↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/107

59章 闇の子 ベリアル

 

 59章 闇の子 ベリアル

 

 未踏破地帯は異形の様相を呈していた。

 赤く染まった脈打つ地面、足元に血管が通り血が流れる感覚。

 まるで1つの区画が生き物になったかのような感覚。

 

 竜から降りた文官達は、その不気味な感覚に顔を顰める。 

 最早、探索の必要は無い。

 血管が太くなる方へ、心音らしき物が大きくなる方向へ文官達は歩く。

 

 そしてそれは先日、文官が祈った教会へ近付くと更に大きくなった。

 ツンとした、血の臭いが鼻を突く。

 

 教会を見て、違和感を覚えた。

 そして気付く。

 吹き飛んでいた筈の窓が塞がっている。

 

 慎重に近付いていくと入口の近くに真新しい剣が幾つも落ちていた。

 見覚えの無い焦げた剣を観察しているとマンセマットが背後から覗き込んでくる。

 

「成程、ここで死んだ訳ですね」

 

 マンセマットが連れていた部下の事だろう。

 遊牧民の国へ向かう途中、夜空を飛んでいた天使達を思い出す。

 

 竜騎士が槍を構えた。

 文官は入口の近くに立ち、中を確認する。

 

 天井が吹き飛んで陽の光が差し込んでいた筈の教会は真っ暗だ。

 誰もいない筈の静かな教会であった場所から何かが蠢いているような音が聞こえる。

 恐る恐る、教会の中へ踏み入ると男の声が、こちらに向かってきた。

 

「何故、主は悪を作り給うたと思う? 何故、主は無価値を作り給うたと思う? 何故、我が生み出されたと思う?」

 

 文官は足を止め、声の続きを聞く。

 

「悪として作られ、正義によって滅ぼされた後、我らは無価値となる。

そして世界は正義がある事を、主の存在を再確認するのだ」


 耳を溶かすような声が暗闇に響く。

 剣を構え、文官が立ち入った途端、壁に幾つもの火の玉が浮かび、天井では装飾照明具のように火の玉が踊る。

 眩しさに一瞬、目が眩み、視界が回復すると赤い翼の天使が現れていた。 

 

「ようこそ、我が礼拝堂へ。無価値なる者、ベリアルが歓待しよう」

「……!」 


 マンセマットが息を呑み、臨戦態勢を取った。

 文官は教会の中を見回す。

 

 祭壇にベリアルが座っている。

 側に1人の天使が控えていた。


 教会の壁や天井は肉となり、生き物のようにビクビクと脈打っている。

 心音はこの壁から聞こえてきた。

 

 床に誰かが倒れている。

 よく見ると、体の半分が天使に変化した悪魔人間であった。


「結局残ったのは1人だけだ」

「何?」 

 

 聞く者を惑わせるような声で話しかけられた。

 文官は言葉の意味が判らず聞き返す。

 

「自らの無価値を嘆き、我の力で姿を変える事を望んだ悪魔人間で、生き残ったのはこやつだけよ」 

「!」 

 

 竜騎士が槍を投げようとするのを抑える。

 煽るようにベリアルが言葉を続けた。

 

「我は望まれた通りに力を使ったに過ぎぬ。……が」 

 

 そう言ってベリアルがこちらを見た。

 値踏みするような眼であった。


 まずは竜騎士を見る。

 

「竜の戦士。成程、我が天使である以上、敵対は避けられぬか」 

 

 次にマンセマットを見る。

 

「鴉羽の天使。言うまでも無い」

 

 最後に文官を見た。

 

「そして信徒か。前に会ったな」

「ああ」

 

 文官の返事にベリアルは苦笑を浮かべる。 

 

「成程、ならば無価値と定められた我は敵であるな」

「違う」

 

 蠱惑的な声を断ち、文官はベリアルを見た。

 

「神は全てを作り給うた。善も悪も。だから」

 

 神は全てを愛している。

 であるならば、無価値なものなどある筈も無い。


 文官や他の人間に価値が理解できずとも、全ては神が作り給うた被造物である。

 であるならば、それが無価値である筈も無い。

  

「全てを、自身でさえも無価値と標する貴公は敵なのだ」 

 

 互いの視線がぶつかる。

 ふ、とベリアルが息を吐き目を閉じた。

 

「……そこにいろ。絶対に動くな」 

 

 ベリアルが天使に命じ、そして翼を広げる。

 再び開いた目には哀れみがあった。

 

「我らの教え。長い歴史の中、美談ばかりでは無いぞ。……その一端をお見せしよう」

 

 床に真っ赤な紋章が浮かび上がる。

 十字架を逆にした紋章だ。

 

 光に反応して肉壁が蠢き、血に濡れた何かが次々と生み出される。

 それは骨で出来た、顔の無い人形であった。

 

「救世主と比べれば全てが無価値。例えいかに信心深きものであろうとも」

 

 これは切り捨てられた者達だ。

 ベリアルの声に合わせて人形達が襲い掛かってくる。

 

「投げなくて正解だった」

「全くだ」 

 

 文官の言葉に竜騎士が頭を冷やすように息を吐く。

 槍の間合いに入らないように文官は距離を取る。

 大きく振り回された槍は周囲の人形達を破壊した。


「先に行く」

「ああ」

 

 文官は人形達の間をすり抜け、叩き切り、ベリアルの所へ真っ直ぐ走る。

 足を、膝を狙い動けないようにする。

 人形達は見た目以上に脆く、破片が顔に向かって飛び散る。


 マンセマットが文官の後ろに付く。

 祭壇に近付き、何体かの人形が目の前に立ち塞がった瞬間、片目を閉じた。

 マンセマットが光弾を放ち、文官の目の前に立つ人形を撃つ。

 

 破片と光、爆風を踏み越え、文官の剣が真っ直ぐにベリアルの頭を狙う。

 目眩ましをしたにも関わらず、剣を余裕の表情で躱し、

ベリアルが文官に攻撃を仕掛けようとした時、文官の体が吹き飛ばされる。


「ちっ!」


 祭壇から飛び降りたベリアルの手が石の床を抉る。

 肉壁に叩きつけられた文官は急いで体勢を立て直す。

 

 しゃがみ込む体勢になっていたベリアルにマンセマットが追い打ちをかける。 

 ベリアルも立ち上がり、急いで迎撃の体勢に入る。

 

「偽典の鴉が……!」

「御存知頂いており光栄です」 

 

 文官は再びベリアルに近付き、低い体勢で剣をベリアルの胴に向かって振る。

 それに気付いたベリアルがこちらへ振り返った。

 振り下ろされた手を手甲で受ける。

 

 その隙にマンセマットの腕がベリアルの心臓を狙い。

 祭壇で控えていた筈の天使の胴に突き刺さる。

 

 全員の動きが止まる。

 紋章が消え、人形達がバラバラに崩れ倒れていく。

 

 最初に口を開いたのはベリアルだ。 

 

「何故」

「借リは返シマシタ」

 

 ベリアルの言葉を遮り、天使が言葉を続ける。

 マンセマットの腕が天使の体から引き抜かれた。

 

「貴方が何ヲ司ろうトモ、我々は貴方の力に価値を見出し夢ヲ見た」 

 

 天使の体中に赤いヒビが広がっていく。

 徐々に明瞭になっていく言葉を遮るものは居ない。

 

「一時でも、ゼウス様のお役に立てると見た夢を」

 

 唖然とするベリアルの前で天使が崩れ、砂と化した。

 マンセマットが目を閉じ、胸の前で十字を切る。

 

 肉壁の脈が早くなる。

 異変を察知し、真っ先に動いた竜騎士が槍をベリアルに突き刺そうと振りかざす。

 

「!?」

 

 ベリアルが放った光弾が竜騎士にぶつかる。

 入口付近まで吹き飛ばされながらも、槍を地面に突き立て体勢を立て直した。

 

 安否を確認する為に声をかけようとする文官を火柱が遮る。

 そして、一瞬で教会中を炎が舐め回す。

 

 炎は文官、そして竜騎士を呑み込もうと火力を増していく。

 マンセマットが、襲いかかる炎を防ぐ為に、そして外に炎が溢れ出さないように防壁を張るのが見えた。 

 

「……聞け。我が名はベリアル」

 

 ベリアルの声が文官を振り向かせた。

 赤い翼が風を巻き起こし、炎の牢獄が作られる。


 炎が床に生えていた雑草を、壁に巻きついていた蔦を、

動かなくなった人形を、へばりついていた肉壁を燃やす。

 天井を埋めていた肉壁も焼け落ちるのは時間の問題だろう。

  

 天使の体であった灰が巻き上がり、赤く明滅する。

 炎の向こう側から2人が文官を呼ぶ声が聞こえた。

 

 髪や服を焦がす炎に熱さは無く、目の前を飛ぶ火の粉に恐怖も無い。

  

「一切合切を無価値に帰す者である」 

 

 ベリアルの翼の動きに合わせて炎が激しさを増す。

 文官は剣を振り、構える。


「帝国文官」

 

 祭壇が炎に巻かれ、崩れ落ちた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。