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58章 虫食いの信仰

 

 58章 虫食いの信仰

 

 メタトロン様メタトロン様メタトロン様。

 地を歩き、天にとられた貴方様。


 愚かにも天使達は地に生まれた彼を蔑んだ。

 だが賞賛を賜り、そして――。

 

 誰から?

 誰から賞賛を賜るというのか?


 湧いた疑問にハニエルは首を傾げる。

 

 メタトロンは天に在る者である。

 そんな彼が地を歩く筈が無い。


 メタトロンが世界を作り給うたのだ。 

 そんな彼が天使に蔑まれる筈も無い。

 

 彼は最上の者である。

 彼に賜われる目上の者が居る筈も無い。

 

 彼は賞賛と信仰を受ける対象である。

 何故、そんな当たり前の事が記憶に強く焼き付いているのだろう。 

 

 大戦争の後から浮かび続ける疑問を振り払い、ハニエルは前を見る。

 ハニエルの追跡を振り切るべく空を飛び回っているマンセマットと、それに抱えられた青年を見る。

 

 街は既に遠く、豆粒のように小さい。

 未踏破地帯に乱立する塔の間をすり抜けながらハニエルは速度を上げる。 


 街の頭上を飛ぶ際には被害を出さぬ為に低空で飛ばぬようにとマンセマットに言いつけていた。

 ハニエルは青年と出くわした時の事を思い出す。

  

 必死にしがみついている青年――文官――は、先程、異端者に攻撃を仕掛けたハニエルを止めた。

 それも聖句を唱えながらである。 

 

 ならば彼がロトである。

 かつて、ソドムとゴモラの街で善人の為に神と交渉し、約束をしたロトである。


 善人が10人居るのならば、彼らの為に裁きは思い留まろう。

 結局、その約束は果たされる事は無かったが、その記録は残っている。

 

 そして今、ベリアルがいる所にロトが居る。

 この国がソドムである、この国がゴモラである。

 ベリアルに唆された、不自然な肉欲と背教の国である。

 

 メタトロン様、御自らベリアルの封印は解かれた。

 これはかつての御言葉の再現である。

 邪魔立てする者は誰であろうとも許されない。

 

 ならば、とハニエルはマンセマットの動きを止めようと光弾を手の中に出す。

 空を切る音が聞こえ、ハニエルは動きを止めた。

 

 目の前を投槍が掠めていく。

 熱風が真横から吹き付け、炎がハニエルを包む。 

 

 防壁を張り、それを防ぐと竜に乗った戦士がマンセマットの方向へと向かっていくのが見えた。

 竜とマンセマットが降下していく。

 

 炎を振り払い、ハニエルも高度を下げる。

 竜の甲高い鳴き声が周囲に響いた。

 

 それを聞きつけ、否、自身を探していたのであろう竜の戦士達が集まって来る。

 遠巻きに悪魔人間が、廃墟の隙間からこちらを見ている。

 

 ハニエルは荒れ地に立つ悪魔の子らと異端者達とロトを睥睨する。

 数は多い。

 だが、問題は無い。

 

 我が名は大天使ハニエル。

 御業を知らしめ、焼却された記憶と信仰にかつての栄光を。

 

 ●


 竜に乗っていたのは武官と竜騎士であった。

 未踏破地帯の石畳の上に降り、上を見上げると竜の戦士達がハニエルと交戦している。

 

「地面がフラフラしてる」

「違う、お前の足がフラついてるんだ」

 

 地面に倒れ込みそうになるのを武官にしがみつくことで何とか堪える。

 竜騎士の呆れた声を黙殺し、武官に状況を聞く。


「説得失敗、逃走中、記憶喪失か何らかの類と思われる。そっちは」

「了解。説得失敗、皇帝が神々を足止め、族長殿へ全力支援」 

「了解」

 

 言葉少なく情報を交換しあい、文官はハニエルを見上げる。

 こちらを見るハニエルの目に文官は写っていない。

 誰か別の人間を思い出しているように虚ろな目だ。

 

「それで」

「……、俺がこっち、お前があっち」 

「了解」 

 

 武官の立てた作戦に乗る事にする。

 会談の際に預けていた剣を手渡された。


 ハニエルは後から来た竜の戦士達の対処でこちらに構う余裕が無いようだ。

 マンセマットと竜騎士に声を掛け、ベリアルの探索へと向かおうとするとハニエルの声が背中に刺さる。


「ロト!」

「……私の名前は帝国文官です、使徒ハニエル」

「何を判らぬ事を……!」

「放て!」

 

 ハニエルの言葉を族長の鋭い声が叩き切る。

 大量の槍の雨がハニエルに向かって降り注いだ。

 防壁を張り、動きを止めている間に文官は竜騎士と共に竜に乗る。

 

 すれ違うように隣に1匹の竜が降り立った。

 背に乗っているのは族長と干城と騎士だ。


 馬上ならぬ竜上である為、降りて挨拶をしようとすると、それを制される。

 有難く好意を受け取り、文官は竜騎士の腰に掴まった。

  

「……」

「竜騎士?」

 

 竜騎士と干城が互いに気不味そうな顔をしている。

 先に目を逸らしたのは竜騎士の方だ。

 何も言わずに手綱を繰り、竜を羽ばたかせる。

 

「……すまなかった、また後で」

「……はい!」

 

 風に掻き消されそうな干城の声に竜騎士が応える。

 竜が軽やかに飛び立つ。

 

 ●

 

 文官を見送り、武官は戦場に顔を向ける。

 戦力にならない訳では無いがこの場に居るべきでは無い、という判断は間違っていない筈だ。

 

 天使の国の教えを信仰している文官がこの場に居てはややこしい事態になりそうであった為、

さっさと別の戦場に移した方が良いだろうというのが理由の1つ。

 

 そしてもう1つ。

 どういう訳か文官に執着している天使は、立ち去った文官を追いかけるべく、

この場をさっさと片付けてしまいたくなるだろう、という読みは当たったようだ。


 焦りからか先程から攻撃が大雑把である。

 持ち前の頑丈さの所為か勘が良いのか致命傷を食らわす、

という訳にはいかないが行動を遅延させるのには充分だ。

  

 正々堂々、と言う言葉に憧れはあれど使える手段は使うのが流儀である。

 

「それで」

 

 武官は廃墟に隠れている悪魔人間達に声をかける。 

 先程から戦場を見るだけで参戦して来ないのはどういう事だろうか。

  

「手出しはしない」 

「ふーん?」 

「出来る事も無い」

 

 そう言って悪魔人間が瓦礫の隙間から少しだけ姿を見せた。

 例えば奴隷商人は中身こそスライムのような見た目であるが、まだ人の形をしている。


 だが目の前に居る悪魔人間は、湖の中にあるドロっとした藻を固めたような姿をしていた。

 奥には蛸の手足と棘の生えた盾の頭を持つ者が居た。 

 狼の背から、頭と上半身が鎧のような装甲の生き物が生えている者が居た。

 

「それより、お前や戦士達は何をしている。あの天使は神々が倒すから手出し無用だと命令されただろう。

ゼウス様から聞いている」

「……見た通りだ。別に謀反じゃねぇぞ」

 

 武官の言葉に物陰がざわめく。

 だが、それはすぐに悲鳴に変わった。

 

 天使が戦士達を振り切りこちらに向かって滑空してきた。

 放たれた光弾を避け、塔が乱立している方向へ滑り込む。

 

 年数が経ったとは言え、ある程度の高さのある建物が幾つも建っている場所である。

 障害物で天使の動きを阻害したのはいいが、戦士達も動きが取りづらくなってしまった事に舌打ちをする。

 

「詰まらん作戦会議は終わったか?」

「さぁね」

 

 そして最後にもう1つ。

 天使達は悪魔人間を決して見逃さない。

 それらしき人間が戦場でコソコソしていれば、こちらが標的になるのは明らかだ。

 

「貴様らの優先順位は高い。異端者よりもだ。理由は貴様らが判っているだろう」 

「そうだな」  

 

 悪魔の血を引く生き物を天使達は決して許さない。

 例えどんな理由があろうとも。

 だから、武官達は帝国に、盆地に逃げてきたのだ。 

   

「まあいい、このハニエル。ベリアルや貴様らの企みを打ち砕き、ロトを救出するまで」 

「……」 

「あれは真に良き信徒である」 


 今日、初めて会ったんだろうに、とは言わない。

 武官は努めて表情を崩さないようにしながら、ハニエルに話しかけた。

 

「知ってるか、あいつの名前は帝国文官ってんだぜ」

「何を判りきった事を」 


 ハニエルが鼻で笑いながら言う。


「ロトはロトである」

「……そうかい」

 

 最早、言う事は無い。

 武官は爪を構え、ハニエルに向かって走り出した。 

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