キースのイベント
学院の授業は、出席しなければ単位が取れないというものではない。
そもそも貴族の子女は、成人するまでに、それぞれ家庭教師について必要な知識は身につけている。
学院の入学式は、前世で言えば成人式のようなものだし、成人してから普通の勉強が必要な貴族などいない。
ならば何のために学院に入学するかと言えば、将来のための人脈作りに他ならない。
だから、貴族のみが入学するのだ。
落第や留年することは無いし、試験は貴族特有のお遊びに過ぎない。
学院の教師達が問うマニアックな知識に答えるのは、ちょっとしたクイズ感覚で、結果が廊下に掲示されるので、上位に入ると嬉しいものらしい。ルークは三年間トップを取りたいと意気込んでいた。
試験の結果で何が起きるということは無いが、上位に入ると尊敬される。
ちなみに、学院に入学する目的は人脈作りだから、成績評価というものも無い。
というわけで、休みたければ生徒は好きに休める。
私とフェルとヨアヒムは、今日は終日キースの研究室に居ることにした。
今日は5月1日。
昨日まで、キースのところにはリナが日参していたそうだ。
日に何度も話しかけられることもあったという。
教師の辛いところは、生徒に話しかけられたら無視はできないところだ。
げっそりしたキースに、リナは最速でイベントを起こす気だと言われ、警戒のためにドアの外には不在の札をかけて施錠し、四人で籠もることになった。
「なぁ、フェリクス。何がそんな不安なんだ? そいつは裏切るような人間じゃねぇし、一度懐に入れたヤツを捨てたりしねぇぞ?」
いつものように私を膝に乗せて拘束するように腕を回すフェルに、呆れた調子でキースが言う。
その言葉に、フェルの右手が私の心臓の上に置かれた。
「オイオイ、人前で胸揉むんじゃねぇ」
「違う。フェルはたまに私の心臓の上を触る癖があるの。小玉の記憶を見てるから。私が心臓抉られて死んだの知っている」
しまった。フェルのフォローのつもりで重いことを言ってしまった。
キースも気まずげに「うー」とか「あー」とか呻いている。
この空気をどうしたものかとキースを眺めていたら。
「があああああああああああああっっ!!!!!」
突如、目と口を見開いたキースが獣じみた咆哮を上げた。
魔力暴走の気配を感知し、私はフェルを振り払って自分自身に身体強化と防御魔法を即動させ、キースに飛びつく。
「キース! 那波! 落ち着け!」
膨張した魔力の溢れ出るキースの体を抑え込み、必死で理性に呼びかける。
「ああああああああああああっっ!!!」
ヨアヒムとフェルの防御魔法の膜がキースを取り巻く。
暴走した魔力がキースを傷つけないように。
暴走した魔力がキースの外の世界を破壊しないように。
「キース! 那波! 私の言葉を聞いて!」
きつく、キースを抱きしめる。
物凄い力でキースに掴みかかられて、痛みは無いけど制服が破れていく。
「キース! 那波!」
悲鳴のように叫ぶ。
不意に、腕の中のキースの力が抜けた。
同時に魔力のうねりも収束して行く。
「悪い。お前だけは傷つけたくなかったのに」
那波とは思えない殊勝な言い方でキースは言葉を零した。
「何が起きたか話して」
幸い処置が早く、この場に魔力暴走を起こしたキース以外に三人も高度な魔法使いがいたから、研究室の何処も壊れてはいない。
ヨアヒムがキースを座らせ、フェルが自分の上着を脱いで私を包み、再び膝に乗せて座った。
「キースの『魔王の記憶』が甦った」
「今までは無かったの?」
「ああ。力と、自分は魔王だという自覚だけだ」
青い顔で細かく震えながらキースは言う。
「この世界における魔王とは、『歪みと戦う者』だ。そのために魔王は何度も同じ世界で転生している」
「歪み、って?」
「この世界の『歪み』とは、『世界を渡る錬金術師』のことだ」
「それは人物?」
「人間かどうかは分からない。そいつは男であり女。名を変え、時を超え、世界を渡って作品をばら撒く」
震える拳を何度も握り直し、己を落ち着かせるように深呼吸をして、キースは言葉を繋ぐ。
「『ありったけの悪意と皮肉を込めて』造られた錬金術師の『作品』は」
キースが忙しなく唇を舐めてパクパクと口を開閉する。
これから自分が口にする言葉が恐ろしくてたまらない。そう見えた。
「作品は、『覇者の王冠』『強力な惚れ薬』『燃え盛る燭台』『スライムもどき』『狂気の首輪』。そして、『不思議な短剣』と『不思議な薬瓶』だ」
作品の名前を聞いただけなのに、それらの姿形が詳細に目に浮かび。
ゾッとした。
キースが声を震わせ、続きを絞り出す。
「魔王の記憶にある錬金術師の作品は、全部俺達は見たことがある。短剣と薬瓶はリアルで。それ以外は『スチル』で。そして、『世界を渡る錬金術師』の姿は、『ルークのスチルの謎の美女』だ」
誰も言葉を返せない。
この世界を本当に作ったのは。
いったい。
誰?




