45章 焦燥
45章 焦燥
一大事に国が騒がしくなっている中、マンセマットは涼しい顔で塔の中を移動している。
下位の天使達が調査と報告でバタバタと飛び回っているのを横目に何処吹く風といった風だ。
今、天使の国は、ある案件にかかりっきりだ。
突如、大地を揺るがした猛烈な爆発音。
そして何人も殺された天使達。
昨晩から民はその話題で混乱し、大天使達が指揮を執って事にあたっている中、
マンセマットは物見遊山のつもりで現場を見に行こうとしている。
到着したのは見るも無残に崩れた教会だ。
煉瓦が辺りに飛び散り、道を塞いでいる。
崩れ方から見るに、中で爆発が起こり、崩れたのだろう。
そして、予想通り、それは地下で起きたようであった。
地下に向かう階段の前には力天使達が見張りに立っている。
マンセマットが名乗ると、特に何事も無く案内された。
「こちらです」
力天使達に先導され、マンセマットは地下へ進む。
本来、蝋燭の火で照らされている道は真っ暗で、崩れかけている。
石を積み上げて作られた地下通路。
その奥には、何枚もの金属の扉があり、深奥には石碑に魔法陣が刻まれ、厳重に封印されている物がある。
筈であった。
今、その扉は中から大穴が開けられ、石碑は真っ二つに割れている。
全ての封印は強引にこじ開けられ、最早その体を成していない。
「見張りは」
「この事態を察知した時には既に……」
殺された、という事だろう。
マンセマットは床を観察する。
何者かの足跡が埃の上に残っていた。
封印を解いた人物の物だろう。
それは人間の履いている、靴の跡ように見えた。
下位とは言え、天使を殺し、中の封印を解ける人間。
マンセマットには心当たりが無かった。
「彼らは何処に」
「東の方へ、奴らの一団が飛んで行ったと人間からの証言が」
「使徒ラファエルは何をしているのです」
「何分、今、手が離せぬ状況で」
ダゴン、シュブ=ニグラス討伐の事後処理がまだ終わっていないのだろう。
だが今の事態はとても後回しに出来る物では無い筈だ。
そして東の方向に飛んでいったという証言。
遊牧民達に何の用事があるのかまでは判らないが、手を組まれる事になっては厄介だ。
憎しみを超越し、人間を思いのままに誑かす。
封印されていたものはそういうものだ。
マンセマットは口元の笑みを深くする。
今、この国にいないラファエルや、国を離れられない大天使達、そして東に向かっているであろう彼。
誰に借りを作っても愉快な事になるのは目に見えた。
「いいでしょう」
マンセマットは力天使を伴い、地下から飛び出て翼を広げる。
羽根を撒き散らせ、風を切り、人間が見たと言う一団を追いかける。
向かうは東、捜索対象はベリアル。
古き神の言葉に現れる悪の天使だ。
●
何も無い平原を馬車が移動している。
緑、緑、何処まで行っても緑だ。
幸い、天気は悪くないので、旅程は順調だ。
文官は荷台から顔を出し、馬を歩かせている竜騎士に声をかける。
竜騎士によると、あと2、3日で到着らしい。
幸い何事も無く、否、無さ過ぎて皇帝が荷台の中を転がっている。
「暇ー、馬、俺が走らせたら駄目ー?」
「良い訳ねーだろ、立場考えろ馬鹿」
武官の言葉を受け、皇帝が騎士の膝――当然だが鎧を着ている――に飛び込んだ。
ゴォン、といい音がした。
固くないですか、と聞くと固い、と返される。
総代が自身の膝を叩くと、皇帝がそちらに移動した。
「おい、文官、何か話せ、報告しろ」
「はいはい。それじゃあこれからの話でもしますか」
「許す!」
偉そうな皇帝の頬を摘みながら、文官は紙を取り出し、簡易の大陸地図を書く。
武官と騎士が紙に近付いてきた。
「叩き台なんで、実際、どう動くかは到着してから考える事になるんですが」
「ほほう?」
「対天使の国対策で遊牧民と手を組めるか考えてみて欲しいと竜騎士が」
へぇ、と武官が面白そうに声を上げ、騎士が難しい顔をする。
皇帝が寝転がったまま紙を突付く。
「それは遊牧民の総意として?」
「いえ、一案としてどうか、ですね。あちらも色々、事情があるようで」
「事情」
皇帝の促しを受け、文官は竜騎士から聞いた話を思い出す。
「戦士達の意見に、世代間の意見の相違があるようで。熟練と新米の溝が埋められないらしいです」
「何処にでもあるものですねぇ」
総代が皇帝の髪を梳きながら言った。
気持ちよさそうにそれを受けながらも、皇帝が渋い声を出す。
「その若手を受け入れられるかって話か? あっちは引き抜きを許すような国なのか?」
「独立した一族があっちこっちに行く例はあるようですが、現状だと何とも言えませんね」
「んー」
皇帝が悩んでいると武官が声を上げる。
「取り敢えず考えてみようぜ。竜とか戦力としては魅力的じゃねぇの?」
「帝国が山に囲まれてなかったら良かったんでしょうけどね……、餌は何を?」
「肉食らしいですから、馬とか牛? 向こうだと羊も餌になるそうですが」
騎士の質問に答えると、更に難しい顔をされた。
それはそうだ、現在の帝国の食糧事情は人間だけで手一杯である。
誰もがそれを理解した空気になり、その中で武官が両手を上げながら話し始める。
「ってなると下手な引き抜きで向こうの機嫌を損ねるのはナシ、と」
「餌の輸入か。向こうが何を欲しがるかも見極めないといけない訳だ」
ドワーフ達の作る金属を使った商品、エルフ達の木工細工。
今、文官が思い浮かぶのはこれ位だ。
「国としてのお話でしたら」
総代が話に入ってきた。
「こちらが戦士達を預かり前線基地を請負う。向こうが後方支援、という役割分担も出来ますね。
万が一、帝国が攻め込まれても、あちらから食料の支援が頂けるし、国民の避難もさせられる」
「まあ、どう足掻いても、うちの国が最前線ですからね……」
山がなければどうなっていた事か。
騎士が遠い目をし、文官は乾いた笑い声を出した。
武官が文官の腕を突付く。
「輸送……、竜が飛べる限度は?」
「東の山脈が越えられない高さだってさ」
「むむむ」
そうなると必然、北か南、天使の国か王国の上空を飛ぶ事になる。
天使の国は論外、王国にはそれを通せるコネがない。
武官が腕を組んで別の提案を出す。
「じゃあ、竜抜きでただの戦士としては? こっちは戦士だけ、竜は遊牧民だけが持つって形」
「それは勿体無ぇな」
「自分で言っといて何だけどそれな。竜カッコイイよな」
提案は皇帝、武官両者合意の元、速攻で却下された。
取り敢えず、竜と戦士を切り離す方向は無し、のようだ。
皇帝が話を進める。
「そうなると別の手段が、ってなる訳だが」
「別の手段ねぇ」
皇帝の言葉に武官が頭を掻きながら言う。
「平原に拠点か街でも作るとか?」
「人手、あと知識」
「知ってた」
皇帝の言葉に武官が沈む。
何をするにしてもその問題にぶつかる、と文官は溜息をつく。
どうしたものかと4人が頭を抱えていると、総代がコホン、と咳払いをした。
「皆様、今は御静養の時では?」
「……そうだな! お前ら休め!」
そう言って皇帝が話を打ち切った。
●
空に星が煌めいている。
まるで豊かな川のようにそれは沢山あった。
半分に掛けた月が平原を淡く照らす。
藍色の大地には何も無く、風だけが吹いている。
少し肌寒い気もしたが、特に問題は無い。
文官は、ただ光景を見ている。
馬車の中で眠るような気分では無かった。
嫌な事を思い出し、焼印が押された右の鎖骨下辺りに手をやる。
「寝れないのか」
火の番をしていた竜騎士が話しかけてきた。
視線は火に向けられているが、こちらを伺うような気配がありありと感じられた。
何やら気不味くなり文官は思わず目を逸す。
「薪は」
「いや、充分だ」
「そうか」
それっきり、どちらも口を開かない。
妙な沈黙に耐えかね、馬車の中に戻るか、と歩き始めた所で再び声を掛けられた。
「少し話をしないか」
火がパチリと弾け、火の粉が舞った。
文官は竜騎士の隣りに座る。
手慰みに薪を火に焚べ、竜騎士から馬乳酒を受け取り、続きを待つ。
「まぁ、何を話したいって訳でも無いんだが」
「そうか」
竜騎士が目線を少し下げる。
文官の腰には、ドワーフ達に作らせた新しい剣がぶら下がっている。
「いい剣だな」
「うん? そうか、ありがとう」
再び、場が静まり返った。
2人は何も言わずに火を眺めている。
馬乳酒に口をつけると強い酸味と、燻製の匂いが口に広がる。
手荷物から干し肉を取り出し、炙って食べる。
どうやら合うようなので、竜騎士に渡すと礼を言われた。
「薄々、そんな気はしていたが」
槍にもたれかかりながら干し肉を齧る竜騎士がポツリと言った。
「改めて突きつけられるとキツイものがあるな」
「竜騎士?」
どういう事かと聞こうとする声を遮るように、ばさり、と大きな羽音が聞こえた。
見上げると、何人かの天使が空にいる。
急いで火を消し、馬車の影に隠れると黒い羽が空から降ってきた。
「マンセマット?」
文官に気付く事も無く、マンセマットは東へと一目散に向かっていた。




