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第40話 空の料理

 買い物を終えた後、空は晩飯の下拵したごしらえに入った。

 手伝いが必要な程の事はしないので、一人で作業している。

 手の空いた葵はというと、傍で空の作業を見ていた。

 朝陽や晶と遊ぶように言ったのだが「勉強になるので!」と言われたので好きにさせている。

 それから数時間後。全員の腹が空いたタイミングで、テーブルにきつね色に揚げられた肉を置く。


「ほら出来たぞ」

「おぉ! 凄く美味しそう!」

「山盛りのから揚げだー! 皇先輩、料理上手なんですね!」

「そりゃあ私のししょーだもん!」

「朝比奈が胸を張ってどうする」


 母性の塊を強調する葵に視線を逸らしながら突っ込みを入れた。

 とはいえ三人の賞賛は嬉しく、空の胸が温かなもので満ちる。

 準備を終えて四人共が手を合わせ、から揚げにかぶりついた。


「うわ、ホントに美味いや。ご飯が進む進む」

「外はカリッと、中からは肉汁がじゅわっと! 下味がしっかり付いてて、手が止まりません!」

「はえー。初めてせんぱいの料理を食べましたが、こんなに美味しいんですねぇ……」

「下味はから揚げ粉で付けて、揚げ方は二度揚げしただけだ」


 もし空の味付けや揚げ方が好みではなかったらと少しだけ不安だったが、杞憂きゆうだったらしい。

 一人暮らしをする際に、折角ならば美味しい物が食べたいと思い、きちんとした作り方を覚えたかいがあった。

 背中がむず痒くなり、つっけんどんな言い方になってしまう。

 けれど空の発言を気にする人はおらず、全員がから揚げに集中していた。


「塩胡椒(こしょう)、レモンは分かるけど、ポン酢はちょっと意外だったなぁ」

「俺的にはアリだと思うけど、美味しくなかったか?」

「むしろ美味し過ぎて困る。ほら朝陽を見なよ」


 味を変える為に色々用意しておいたが、正解だったらしい。

 晶に促されて朝陽を見れば、驚く程真面目な顔でから揚げを食べている。


「下味の醤油がしっかりしているからこそ、こんなにも味を変えても美味しい。でも下味が濃過ぎたら味を変えられなくなるから、これは絶妙な味付け……」

「……さっきからグルメリポートになってないか?」

「はっ!? あんまりにも美味しくて、真剣に考えてました!」


 美味しいと言ってくれるのは嬉しいが、事細かに感想を口にされるのは気恥ずかしい。

 苦笑しながら告げれば、満面の笑みが返ってきた。

 笑顔の眩しさに負け、朝陽の好きにさせて彼女から視線を外す。

 何となく隣を見れば、葵が目を輝かせて口一杯にから揚げを頬張っていた。


んんんんんん(おいしいです)!」

「何言ってるか分からんが、ありがとう?」

「ん!」


 ぐっと親指を立てられたので、相当お気に召したらしい。

 子供のような葵の姿に頬を緩めつつ、空も箸を動かす。

 多めに作っておいたはずのから揚げはあっという間になくなり、三人が溜息をつく。


「美味しかったぁ……」

「満足ですぅ……。ごちそうさまでした、皇先輩」

「もーお腹一杯。食べた食べたぁ……。さすがししょー」

「喜んでもらえて良かったよ。それじゃあゆっくりしててくれ」


 満たされたような声に微笑を浮かべ、席を立った。

 このまま暫く余韻に浸りたいが、皿を放っておく訳にもいかない。

 気を引き締めて片付けを始めると、葵も立ち上がった。


「私も手伝います。作る時は全然手伝えなかったので」

「……それじゃあ頼む」


 断っても良かったのだが、作る時ですら葵はゆっくりせず空の作業を見ていたのだ。

 絶対に引き下がらないと判断し、素直に任せた。

 てきぱきと皿を纏め、シンクに運んで洗っていく。

 洗った物を葵に渡して水を拭き取ってもらうのはいつもの事だ。

 その途中で、寛いでいる晶と朝陽へと声を掛ける。


「風呂はどうする? 遊んだ後に入るか?」

「先に入っておこうかな。後だと入る元気無くなりそうだし」

「私もそうしたいです」

「なら和泉は一度朝比奈の家に行ってくれ。朝比奈、いいか?」


 女性である朝陽に空の家の風呂を使わせるのは酷だ。

 なのでやるべき事は先に済ませたいという二人の意見を汲み、葵へ確認を取った。

 彼女は大きく頷いて「もちろんです」と応え、キッチンから声を張る。


「朝陽、片付け終わったら一緒にお風呂に入ろうねー!」

「うん! 楽しみー!」

 

 朝陽が快諾したので、もしかすると事前に話していたのかもしれない。

 友人達が仲良くしているのは良い事だと頬を緩ませる。

 同時に、金髪と銀髪の美少女が風呂に入る光景はさぞかし素晴らしいと思ってしまった。


(流石によこしま過ぎるだろ、俺)


 頭の中に理想郷が浮かび、急いでイメージを消し去る。

 友人の恋人の姿を想像するのは失礼だし、葵を汚しているようだ。

 内心で三人に謝罪しつつ、片付けを終える。


「それじゃあ後で来ますね!」

「取り敢えずお邪魔しました!」


 溌剌はつらつとした声を発した二人が、空の家から出て行く。

 浴槽に湯を張ってリビングに戻ると、晶が真剣な顔をして空を待っていた。


「空に注意しなきゃいけない事がある。空を疑ってる訳じゃないけど、朝陽の彼氏としてどうしても言っておきたい。いい?」

「いいけど、急にどうした?」


 先程までとは違う晶の態度に、戸惑いを隠せない。

 それでも話の先を促せば、彼がゆっくりと口を開く。


「僕達は男だ。二人が風呂に入ってるのを想像するのは仕方ない。何なら僕が空に謝らないといけない、ごめん」

「…………いやまあ、理解があって嬉しいよ。俺の方こそ、すまん」


 どうやら、キッチンで空が妄想した光景はバレているらしい。

 何故空が謝られたのか分からないが、晶が葵の姿を想像したからだろうか。

 一瞬だけ胸に妙な苛立ちが沸き上がったが、すぐに朝陽の姿を想像したという罪悪感で塗り潰される。

 晶は怒っていないようで、ゆっくりと首を振った。


「でもパジャマ姿の朝陽に見惚れたら、流石の僕でも怒るからね?」


 わざわざ口に出して忠告したのだから、例え空でも見惚れるのが許せないのだろう。

 普段の態度から朝陽への愛情は分かってはいたが、ここまで露骨な独占欲を晶が見せるとは思わなかった。

 彼の新たな一面に驚きつつも、表情を引き締める。


忌憚きたんの無い意見として可愛いとは思うが、彼氏の目の前でそんな事するか」


 朝陽は紛う事なき美少女だ。どんなパジャマ姿なのかは分からないが、空の抱いたイメージが崩壊する事はまず無い。

 だからといって恋人が居る前で見惚れる程、人でなしではないつもりだ。

 憮然ぶぜんとした態度で言い返せば、晶が満足そうに頷いた。


「ならよし。僕は朝比奈さんに見惚れないから、安心してね」

「……あり、がとう」


 素直に頷くのはしゃくな気がするし、首を振るのも違う気がする。

 自分ですら分からないもやもやとしたものを抱いたまま頷けば、晶が微笑ましいものを見るように目を細めたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 山盛りのから揚げだー! もしや一番テンション上がってるのは朝陽かな。油ものでも全然問題ない感じか。自分が料理できないから普通に美味しく食べられる味のものなら何でも感動してそう。 中からは…
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