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60章 いと高き場所から

 

 60章 いと高き場所から

 

 かつて、その名前を口にする事は禁忌では無かった。

 自らの名前が禁断の言葉とされ、正確な名が失われる程の時が経ち、築き上げられた文明が滅び、そして今。

 在りて在る者は天から地上を見下ろしている。


 ●

 

 空を覆っていた黒雲と黒煙は消え、青空の下、穴だらけの荒野に埃っぽい風が吹く。

 空に居た天使達は何処かへと移動し閉じこもった。

 今は悪魔達を追い返す為の戦いを行っている。

 

「それで」

 

 エルフのベルンフリートが憮然とした表情で口を開いた。 

 この大変な時に招集をかけるとは余程の事なのだろうなというのを隠さない。


 見れば他の戦士達も集まっている。 

 ブランドンの鉄で出来た体を見上げながらベルンフリートが質問する。

 

「この忙しい時に何だ、ブランドン」

「落ち着け。天使共が撤退し少し余裕もできた。今後について話し合おうと思っただけだ」

「今後ぉ? 残りの悪魔をぶっ殺して新しく国作って終わりだろうが」 

「おいエルフって森の賢者じゃないのか。何でこんな脳筋なんだ」

 

 ブランドンが面倒臭がるベルンフリートを宥めて席に座らせる。

 おほん、とわざとらしく咳払いをしてブランドンが話を続けた。 

 

「我々は人類だけの国を取り戻す為に戦ってきた。

散らばった人間もある程度、救出できたし悪魔が壁の向こうへ逃げるのも時間の問題。

輸送路も回復し人類はある程度の集団として復権しつつある」 

 

 ブランドンが言葉を区切る。 


「そこで問題になるのが我々だ」

「……」 

 

 つまりブランドンの言いたい事はこうである。

 遺伝子を改造した人類と悪魔人間と悪魔。

 これの違いを見分けられる人間や技術はどれほど残っているのだろうかと。

 

「言いたい事は判ったが……」

「DNA鑑定なんか望むべくもない。異形への恐怖はまだ残っている。間違って叩き殺されるのがオチだろう」 

 

 戦争が始まる前、まだ異形になる前の経験だ、とブランドンが自嘲気味に言った。

 ベルンフリートが納得いかないように質問を続ける。

 

「だから、黙って立ち去ろうってか? それこそお前じゃないが、後の事はどうするんだ、だ」

「黙ってではない。この中から純粋な人間を王にして、そいつに頑張ってもらう」

 

 その言葉に皆が首を傾げた。

 

「その王は誰にするんだ」

「ビセンテ」

「!?」

 

 我関せずと、そっぽを向いていたビセンテが驚きの表情でこちらを見た。

 勢い良くブランドンに詰め寄る。

 

「お前がやれよ!」

「遺伝子いじってないのお前だけだろ」 

「……」

 

 返す言葉がないのかビセンテが黙り込んだ。

 詳しくは知らないが、今、人間の姿をしていても、子供や孫が異形として生まれてしまうらしい。

 ブランドン達が悪魔と戦う為に使った力はそういうものだと聞いた。

 

「お前達はどうする」 

 

 ブランドンが全員を見回した。

 男達が考え込み、沈黙が場を支配する。


「余は向こうに行くしかあるまいよ。このようなナリでも異形には違いなかろう」

 

 隼の兜を持つ青年――ホルス――が腕を組みながら言う。

 隣りに座っているイヴォンも頷いている。

 

「ま、その内向こうで偉大な国の1つや2つ作るからから見ておれよ」

「付いて行くから仕事くれよ」

「余の神殿を建築する栄誉をくれてやろう!」 

 

 肉体労働かよ! とイヴォンから湧き出た文句にホルスが取っ組み合う。

 そこらじゅうを錯綜するイヴォンの触手を避けながら話を続けた。  

 

「俺は向こうに行く。こいつも居るしな」

 

 ゲンナジーが側に立つ異形の女性を機械の指で指す。

 異形の見た目を持つ彼女と悪魔人間を区別する術は無い。

 人類国家を樹立する以上、彼らがここを離れるのは無理からぬ事である。

 

 試験管の中から生まれたという彼女の名前を直接、聞く事は無かった。


「いい加減、名前のひとつもくれてやったらどうだ色男」

「……その内な!」

 

 ホルスのからかいに対して真っ赤な顔をするゲンナジーを見て男達が笑う。

 年若いこの男は幸運にも腕を取り替えるだけで済んだ。

 

 そういえば、とベルンフリートがブランドンを見る。

 

「お前は?」 

「この体だ。整備のマニュアルもノウハウも燃え尽きた。適当に朽ちるのを待つさ」

「……」 

 

 そういう声にベルンフリートがブランドンを見上げる。

 空を飛ぶ鉄の塊、ブランドンの魂はそこに宿っているという。

 到底、皆の知識の及ばぬ技術が使われているのが想像できた。


「お前は?」 

「俺は」 

 

 ベルンフリートが考えあぐねていると咆哮が大地を揺らした。

 皆がそれぞれの武器を取り――。

 

「――王。王よ。お風邪を召します」

 

 夢から醒める。

 目を開けると、こちらを揺り起こす翁の顔が目に入った。

 起きたのを確認すると身を離し跪く。

 

「申し訳ありません。しかし」

「いや、構わん」

  

 悪魔達を壁の向こう側へ追いやり建国を見届けた後、単身壁の向こうへと乗り込んだ。

 まだ同胞が残っているかもしれないと考えれば当然の行動であった。

 

 散り散りになっていた同胞を集め、森の中に国を作った。

 あの邪神に追われるまでは上手くやっていたし、ここでもそれなりにやっている。

 

「……」

 

 ベルンフリート――妖精王――の髪が東からの突風に煽られた。

 

 ●


 粗末な台車、その上に載せられた牢屋。

 歳は15程の少年が穴だらけの床を見ていた。

 

 まともに整地されていない大地、埃っぽい風。

 血の臭いが風に乗って来た。

 

 格子から外を見ると、市場が見える。

 王国から壁を通り少年はここまで運ばれ、売られるのだ。

 

 青年は庶子である。

 王の血を引くものの、継承権を持たず、ただその時を待つだけの男である。

 

 かつての大戦争で生き残った直後、人類は様々なものとの混血がある程度まで進んでいたという。

 その中で血筋を厳選し、人外のものと混ざらぬように保護されていた人間がいた。

 彼らが作った家、それが今の王家の始まりだ。

 

 終戦直後から徐々に悪魔の血を引く者を減らすような政策を採り、

そして新たに現れた場合の対策も、その時に練られたものであるらしい。


 後天的に姿が変わった人間はどのような人間であっても追放され、

その血筋の人間は王家と交わる事は無い。

 また、王族であっても姿が変われば除籍される。

 

 王に異様なまでに妻や愛人が多いのはその為だ。

 今まで悪魔人間を生み出さなかった血筋、そして調査中の血筋。

 将来、体が異形に変わるかもしれない事を思えば人数を確保しておくのは当然であった。

 

 かくして王家と王国の血筋は保たれ、人間が治める国として王国は栄える。

 正しく使われれば。

 

 時が流れ、ある程度、国が大きくなると当然、政争は起きる。

 邪魔な派閥を解体する為に制度が使われる。 

 目障りな貴族を没落させる為に使われる。

 

 昔からよく聞く話であった。

 王室御用達の認定無く、王室に出入りしていた賈船という男の存在がその話の信憑性を高めていた。


 それでも無差別に貴族や王族が売り飛ばされるという事は無かった。

 少なくとも今までは。

 

 何があったのか、反乱が起きてから、賈船達の動きは活発化した。

 まるで全ての庶子を捕えるかのような動きであった。

 

 片目の色が違う。

 生まれついての特徴、今までは何も問題のなかった容姿に今更ケチを付けられ、

あっという間に奴隷の仲間入りであった。

 

「はい、ここが市場です。奴隷から日用品、欲しい情報まで何でも揃いますよ」

「はーい、エッチなお姉さ痛い! やめてラファエル殿、蹴らないで!」

「何が必要だ? 装備の修繕と、食料と……」

「情報ねぇ、王国の情報なんか入ってくんのー?」

「なんかいい人材居ねぇかな。俺らの仕事って人材探しだよね? ね?」

「キョロキョロするな。……王国出身の戦える奴隷を買えば良いんじゃないのか」

『それだ』

 

 青年の思考は騒がしい声に遮られる。

 何事かと顔をあげると傭兵か何かの集団が近くを歩いていた。 

  

 集団の異様さに青年は目を見張る。

 悪魔が居た、天使が居た、エルフが、ドワーフが、悪魔人間が居た。


 頭目らしき男――恐らく人間――が三つ首の犬に跨り、キョロキョロと市場を見渡していた。

 顔を隠した男がそれを諌めている。

 

 控えめに言っても変な集団である。

 

「おい、アンタ達」

  

 格子に近付き顔を出す。

 青年が奇妙な集団に声をかけると、彼らが不思議そうな顔でこちらを見た。

 人商人達が慌てた様子で青年を取り押さえようとする。

 

「戦でも始めるのかい」 

「まさか、単に備えてるだけだ」 

「男手が入用だろ?」

「悪いが」  


 フードを被り、顔を隠した男がそっけなく返す。

 

「戦士を探してるんだ」

「役に立つぞ」 

「……」

 

 思わず声が怨念じみたものになる。

 青年の最後の足掻きだ。

 

 どうせ変態に売られるか、悪魔に売られるか。

 碌な死に方をしないのならば、せめて戦場で死にたかった。

 

「王国の情報も欲しいらしいじゃないか……!」

 

 音も無く、フードの男が近付いてきた。

 そこで青年は目の前の男もエルフであると気付く。

 

 王国にもエルフは住んでいると聞くが、森の中で暮らしており見た事は無い。

 初めて見るエルフの戦士に思わず生唾を飲んだ。

 手を捕まれ、突き刺すような視線を受けながら青年は男の詰問を受ける。

 

「何が出来る?」

「読み書き計算と、最低限、剣は使える」

 

 全員が三つ首の犬に跨った戦斧を持った男を見た。

 男が青年の名前を聞く。

 銀灰、と答えると同時に牢屋から引っ張り出された。

 

 ●

 

 いと高き場所と呼ばれる場所。

 限られた天使と悪魔だけが立ち入る事を許される場所。

 延々と続く長い階段、無数の柱、それら全てが白い場所。

 

 その頂上。

 御簾に囲われた神座。

 

 今、この場所にはその主と側に控える男しか居ない。

 清廉な空気の中、口を開いたのは男だ。 


「主よ」

 

 側に侍る男が声を掛けてくる。

 天使でも悪魔でも無い、ただの人間の男だ。

 正確な年齢は分からないが、人間で言う所の三十路、と言う所だろう。

 

「何を御覧になっているのですか」

 

 自らの姿を隠す為の、仕切りの向こう側で男が微動だにせず跪いている。

 男の質問に答えず、在りて在る者――神――は地上を見ている。 

 

 大陸を見ている。



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