言う所だろう。


「ただ、その」

「なんです? 雰囲気を整える術が必要ですか?」


 舞踏会の事は…費用対効果が低かった事は否めないが、収穫が無かったわけではなかったのだ。

 そう思っていたが故に多少向上した魔法使いの心情は、告げられた第二王子の一言で見事に砕かれた。


「まず……僕の名前を知ってもらわないと」

「そこからですか!?」


 前途多難という言葉が浮かんだ魔法使いのカンは、決して間違ってはいなかった。











 続きを書いてはいるのですが(亀足)、区切りが良い(?)のでここで完結にしておきます。


 閲覧ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ