01
勇者を文献に纏める事業が始まる。わたしはその主任者に任命され、アルスとともに調査を始めていくことになった。
そして、最初は勿論アルス。
もっとも生きているのが彼だけだから選択肢はなかったのだが。
――――――どうして勇者になったのか?
わたしがそう聞くと、彼―――勇者アルスは笑った。その笑みは優しく、温かい。茶色の髪と合わさって彼の周囲の温度が上がっているように思う。
アルス・ロッド、彼はこの国で生まれ育った国民だ。
今年で20歳になる。その生まれは辺境にあった農村で、そこも魔族の襲撃で壊滅している。その事件があった数年後、彼は王都へと赴き勇者学院に入学した。
勇者になった理由も、復讐なのだろう。
「僕は勇者に助けられたからさ」
「勇者に……?」
あの時期に辺境へと向かった勇者などいただろうか。わたしも一応王女だからある程度の情報共有は受けていた……でも、勇者がアルスの村に向かったという報告はなかった筈だ。
記憶力には自信がある。わたしが覚えていないということは、それはなかったということになる。
だが、それを言おうとは思えなかった。
アルスが嘘をついているようには見えなかったからだ。
「名前も分からない。名乗らなかったからね……ただ、自分は勇者だから安心してくれとだけ言っていたよ。僕はまだ小さかったから、その言葉に救われた。
安心したんだよ、勇者が助けに来てくれた。助かったんだ、って」
「…………」
「結局、生き残ったのは僕を含めて数人だったけれど、彼が居なければ僕たちも死んでいた。それなのに彼は『すまない』って本心から謝罪していたんだ。
……おかしいよね、僕は彼を恨んじゃいないのに」
勇者とは、そういう生き物だ。何でもかんでも助けようとする大馬鹿者で、助けられなかったら死ぬほど後悔する。そして、大粒の涙を流す。
自分の家族でも友人でもない他人の死を嘆き、悲しむような人間だ。
そんなどうしようもないお人好しだけが、勇者に成った。
「……不思議だよ」
彼はため息交じりにそう言った。
「…………なにが不思議なの?」
思わず、反射的にそう聞いていた。
「僕が魔王を倒せたことだよ。だって、変じゃないか。僕に剣や魔法の才能はないんだ。僕以上の天才なんてごまんと居ただろうに、結局帰ってきたのは僕だけだ」
「それはわたしが聞きたいわ」
そう、アルスは勇者学院で決して良い成績を残していたわけではない。寧ろ、平均的な生徒だった。剣士クラスに所属しており、その中でも特に目立ってはいなかったようだ。
もっとも、同時期に所属していた「大魔導士」の前ではほとんどの生徒が平凡だったらしいが。
「仲間が優秀だったのではないの?」
「確かに、みんな優秀だよ。ルークは学院で一番の剣士だったし、アリシアは大魔導士として頭角を現してた……回復魔法も使えたしね」
それだけ聞くと、アルスは二人のお零れをあずかったようにしか聞こえない。
二人の天才を味方につけた凡才……虎の威を借りる狐と言ったところか?
「…………でも、魔族―――特に魔人の前では、僕たちがどれだけ優れていようが無駄だったんだよ」
魔人―――別名、上位魔族。その名の通り人型で、人間と殆ど同じ姿をしている魔族だ。一般的に魔族と呼ばれるゴブリンやオークなどとは異なり、一匹で街を滅ぼすような怪物たち。
人間に大きな被害を与えた侵攻の殆どがこの魔人に率いられていた。
「そこまで強かったの? 魔人というのは」
「ああ、強かった。いや強いなんてもんじゃないな……僕とルークの剣は弾かれるし、アリシアの魔法で与えられる傷も微々たるものだった。
それに使ってくる魔法の威力も尋常じゃなくて、火の魔法一発が建物を全焼させてしまうほどだ」
「…………そんな相手に、どうやって勝ってきたの?」
「簡単だよ、勝つまで粘って戦っただけさ。アリシアが与えた傷に剣を刺したり、回復しまくって何度も立ち上がったりといった具合に……まあ、彼女への負担が大き過ぎて途中から根性で立ち上がってたけどね」
……呆れた。
何て無謀な戦い方なのだろうか。考えれば、もっと簡単で安全な戦い方などいくらでもあるだろうに。
「魔法で遠距離攻撃し続けようとは考えなかったの? 一発は駄目でも複数回なら……」
「うーん、確かにそれが最も有効的なんだろうけど僕たちはやらなかったね」
「なぜ?」
わたしの疑問に彼は再度笑みを浮かべた。
背中の太陽も相まって、より一層温かいように感じる。
「人を守るには近くで戦うのが一番なんだ」
……少し、アルスという人間が理解できてきた気がする。
この人はとても優しいのだ。
絵空事であった筈の勇者の使命を達成し、世界に平和を齎した。彼の優しさもその一因だったのかもしれない。
「それに、僕には『眼』があったから……」
「眼?」
「ああ、僕は人より少し視野が広くて、視力が高かったんだ。時には弓だって使ったし、罠だって仕掛けた。……周りに人がいない時にはね」
にやっと、人好みする笑みを浮かべている彼は特別には見えない。
だが、ここまで勇者らしい勇者を、わたしは知らない。
「…………それじゃあ、仲間との出会いとかを話してくれる?」
「あー、じゃあアリシアからいこうか」
アリシア――――『大魔導士』アリシア・フォン・ミューゼル。
勇者アルスとともに世界を救ったパーティメンバーの一人。アルスと同時に勇者学院へと入学し、そこで魔法の才を発揮した天才。
元は貴族で、今は家から独立しているらしい。その原因は貴族の堅苦しさだと聞いている。……共感できるところが多そうだ。
勇者学院首席卒業生であり、それからすぐにアルスの仲間になった。
「これはあまり知られていないんだけど、僕とアリシアが出会ったのは学院ではないんだ」
「…………どういうこと?」
いきなり出てきた予想外の言葉に驚く。
――――――入学以前から交流があったとは初耳だ。
「彼女と出会ったのは入学する……一年ほど前かな。
僕たちは二人でこの国の色んな所を旅してたんだよ、そしてある時、勇者学院の存在を知った」
「……それじゃあ、あなたは最初から勇者になろうとしていたわけではなかったの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。村が壊滅した後、僕は魔王を倒すために旅へ出た……といっても、その時の自分に魔王を倒せる実力はなかった。
仲間もいない、力もない。だから僕は世界を周って、いろんなことを学んだんだ。
どんなことでも、巡り廻って僕の糧になってくれる。そう信じてね」
「……その結果が、魔王討伐」
「ああ、といってもそれは結果論でしかない。僕らは何度も死にかけたし、負けそうになった。
魔王との戦いだってそうだよ? 僕たちは英雄譚のように美しい戦い方をしたわけじゃない。僕は『戦士』として戦った。
卑怯な策だって何度も使ったさ」
「…………例えば?」
「えーっと、油をかけて燃やしたり……あとは口の中に水を突っ込んだり……火を眼に向かって撃ち込んだり……――――――という風に、僕は勇者らしくない勇者だったわけさ」
「…………」
確かに、勇者らしくない戦い方だ。それは『戦士』としても異端で、『盗賊』にも近い卑怯な戦い方だと言えるだろう。
……でも、そのやり方で魔王を倒した。
確かに、彼の創意工夫の結果というのもあるのだろう。
……だが。
「その程度で倒せたの? 魔王という親玉は」
「…………」
彼は突如として苦い顔を見せた。先ほどまでの笑顔とはまるで真逆だ。
……何故だろう、ほんの少し胸の奥がきゅっとする。
……痛み?
「――――――実は、魔王の元に辿り着いた勇者は僕たちだけじゃないんだ」
「………………え?」
「その勇者の与えた傷が、魔王を蝕んでいた。
………………魔王自身もこう言っていたよ。『お前たちに負けたのではない、私はあの勇者と相打ちになったのだ』ってね」
「そんな……嘘………………」
「僕は、その勇者が知りたくてこの事業を始めたんだ」
「――――――!」




