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74章 国境


 74章 国境

  

 王国と悪魔の国の国境線。

 壁、と呼ばれる場所から1人の悪魔が出てきた。

 

 無数の老若男女の顔を持ち、右手には書物を持っている。


 ダンタリオン。 

 悪魔の大公爵。

 王国、悪魔の国の停戦協定を結ぶ切っ掛けとなった悪魔だ。

 

 2年間、悪魔の国が攻め込まない代わりに、捕虜として捉えられたダンタリオンを返還する協定である。

 本来、安全が確保されるまで返還をする事は憚られたが、本人の強い希望で開放となった。

 

「ふーむ……、とんでもない」

「悪魔から見てもとんでもない?」

「勿論、神というのは誰であっても恐ろしい」

 

 隣に立つ絶望候が馬上から声をかけた。

 派手な鎧で着飾っている彼女は背後に部下達を率いている。

 

 まず、協定通りに王都へダンタリオンを送り届ける事。

 その後に塔へ攻勢を仕掛ける、それが今回の仕事である。

 と言っても王都まで向かう必要は無く、途中で悪魔が迎えに来る手筈になっている。

 

 乾いた風に乗って戦の音が聞こえてくる。

 2人は穏やかに会話を続ける。

 

「馬上から失礼……。もうすぐ行かなければなりませんの」

「いやぁ、お気になさらず。そちらも色々ありますな」

「戦場にはお出でに?」

「そのつもりですよ。ルシファー……、いや、アッタル様の所に向かわねば」 


 悪魔の軍勢は既に交戦している。

 破裂音や爆発音が先程から大地を揺らしている。

 更に向こう側を見ると、天使の姿が見えた。

 

 絶望候は塔を見る。

 相変わらず不気味に悍ましく蠢いている。

 

「苦戦しているようですわね。長話は申し訳ないわ」

「どうでしょう、共同戦線というのは」

 

 戯れ、と言う風にダンタリオンが切り出した。

 馬の足を止める。

 ダンタリオンがこちらを見上げる。

 

「申し訳ありませんけど、お断りですわ」

「ほう?」


 王国は、王国貴族は人間至上主義である。

 それ故に、血を選んで悪魔人間を拒み、追い出しているのだ。

 不利な時に手を取り合う事など許されない。

  

「戦果は我々が独り占めします。誰にもあげません」

「そうですか」

 

 ダンタリオンが天を仰いだ。

 目の前に暗闇が現れ悪魔が現れる。

  

 では、ここまでですね。

 ええ、お元気で。

 

 そう言って2人は別々の道を進む。

 暫く、ダンタリオンの背を見送った後、絶望候は剣を抜いた。 

 

「続け!」

 

 そう言いながら絶望侯は馬を走らせ、先陣を切る。


 ●

 

 悪魔の国。

 バルベロ=シュブ=ニグラスから取り返した森。

 以前の悍ましさは消え、徐々に元の姿を取り戻している。

 

 遠くから爆発音が聞こえる中、狩人達は情報収集を優先的に行う事にした。

 何処に向かうべきか、何処と協力するべきか。

 狩人にその知識はあまり無い。


 と言っても、荒らされた森である。

 まだ森の妖精が生き返るには時間がかかるようで、情報収集は太刀持ちに任せる事になった。

 

 銀灰はアスモデウスにからかわれ、人型は体を軽く動かしている。

 忍冬は鏃をいじり、ラファエルは空を睨んでいた。

 ケルベロスは眠っている。

 

 太刀持ちが地面から顔を上げる。

 大地の妖精から声を聞いた情報を述べる。

 

「王国が動いたな」

「そうか」 

 

 先陣を切るのは絶望侯。

 王国は悪魔や他の連中と手を組まず、単独で塔を攻めるらしい。


「他には?」

「あと、天使の国との国境で」

 

 戦闘でも起きたのか。 

 張り詰めた空気の中、太刀持ちが言う。

 

「賛美歌を歌った契約者が」

「……何だその気合の入った馬鹿は」

 

 一瞬、脳みそが理解を拒んだ。

 暫くして木陰が呆れたような声を出した。

 

「切り替えよう。傭兵達はどう動くんだ?」

「前と同じですね。あの街の偉いさんが依頼人ですよ」 

 

 傭兵は傭兵で独自に動く、と言う事か。

 これで一通り、勢力は出揃った、と木陰が地図を広げた。


「南からは王国、北からは天使、東からは悪魔。

どう考えても負けしか見えない状況だが魔術師は降伏しない」

「……何か奥の手があると?」

「だろうな」 


 かと言って、なにか心当たりがある訳では無い。

 であれば、取る手段は1つである。


「先手を取ってー、策ごと叩き潰すーっ?」

「清々しいほど脳筋ねマイ契約者! ここが何処だか忘れてるんじゃなくて!?」

「あっ」

 

 アスモデウスの裏声で思い出す。

 思えば魔術師はここにも出入りしていたのだ。

 何かの痕跡が残っているかもしれない。

 

 木陰がナメクジを見るような目でアスモデウスを見た。


「いつぞやの廃墟にも連れて行くか?」

「そうそう、拙者、悪魔の王でござる故に魔術は得意中の得意」

 

 アスモデウスがぐへへ、と気色悪い笑い声を上げる。

 

「言わんとする事は判るがお前に頼るのが癪」

「まぁまぁまぁまぁ」 

 

 いつもの間延びした声ではなく、幾分か真剣味を増した声で人型が言った。

 それを宥めながらアスモデウスは祭壇や信者達の居住区を漁り始める。

 ラファエルも渋々と言った様子で家探しを始めた。

 

 これは手を出さずに黙って見ている方が良いだろう。

 魔術の事など狩人には判らない。


 探索が終わったら廃墟に行けるように準備だけはしておこう、と荷物を纏める。 

 それと、と太刀持ちが首を傾げながら切り出した。


「あと、陛下達の姿が捉えられない。空でも飛ばない限りそうはならないんだが……」

「……」

「?」

 

 4人は黙り込む。

 事情を知らぬ者達は首を傾げた。

 

 恐らく、そうなのだろう。

 何をしようとしているのかは判らないが、碌でもない事である事は理解出来た。

 

 ●

 

 第2領。

 王国の東の果て。

 

 草原に聳え立つ巨大な壁。 

 だがそれは悪魔の国との国境とは違い、石造りの壁だ。 

 

 総代が馬から降り、文官と竜騎士を伴って壁に向かう。

 文官の肩には武神から預けられた鴉が1匹、乗っている。

 壁の番人に話を着けた後、応接室に通された。

 

 豪奢な柱、所々にあしらわれた金細工。

 壁を埋め尽く程に掛けられた絵画、立派な壺。

 文官には価値の判らぬ物ばかりである。

 

「簡単に説明しますね」


 1人、長椅子に座った総代が小声で言う。

 文官は顔を寄せて話を聞く。


「第2領と第3領の中は悪いです」

「……」

 

 竜騎士が呆れたような表情を見せた。

 それに構わず総代が続ける。

 

「常に戦果を上げ続けられる西方と違い、こちらには何もありません。

代わりに新人の世話や訓練を引き受けていますが、それでも発言力に差が出る」

「……今回はそこに漬け込む、と」 

「そうなります」


 総代が顔を離した。

 文官と竜騎士は窓際に立ち外を見る。

 

「大体の理屈は説明を受けたが、正直、半信半疑だ」

「……だろうな。僕も陛下の命令じゃなきゃやらん」

 

 鴉が頬に体を擦り付けてきた。

 なるようになれ、と自暴自棄になっていると、扉が静かに開いた。

 護衛を伴った男が部屋に入ってくる。

 

「……久しいな妖怪」 

「東方公は本日も御機嫌麗しく」  

 

 60代程だろうか。

 文人肌の神経質そうな男が総代に声をかけてきた。

 

 涼しい顔で総代が挨拶を返す。

 これが東方公か、と文官は総代の背後に移動した。

 

 今回、文官は総代の付き人、と言う事になっている。

 であれば口を開く必要は無い。

 

 そう考えていると東方公がこちらを見た。

 東方公と目が合う。

 

「帝国の文官殿かな」

「……」


 その程度は調べられているらしい。

 どうしたものか、と思案していると東方公が言葉を続ける。

 

「貴国に我が国の恥晒しが迷惑をかけた。山の向こうでは情報も行き届かず不安であろう。

出来るだけの説明をするし、必ずこちらで解決しよう」


 要するに帰れ、と言う事だ。

 ここまでは予想できた流れだ。

 

 文官は自身の立場を明かす事にする。

 

「……その件に関しては総代殿が。今回、私は付き人。

言葉を交わせる身分ではありませぬ」

「ふむ……?」

 

 そこまで言って総代に引き継ぐ。

 肩を竦めながら総代が革表紙の目録を出す。

 

「本日は商品の紹介に参りました」

「……成程?」

 

 東方公が目録を護衛に確認させ、手渡させる。

 自身も中身を確認すると説明を求める視線を総代に寄越した。


「東の遊牧民、竜の戦士団。壁のすぐ近くに、竜まで揃えております」

 

 丁度良く、竜の鳴き声がここまで聞こえてきた。

 東方公が表情を変えずに声の方を見る。

 

「……傭兵として売り込みに来たのか。国の兵としてでは無く、あくまで事態の解決だけを求めると」 

「はい」


 東方公が再び目録に視線を落とす。

 総代がその手元を見ながら話を続ける。

 

「ですが、いきなり雇えと言っても信用が無いでしょう。まずは、1つ戦果を挙げさせましょう」

「今更、貴様が妙な商品を持ち込むとは思わんが、……ほう?」

 

 東方公の目が怪しく光ったような気がした。

 

 明らかな失言。

 最も面倒な所を押し付けながらも、タダ働きを許す発言である。

 

 普通の傭兵のように根無し草の人間では無く、遊牧民の国の戦士である為、

補償が全く無い、という事態は避けられるが、それでも考えられない発言だ。


 普段の総代であれば。

  

「お試し、か。無論、金は取らんだろうな」

「勿論。……まぁ、そちらを御覧下さい」


 そう言って総代は目録を読み進めるように促す。

 先程から読み進めていた東方公の手が止まった。

 

「総代」

「はい」


 東方公が目録の中身を指差しながら、こちらに見せる。 

 総代がそれを涼しい顔で一瞥した。

 

「何故、帝国皇帝陛下の名前がここにある」


「御静養中に遊牧民の族長と友情を結んだ陛下が、御自ら助太刀を志願しました」

 

 総代の発言は失言である。

 普通であれば。

 

 帝国は王国領では無い。

 悪魔の国でも無い。

 それは王国、悪魔の国の停戦会談の場所に選ばれた事からも明らかだ。

 

 どちらの敵でも味方でも無い。

 中立を保つ国であると、あの会談で認められた。


 他国の皇帝の戦働き。

 値段など着けられる筈も無い。

 普段であれば結ばれる雇用契約が不敬となり、失言であったお試しという言葉が逃げ道になる。

 

 そして、追い返して手ぶらで返すという選択肢も無い。

 総代は言った、皇帝はすぐそこまで来ていると。

 

 東方公が文官を鋭い目で見据えた。

 身分の差、という言い訳を許さぬ、と言わんばかりの目だ。

 

「……居る筈も許す筈も無い。帝国の文官殿。軽々しく自身の王の名前を出すのは感心しない」

 

 東方公がそう思うのは当然だ。

 であれば、許可を得ている事を示すだけだ。

 

 文官は懐から手紙を取り出す。

 皇帝の花印――協定書に押されたものと同じ――が押された手紙だ。

 

 手紙を護衛に渡した後、改めて名乗る。

 

「……申し遅れました東方公。私、御前に侍りし1人、帝国文官。

此度の事、全て陛下の御意志であれば」


 東方公が手紙の花印を確認する。

 当然、東方公は協定書を見れる立場にある。 

 

 東方公が手紙を何度も見返し、読み返した後、深く溜息を吐いた。

 総代が静かに口を開いた。


「どうです? 試しに使ってみませんか」

「……第9領の東が最前線だ」

 

 東方公の言葉と同時に、文官は窓から鴉を放す。

 暫くすると鴉の羽音とは比べ物にならない大きさの羽音が聞こえてきた。 


 甲高い、空と風を裂く音。

 壁の上空を疾走する竜の鳴き声が響いた。

 


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