プロローグ
この国の王家は魔王と戦うことを運命づけられた一族だ。
何でも、初代国王――――――わたしの遠い遠い先祖の誓いが始まりだったらしい。それは神への宣誓であり、わたしたちへ向けられた呪い。
魔王との戦いがない平和な時代では他の王族、貴族たちと結婚し、子を産み、魔王へと備える。
そして魔王が現れれば勇者を補佐して、魔王討伐に尽力する。
それをしなかった者は短命になり、いつの間にか死んでいるという。まさに呪いだ。
何故、そんなめちゃくちゃな呪いを誓ったのか……既に死んでしまった先祖にその答えを聞くことは出来ない。
正直なところ、恨んだことはある。
王族だからと言って好き放題できるわけではなく、その人生の殆どを魔王討伐に捧げなくてはならない。自分の生まれた時期が外れていればいいが、丁度魔王出現の時期に生まれてしまったわたしは幼いころから多忙だった。
17年前、魔王が出現して人類に対して宣戦布告をした。
魔王――人類の天敵である魔族の親玉。数百年間隔でその姿を現し、その都度人類に対して大きな打撃を与えている。
今回の魔王も変わらず強く、そして狡猾だった。
人間同士の情報網を破壊し、一網打尽にし、他国が仕組んだかのように工作する。
それによって各国は疑心暗鬼になり、あわや同士討ちへとなりかけた。
しかしその事件はとある男によって解決し、連合軍が結成されたのだ。そしてその数年後、魔王は倒された。
勇者とは、魔王に対する人類の希望。
といっても、神に選ばれた最強の兵士などではない。立候補したものが全員勇者になり、魔王討伐のため旅へ出る。
一人の場合もあれば、複数のパーティなど様々だ。
勇者になれば国の補助が受けられるほか、多種多様な権利が与えられる。しかしそんな報酬でも、勇者に成りたいという者は少なかった。
それが普通だ。
勇者などただの自殺願望を抱えた狂人。体よく『勇気ある者』など言っているが、その正体は死への片道切符を買った者でしかないのだから。
この国で生まれた勇者は全部で3人。
その中で生き残ったのはただ1人、世界を救った勇者だけだ。もっとも、そのパーティメンバーを入れれば3人になるが。
元の絶対数が少ないとはいえ生還出来る確率はゼロに等しい状況で、決死行に挑む勇者は極少数。しかしその中で、勇者は世界を救った。
そして今は、その勇者が父である王に謁見している。
わたしは父の隣でそれを見ているだけだ。――――――わたしの名前は、シルヴィア。この国の王女にして次期女王。
「よくぞ魔王を倒した、勇者アルスよ。――――褒美として、お前をシルヴィアの婿として向かい入れて次期王位後継者に任ずる」
「……光栄です、陛下」
アルス・ロッド――――魔王を倒し、世界を救った勇者。
その風貌は決して美青年というわけではなかった。どちらかといえば平凡だろう。茶色い髪と、栗色の瞳。どこにでもいる普通の青年だ。
しかし、その普通の青年が世界を救った。
彼は平民ながらも勇者学院へと入学し、勇者に立候補してからは三人の仲間たちとともに魔王討伐の旅に出た。
何でも、仲間とは共通の話題で意気投合したそうだ。
彼の身体は良く鍛えられていて、引き締まっていた。その肉体に入っている多くの小さな傷が彼の旅を物語っている。
「……勇者様、無事で、よかったです」
わたしは心にもないことを口にした。正直に言えば、この勇者にそこまでの期待はなかった。それでも、魔王を倒したのはアルスで、わたしが期待していた勇者は何処かで死んでしまった。
だからわたしは、アルスと結婚することになる。
そして彼との間に子供を設け、育て、次代へと繋いでいくのだ。
「ありがとうございます、王女様。しかし、僕たちだけで魔王を倒せたのではありません」
返ってきたのは、予想外の言葉。
わたしが予想していたのは魔王討伐の自慢話だったが、彼が口にしたのは自分以外の勇者を讃える言葉。
そしてそれが方便ではなく、噓偽りない本心なのだと理解できる。
アルスの栗色の目は真っ直ぐで、綺麗だった。
「だから僕たちは、勇者たちを称える文献を創ろうと思うのです。陛下、どうかお許し下さい」
「…………そうか……」
父は、納得したような表情を見せる。
それが何を物語っているのか、わたしにはまだ分からない。
「……いいだろう、勇者アルスよ。――――――シルヴィア、アルスを手伝ってやれ」
「…………はい、お父様」
勇者たちに恥じない行いがしたい。
そんな気持ちが、わたしの胸に芽生え始めていた。




