03(最終回)
-エピローグ 03(最終回)-
「あと、名探偵ワイさんの推理でね」
黒澤華子がふと真剣な表情をして、俺の目をじっと見つめる。
「――せやなあ」
「あなたあの時、顔面蒼白ガクブルで脂汗をダラダラ流しながらも、最後の最後まで『これはワイの推理や!』って言い張っていた。私が喉元におもちゃのナイフを突きつけた後でもね。あれって親友くんをエックスから守る為の命懸けの演技やったんでしょ?」
「ちゃ、ちゃうわい。だからあれは正真正銘『ワイ』の推理なんやって」
顔を真っ赤にして反論する俺。
「ふふっ、本当に嘘がヘタやねトオルは。でも、トオルのそういうとこ嫌いやあらへんよ」
椅子の背もたれに仰け反りながら、上から目線でニヤリとした笑みを浮かべるハナ。ロングウェーブの黒髪が揺れる。ラベンダーのコロンの甘酸っぱい香りが、俺の鼻腔をくすぐりやがる。
残り少ないチョコパフェの底を見つめて、かき回しながら応える俺。照れ紛らわしだ。だけど逆効果だったかも。チョコとバニラの甘い香りがラベンダーと絡まって、ますます脳髄の奥底をかき回しやがる。
「あーもう空っぽや。それにしても、自分が騙されたと思うと腹立たしいけど――」
「けど?」
「あの告発ドキュメント、客観的に見るといい出来やったな。謎解きだけやなく、どんでん返しのスリルも盛り込んで」
「でしょ?」
華子がしたり顔でふふんと鼻を鳴す。目線は得意の上からだ。
「探偵が真犯人でパートナーを殺害するっていうブラックな結末や、デタラメの独白シーンも含めて、あの脚本ってハナが書いたんか?」
「ううんトオル、残念やけど違うの。今回は友達の友達の別のコースの男子に頼んだんよ。トオルを主役にして今回の事件のドキュメント作品を撮りたいって言ったら、二つ返事で引き受けてくれたわ。なんでも彼、小説家志望なんですって。流石に展開が凝ってはるわよねえ。あ、それから最後にひとつだけ、トオルにいいこと教えてあげる。私ね、トオルがワイではない決定的な証拠を握ってるのよ」
「――っつーと?」
華子はポケットからスマホを取り出した。そして画面を操作した後、俺に差し出した。
「なんや、オマエのスマホやないけ。見てもいいんか?」
頷きながら掌を差し出す華子。
「んー、なになに、こりゃあツイッターのユーザー画面やないか。ふーん、オマエもやってたんか――ん?」
「ニヤリ」
「あーっ!」
そこには見覚えのあるアイコンとユーザー名が記されていた。そう、それは――
「そう、『ワイの悲劇』の正体ってね、あれ実は私なんよ」
「なにー!」
突然、俺は椅子から立ち上がり大声で叫んだ。エルムの他の客たちが怪訝そうな顔でこちらに注目する。
「うふふ、もちろん方言と推理とダジャレに関しては、脚本担当の彼にみっちり指導してもらったんやけどね。だからワイの悲劇の『わりーけど人違いじゃー』って発言に虚偽はなかったんよ」
華子の正体はエックスと見せかけて実はワイやったとは……なんつうオチだ。ひねりすぎにも程がある。
まったくこのドSオンナのペテン師め。やはりチョコパフェは半年分に延長――ん。まてよ?
嫌な予感がする。この推理劇の裏で糸を引いていた真の黒幕、別のコースの小説家志望の男子って――それってまさか。
「なあハナ、この告発ムービーのシナリオを書いたのって、もしかして……」
俺は腫れ物に触るかのように、恐る恐る黒澤華子に問いかけた。すると麗しきクロの令嬢は、満面の笑みを浮かべてウインクした。
「ええ、友達トオルの友達、空間デザインコースの西園寺くんよ」
(了)




