12、初戦
結局、全員にオレの行う策について承諾させるのには深夜まで掛かった。これも全員頑固者で自分達の意に反することやりたがらない困ったちゃんなせいだ。決してオレが悪いわけじゃない。
ありがたいことに、味方がいなかったわけではない。髭親父の忠次と長老の忠吉は比較的早くオレを援護してくれた。彼らが見ているのはこの戦の勝ち負けではなく、オレと同じくこれからどうやって岡崎勢としての勢力を盛り返していくか、ということだ。そこが分かってもらえさえすれば説得は容易かった。
問題はやはり、血気盛んな若い武将達だ。彼らは最初絶対に正面からの戦をすべきだと言い張った、新参者の言うことになど従えるか、とかもいってたような気がする。こういうタイプには理屈で説いても無理だと諦めそうになるくらいには勢いがあった。
それでも、最終的に彼等が首を縦に振ったのは、家康の自分はそれで構わないという言葉あったからだ。主君が自ら命を掛けるといえば、家臣は否とは言えない。彼女はそれを分かっていないだろうが、オレとしては最高の援護だった。
理想的とは言えないが、どうにか家中は纏まった。後はこの策が上手くいく事を祈るのみ。もしオレのせいで負け戦になれば責任を取って死ぬか、あるいはこのままどこぞへトンズラこくしかない。せっかくこんな良い条件に恵まれているんだ、最初の一歩で転んでなどなるものか。
「開戦じゃ! 殿の御前じゃ! みな気張って働けよ!!」
布陣が整い、忠次が総攻めの号令を出したのは昼になる前だった。目標はまず広瀬城、城大きさと城兵の数からいってこの城は問題なく落ちるだろう。
しかし、夜討ち朝駆けとは言うが、松平勢は行動があまりにも早い。長時間軍議をしていたというのに、その疲れを一切見せないのもさすがは武士といったところだろうか。
オレのほうは正直眠くて仕方がない。二日もまともに寝れてないし、できることなら地面に寝転んででも眠ってしまいたいくらいだった。
「ぐ、軍師殿、大丈夫ですか? お顔が優れませんが……」
「……いえ、大丈夫です」
ゆっくり舟をこぎ始めていると、隣で床机に座った家康がオレの顔を覗き込んでくる。
オレと家康がいるのは陣の後方、つまり本陣と言われる総司令部だ。初陣ではあるし、彼女がもっと前に布陣すれば味方の士気は上がるが、ここはあくまで前哨戦ということで本陣は後方に置くことになっていた。
しかし、危ないところだった。ここはすでに陣中だ、命の危険はないとはいえ、寝ているわけにはいかない。
「今は……二人だけですよ?」
「…………そうですね」
オレの懸念を察したのか、家康は微笑を浮かべて見れば分かる事を教えてくれる。護衛たちがいるのは陣幕の外、傍にいるはずの忠吉翁は本日三度目の小便に行ったので、この本陣には確かに二人きりだ。
気遣いそのものはありがたいが、壁に耳あり障子に目あり、だ。家康がいいといっても眠るわけにはいかない。
大体ここは前線からは離れているとはいえ、戦場だ。待ち望んだ場所にようやく辿り着いて、最初にするのが爆睡というのはあまりにも間抜けすぎる。
「膝でもお貸ししましょうか……?」
「――へ?」
「良く寝られると思いますよ、私も寝られないときはよく婆様のお膝をお借りしましたし……」
最初は眠すぎて耳がおかしくなったのかと思ったが、そうではなかった。家康はつまりオレに膝枕をしてやろうといっている。
やはり、おかしい、なにいってんだこいつ。今は戦中で、しかもここは本陣だぞ。
「昨夜は軍議でしたし、そのまえも眠っておられないようなので……よけいなお世話だったでしょうか?」
「い、いえ、そのようなことはありませんが……」
困惑していると、ちょっと涙目になるので、こっちのほうがしどろもどろになる。この前は初陣が怖くて泣いてたくせに、いつのまにか肝が太くなりすぎだ。
「そ、それより、竹千代様は大事ありませんか? もっと緊張なさっているかと思いましたが……」
どうにも押し切られそうな感じがするので、話題を変える。様子がおかしいというなら彼女のほうもそうだ。すぐに涙目になる鰯のようなメンタルだったのに、戦場で落ち着き払っているというのは人が変ったとさえ思える。
もしかしたらとはおもうが、二日前のあれは本当に演技だったのか……?
「は、はい、これも佐渡殿のおかげです……」
「は? 私の?」
「仰ったとおりに御所様や雪斎禅師のように振舞っていますと不思議と心が落ち着いてまりまして……」
「な、なるほど」
形から入るというやつだろうか。彼女が言うには自分が大将だと思って、それらしく行動しているときは普段よりも心が強くなるらしい。普段の自分ならもう泣き喚いて駿府に帰るとまで言い出すかもしれないという事まで自覚していたのだから、驚きだ。
「佐渡殿仰るとおり、私は家臣どもにとっては総大将。総大将が情けない姿を晒せば士気にも関わります、皆の姿を見てそのことが理解できたのです」
「……そうですね。そのお心がけ、ご立派なものかと」
つまり、家臣と兵を前にして覚悟が決まった、ということだ。さすがは後の徳川家康というところだろうか、今の彼女の中では使命感と義務感が恐怖に打ち勝っているのだ。
勇気というのは、誰にでもあるものじゃない。自分の身が一番大事なのは当然のことだし、誰だって恐ろしいものからは逃げ出したいものだ。臆病者と詰るのは簡単だが自分が同じ状況に陥って逃げないとはなかなか断言できない。
だが、時折、恐怖に勝てる何かを持った人間がいる。そういう人間は良くも悪くも大物になる、それがオレの持論だ。その点で言えば、この家康はまさしくそういう人物だ。
「ですが、今回の戦、佐渡殿がいてくださって私はほんとうに心強うございます」
「お、お褒めの言葉は策がなってからに……」
オレが考えていると、家康は両の手を取り目を輝かせて褒めてくれる。嬉しいことには嬉しいが、まだ策が成功してもないのに褒められても言葉の返しようがない。
事が終わったときには、オレはどこかの山で死体になってるのかもしれないのだ。
「いえ、私一人では家中を纏めることさえできませんでした……貴方様と久能山の山中でお会いできなければ今頃……」
どうやらなにかよからぬものを想像したらしく家康はまたも泣きそうになる。おい、大将としての覚悟はどうした。
「……ともかく何かお返しができないかと考えたのですが、金子も持ち合わせもなく……当家には宝といえるものは家臣の皆だけですから……」
「それで膝枕ですか……」
「はい、ですので、どうかお受けしていただけないかと……」
「は、はぁ……」
理屈としては分かるが、まったく納得はできない。というか、膝枕なんてされてるのをほかの誰かに見られたらそれこそ大事だ。領主を篭絡する傾国の悪女、その男版だとおもわれても仕方がない。
君主として成長したんなら、そこらへんも察して欲しいが…………むげに断ると泣きそうだし、オレにどうしろというのだろうか。
「――御注進!! 御注進!!」
伝令が飛び込んできたのはオレが悩んでいる最中だった。驚いたふりをして家康の手を離したが、多分手を握られているところは見られていないはずだ。
「――い、いかがしたのですか!!」
「本多作佐衛門殿、広瀬城の城門を突破! 自ら槍を振るって城内に一番乗り!!」
「た、大義!」
伝令が大声で述べたのは、城の門を破ったという報せだ。つまりそれは戦の趨勢は完全に決したということでもある。
開戦からわずか三時間、いくら小城が相手とはいえ凄まじい限りだ。というか本当に人間なのか。三時間で城を落とすなんてもう化け物も同然だ。
「……よかった」
伝令が下がると、家康がそう本音を漏らす。これについてはオレも同意権だ。まずは最初の一つ、重要なのはこれからだが、少し安心するくらいはいいはずだ。




