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異世界でカラオケしたら問答無用で救世主です  作者: 夏野 夜子


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混んでるとお一人様は並びにくい8


 泣いてる。


「暑っ!!」


 猛烈に暑い目覚めだと思ったら、なぜか首のところにヌーちゃんが横たわっていた。フコフコ聞こえる寝息は可愛いけれど、死ぬほど暑いし微妙に苦しい。


「うっ……汗でふわふわの抜け毛が……!!」


 神獣なのに生え変わりがあるのか。よく見ると羽根も抜けている。今度ペンか何かにしよう。

 ヌーちゃんを手に持って起き上がる。

 ちょうどルルさんが扉を閉めて戻ってくるところだった。


「リオ、例の女性が目覚めたようです。混乱して叫んでいるようですが……」

「あ、うん。聞こえた。行こう」


 くわあと小さい口を大きく開けてあくびをするヌーちゃんも持っていくことにした。食い意地張ってるけど可愛いので、なんか癒しになるかもしれない。

 小部屋を挟んで廊下へ出ると聞こえてくる声が大きくなる。泣き声に何かを叫んでいる声が聞こえたけれど、何を言っているのかわからなかった。


 女性が休んでいる寝室前ではルイドー君が落ち着きなさげに立っている。私たちに気付くと、姿勢良く直立した。


「フィデジアさんは中?」

「ああ。起きて取り乱してるみたいだから入ったんだけど、余計に泣き叫び始めた」


 ルイドー君は刺激しないようにここで待っていたらしい。頷いて中に入ろうとすると、ルルさんが私を止めた。


「リオ、下がってください」

「え、でも」

「ルイドー」


 サッと近付いてきたルイドー君が、私を後ろに引っ張る。それを確認したルルさんがノックをしてから扉を開けると、中から叫び声と何かが割れる音がした。

 なんか今ゴーアウェイって聞こえた気がする。


「えーっと、大丈夫?」

「女性が物を投げているので、怪我をするおそれが」

「あらら」


 今のは花瓶かピッチャーだろうか。雑巾を持ってきた方がいいかもしれないな。ルルさんが扉を開けて中を見たまま指示をしないので、ルイドー君も私が中に入るのを許してくれないようだ。

 仕方なく、私は中の様子が見えないままで声を上げた。


「へ……ヘーイ、ヘーイ! プリーズ、ストップ。プリーズ。ウィーアーノット……エネミー?」


 ルイドー君が「なんだその変な呪文」と訝しげな顔をしている。どうやら英語は自動翻訳されないようだ。私の英語力が乏しすぎるせいかもしれない。

 声が聞こえたらしく、中が静かになる。


「ルルさん、もう入っていいよね?」

「……割れた破片が散らばっています。また物を投げる危険も」

「中はいらないと説明できないよ」


 ルルさんは渋い顔をして入り口を譲ってくれた。

 中を覗き込むと、ちょっと散らかっている。イス、投げたのだろうか。ここのイスはエルフ仕様でちょっと大きくて重いのに力持ちだな。

 立ち上がって部屋の隅に立っている赤毛の女性がこっちを凝視していた。赤くなっている目元が痛々しい。


「リオ様、申し訳ありません」

「フィデジアさんのせいじゃないよ」


 落ち着いてもらうことに失敗したからか、フィデジアさんが謝ってきた。言葉が通じない状態では難しいだろう。

 いや、私もそんなに通じるわけじゃないから難しいけども。

 ピッチャーが割れてできた水溜りを避けながら近付くと、女性が部屋の隅に張り付くように後ずさったのでそこで止まる。


「ハーイ。えーっと、ウィー、ミート、さっき……スリーアワーズ、アゴー」


 3時間後かはよくわからないけれど、体感的にそれくらいだろう。結構お腹が減っている。


「ドゥーユー、リメンバーミー?」


 自分を指差しながら訊ねると、女性が頷いてくれた。通じてる。うれしい。


「マイネームイズ、リオ。リオ・レイハ。ワットイズ、ユアネーム?」

「I’m Amanda」


 聞き取れたー!

 ちょっとテンション上がった。ありがとう中学英語。


「アマンダさん?」


 女性が涙を拭いながら頷く。彼女、アマンダさんも言葉が(なんとか)通じる相手がいて落ち着いてきたらしい。


「ルルさんフィデジアさん、ちょっと来て。彼女はアマンダさんっていうんだって」


 ルルさんは腕を引っ張り、扉近くで立っていたフィデジアさんを手招きする。


「ヒズネームイズルルさん……えーっと、フィアルルー。ハーネームイズ、フィデジア。えーっとえーっと、ウィ……ウィーアーフレンズ」


 神殿騎士って英語でなんて言うのか皆目検討が付かなかった。高校英語にない。

 身振りを交えて紹介する私に合わせて、ルルさんとフィデジアさんが礼をする。アマンダさんは気を許した様子はなかったけれど、それぞれを目で追っていた。


「えっと……えっと……ディスイズ、ヌーちゃん。ベリーキュートアニマル」


 私の腕の中でまだ眠たそうなヌーちゃんをちょっと見せるようにして言うと、アマンダさんはヌーちゃんに視線を移した。寝相のせいで背中の毛がちょっと変な流れになっているけれど、つぶらなおめめは可愛いはずだ。


「えーっと、触る? ユー、キャン、撫で……タッチ、ヌーちゃん。ヌーちゃんイズ、ベリー……キュート」


 ダメだ。語彙が少なすぎて「大人しいから撫でてみて」すら伝えられない。

 歯がゆく思いつつも、少しずつ近付いてみる。アマンダさんは取り乱すことはなかったけれど、私の隣で同じように近付いたルルさんを見て顔を強張らせた。


「ルルさん、ちょっとここで待ってて」

「しかしリオ」

「大丈夫だから、この距離だし。お願い。フィデジアさんも」


 フィデジアさんが「はい」と頷いたので、ルルさんも渋々止まることにしてくれたようだった。

 一人でアマンダさんに近付いて、ヌーちゃんを見せる。1メートルほどの距離で止まって、ヌーちゃんの背中を撫でてみせる。


「ドゥーユー、ウォント、タッチ?」


 大人しいアピールとして頭からお尻までわさわさと撫でていると、アマンダさんはしばらく見つめたあとに頷いた。小さな歩幅で近付いて来て、そっと手を伸ばす。

 細くて白い指の先に剥げかけたマニキュアが塗られていることに気付いて、なんだか無性に切なくなる。


 ヌーちゃんは最初、伸ばされた手をふんふんと小さい鼻で嗅いでいたけれど、撫でられると大人しくなった。

 アマンダさんはそっと撫でて、それから数回黒い毛並みをなぞった。顎のあたりをくすぐるように撫でているところを見ると、動物には慣れているようだ。


「ヌーちゃん、イズ、キュート」

「Yeah...So cute」


 アマンダさんはそう言ってもう一度頬を拭ってから、初めて微笑んだ。

 ヌーちゃん、グッジョブ。私の英語力もグッジョブ。






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