11、初めての献策
軍議というのは大体の場合、長引くものだ。なにせこの結果で自分がどれだけの手柄を上げられるのか、どんな敵と戦わなければならないのか、あるいは、負け戦のときにどれだけ命の危険があるかまでも決定されてしまう。
そうなれば当然みんな真面目になるので、意見は割れる。どこに布陣すべきか、いつ仕掛けるべきか、誰をまず最初に攻めるのか。決めることは山ほどあるが、そのすべてに文句がつくのが軍議の常だ。
その中でも特にもめるのは、多くの場合は、一番槍を誰が努めるかということ。最前線で誰よりも早く敵に仕掛ける一番槍は、最も名誉ある役割でもある。死の危険が大きい分、得られる褒美も多く、主君からの覚えもいい。この時代の人間は自分の死さえも役割だと受け入れる人間が大半だから、一番槍はその字面どおり一番人気だ。
「一番槍は当然この作佐が!!」
「いいや! わしじゃ! おぬしは先ほどの戦で抜け駆けしよったろうが!」
「それをいうなら貴殿とてそうであろうが!! ここは我らがだな!!」
今オレの目の前にいる岡崎勢の武者達もそれで揉めている。軍議が始まってからは一時間足らずだが、一番槍を巡る言い争いはすでに殴り合いの喧嘩に発展しそうな勢い。いまの松平家の財布事情じゃまともに恩賞も出ないだろうに、主君思いというべきなのか、それとも、バトルジャンキーぶりに呆れたらいいのか……。
どちらにせよ、彼らは城に真正面からぶつかるつもりだろうし、このままだと兵士にはかなりの損害が出る。それでも城は落ちるかもしれないが、松平家にとって重要なのはこれからだ。異世界とはいえ未来の知識のない彼らにそれを予期しろとは言わないが、もう少し頭を使ってもらわないと困る。
「落ち着かんか! 殿の御前ぞ!!」
「ええい! うるさい! わしが先陣じゃ!!」
「だまれ! この髭だるま! 先陣はこの重次が!!」
「あ……あぅ……」
忠次が仲裁に入り、家康が涙目になっても争いはヒートアップしていくばかり。普段ならば収まるのだろうが、今回は念願の家康の初陣ということでテンションが上がりすぎている。士気が高いといえば聞こえがいいが、浮き足立っているようにも見える。なにせ主君の様子にも気を配れていない始末、今奇襲を受けたら間違いなく全滅だ。
喧嘩も起こりそうな頃合だし、口を出すなら今だろう。策はすでに思いついている、それもこれなら全員が一番槍を達成できる妙案をだ。
いつまでもタイミングを待ってはいられない。主君が涙目になっているのに黙っていてはそれこそ軍師失格だ。まだ忠誠心といえるほどの感情は持ってないが、道義的にどうかと思うし。
というか、いい加減腹が立ってきた。俺の知る三河武士団はもっと立派に主君を支える忠臣たちだ。若さがのこるとはいえ、こんな醜態は見ていられない。
「――ちゅうううううもおおおおおおく!!」
「ひぐっ!?」
オレが大声を張り上げると、その場にいた全員が一斉にこちらに振り返る。あまりこういう経験はなかったが、やってみると意外とできるもんだ。もっとも諸将の中で一番びっくりしてるのは他ならぬ家康なわけだが。
「な、なんじゃ! いきなり怒鳴りよってからに!!」
「お三方ともに頭に血が昇っていられるようなので冷まさせていただきました。敵と戦う前にお身内で割れては戦になりませんので」
「わ、我らはそのような!!」
だれが叫んだか気付くと、血気盛んな諸将は当然オレに突っかかってくる。髭面の恫喝は迫力満点だが、痛いところを突かれたという自覚があるせいかすこし歯切れが悪い。
なら、押し切れる。彼らは脳筋だが、道理を理解できぬようなサルではない。まずは彼らの説得が軍師としての初仕事だ。
「今のこの有様を寺部城に鈴木重辰が見れば、岡崎勢は家中に不和があると見ましょうな」
「そ、それは、そなたのような新参者に言われずともわかっておるわ! だが、一番槍は誰にも譲れんのじゃ!!」
「ならば、お三方ともお座りください。一番槍のこと、丸く収める手立てがございますので」
「な、なにぃ!? おぬしのようなもののいうことが――うむぅ…………」
そこまで言ったところで髭だるまと呼ばれた武将はオレが家康が直接召抱えた人物であると思い出したらしい
オレを疑うということは翻って家康を疑うという事でもある。根拠があるならまだしも今のやり取りだけではさすがにその先は口にできない。思ったよりも冷静で助かった。
「私の策が気に入らなければ、どうぞ心のゆくまで一番槍で争われるといいでしょう」
「……うむ。ということだ、良いな、皆の衆?」
忠吉翁がオレの援護をしてくれる。もっとも積極的なものではなく消極的な援護だが、ないよりはいい。ここからはオレの一人舞台だ。かの諸葛孔明のごとく、頑固者の三河武士を説き伏せるとしよう。
「まず、一番槍の策について申しあげる前に、諸将に一つお伺いしたい。寺部城の近辺にある広瀬城、挙母城、梅坪城、伊保城、これらの城についてどう思われますか?」
「どうもこうもあるまい! 我らの目的は寺部城の奪還、こんな小城無視してしまえばよい!」
「なるほど。では、重ねてお聞きします。寺部城についてですが、どのように城を落とされるおつもりですか?」
「それは我ら岡崎勢が一気呵成に攻め入って――」
「――その最中にこれらの城からの後詰に取り囲まれたらどうなさいますか? あるいは、城を占拠した後に敵勢に奇襲を受けたときは?」
「そ、そのようなときは……その、我ら一丸となってだな……」
やはり他の城からの援軍については考えていなかったらしく、途端に声が小さくなる。まあ、頭に血が上ったりしてると、基本的な事を見落としがちだ。
オレは別に相手を論破する必要はない。今回オレが主張しているのは正論、外道な策を提案してるのではないのだから、ただ相手を冷静にしてやりさえすれば勝手に納得してくれる。
「横腹を突かれた軍は脆いものです。忠義厚き岡崎勢の皆様ならば竹千代様は守れ通せましょうが、負け戦は必至でしょうな」
「そ、そんなことはない! そ、そんなことはないが……いや……仰るとおりで…………」
最後にそう言い切ると、突っかかってきていた武将は黙り込む。まあ、まずはウォーミングアップだ。本当の献策はここから、ついでに諸将の好感度上げもここからだ。
「ちなみに、竹千代様はこのことにいち早く気付いておられ、私に献策をするようにご命令くださいました」
「お、おお! さすが若殿じゃ!!」
「うむ! やはり、竹千代様は清康公の血をついでおられる!」
「え、えぇ……まあ……」
オレが家康の事を褒めると、さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに元気になる。微笑ましいといえば微笑ましいが、やっぱり良くも悪くも単純すぎる。先が思いやられるが、今はまずは目の前のことに集中しよう。
「して、軍師殿その策というのは……」
「はい、まあ、策というには単純なものですが……」
忠次がいいタイミングで聞いてくれたので、しっかりと頭の中で整理しながら、間違いのないように策を述べる。
まずオレが提案するのは寺部城の攻略の前に周囲の四つの城を陥落させるという、史実の知識にのっとった策だ。これには文句は出ない、それはわかっている。武将達はなんだかんだで戦のプロだ、この意味は理解できるだろう。
「……将を射る前に馬を射るという事ですな。しかし、一番槍の方はいかがなさるのでしょうか?」
「三つの城を落とす際に、お三方それぞれに一番槍を努めていただきます。恩賞は全員同じく。これでいかがでしょう?」
「ふむ、それならば三人も納得いたすでしょう」
三人全員を一番槍にするというのは苦しいが解決策になる。彼らの三人は恩賞を目当てにしているわけでなく、名誉と忠誠心を発揮する機会を求めているのだ。ならば、三人全員に機会を与えてやればいい。ほかの家ではどうなるか分からないが、少なくとも彼らならこれで大丈夫だ。
とりあえずは問題解決、だが、本命はここからだ。今は家臣団の全員がオレ言葉に耳を傾けている。舞台は整ったというわけだ。
「――さらに、これに加えて、私は今回の戦、寺部城を攻めるのに城攻めをすべきではないと考えております」
緊張を隠すようにそう言い切ってしまう。史実には反するがこのほうがいいという確信がある。少なくともオレがここにいる意義、それを示す第一歩となるのがこの策だった。




