混んでるとお一人様は並びにくい7
結局、私の袖を掴んだ手の握力が緩む前に私のお花摘みに行きたい事情が勝ってしまい、ルルさんに解いてもらって私たちは退場することになった。そっと部屋を出ると、ジュシスカさんも付いてくる。
「私がいても安心できないでしょうから」
「まあ……起きてすぐ男の人がいたらびっくりするよね。ジュシスカさんも今のうちにゆっくり休んだらいいんじゃないかな。長旅大変だったでしょ?」
「しかし、襲撃があるかもしれませんから」
平和ではなかったであろう旅程を終えてすぐに護衛の体制に入っているジュシスカさんも大概ブラックではないだろうか。ここの人たち、体力がすごい。
「見張りは一旦、フィデジアさんとルイドー君に任せたらどうかな? あの女の人も、女性の方が安心するかもしれないし。ね、ルルさん。私の部屋もここから近いしピスクさんもいるから、ジュシスカさんが休むくらい大丈夫じゃない?」
「ええ、少し休む程度なら」
「いや、ゆっくりしてくれていいから。人手の点で心配だったら、なんなら私は奥神殿行っとくし」
この中央神殿にいる他の神殿騎士たちは、今警備を強化している。ジュシスカさんと女性を追いかけてまたシーリースの人が襲ってくる可能性があるからだ。
鳥に乗って飛んできたジュシスカさんを追いかけるには同じ鳥に乗るのが一番だけれど、あの大きい鳥はそれほど数がいない。だからすぐに襲撃するとしたら少数人数だろうけれど、陸路で追いかけて来たり、また噂を使って煽動したりする人たちがいるかもしれないので、これからしばらくは警備や街の見回りで忙しくなるだろう。
前に捕らえたシーリースの人たちの見張りも必要なので、ホイホイとこっちの護衛に人手を割いてもらうわけにもいかない。
ぶっちゃけ、私の護衛はそんなにいるか? と思っているくらいなので、フィデジアさんたちがあの女性に付いていても特に不便はなかった。
いや、人員交代的な意味ではいるかもしれないけど、大体一番一緒にいるルルさんがほとんど人員交代してないし。
一番人的コストがかからないのは、私が奥神殿に篭っていることだ。あそこにいればこの世界の人は入ってこれないので、何があっても最悪自分の身だけは守りきることができる。
「今は部屋で待機しましょう。女性が起きたときに、リオはまた我を忘れて遅くまで歌っていることになりかねませんし」
「うっ……そんなことはないと思うけども……」
入り口近くの連絡炎ツボはついつい確認し忘れてしまうので、はっきり否定はできないところがつらい。ルルさんの笑顔に圧がある。
私は大人しく部屋で待機することにして、とりあえずはトイレに急いだ。
「ニャニ、女性と挨拶するのは明日以降にしない? ホラさっきは混乱してて目に入ってなかったみたいだけど、やっぱりあの人まだニャニを冷静に受け入れられる状態じゃないと思うな」
ピスクさんにピカピカに磨かれたニャニは、私をじーっと見ながらゆっくりと手を上げる。
「それは了承でいいのかな……。ほら、落ち着いたらきっと仲良くしてくれるかもしれないし。私よりも。きっとワニが好きな人もいる……と思う。ね。ワニってバッグとかあるし」
縦長の瞳孔でじーっと私を見つめながら、ニヤァ……と大きい口から牙が覗く。
「もしかしたらすごく仲良くなれるんじゃないかな。ね。そうだといいよねマジで。本当に」
ワニってどこ原産なんだっけ。ナイル川? アメリカ大陸にはいないのかな?
日常的に見慣れている人であれば、きっとワニに対してフレンドリーに……扱ってくれるかな。ライフルとかで狙おうとしないかな。
いや諦めてはいけない。あの女性がワニ園の飼育員って可能性もゼロではない。
「ね。仲良くなれたらいいねー」
個人的な願望も交えつつそう言いながらメロンっぽい果肉を放り投げる。口でキャッチしたニャニは、ニャニにしては素早い動作で片手をまた上げて下ろすと、なぜかじりじりと近付いてきた。
「いや待って、あの女性と仲良くなれたらいいねって意味だからね。私じゃないからちょっと待ってステイ! ステイ!!」
「リオ、テーブルに座ると危ないですよ」
「イスに座ってた方が危ないから!! ルルさん助けて!」
果実水を注いだルルさんは、ピッチャーを置いてからニャニへと話し掛ける。
「神獣ニャニ、リオはとても恥ずかしがり屋ですから、どうぞ追い詰めないであげてください」
「いや恥ずかしいから嫌なわけじゃないからね」
「少しずつ仲良くなるのがいいでしょう。さ、ピスクの相手でもしてやってください」
ルルさんがドアを開けると、それについていったニャニは部屋から出る前にちらっとこっちを振り返り、片手を上げて出て行った。
何ニヒルな雰囲気出してるんだ。つっこむとまた戻って来そうなので黙って手を振り返しておいた。ドアから見えたピスクさんは嬉しそうにニャニを出迎えていた。
ふーと息を吐いて果実水を飲む。暑さではない汗を掻いてしまった。
「リオも疲れたでしょう。少し休んでは?」
「え、でもそのうち夕食になっちゃうんじゃない?」
「女性が起きるのを待つのであれば、まだ時間がかかりそうですよ」
「あ、そっか。きっと一緒の方がいいよね」
「ええ、お昼寝しましょう」
ルルさんがいい笑顔で両手を広げたので、私は思わず席を立って後ずさった。
「いや……昼寝するとしても一人でしますんで……」
「つれないことを」
「一緒に昼寝する習慣っておかしくない?」
「リオにはしっかり体を休めていただかなくては」
「聞いて?」
あの女性は英語を喋っていたようなので会話できるかなと心配していたけれど、言葉が通じていても会話に不自由する関係が既にあった。
ルルさんの主張が曲げられたことはほとんどない。意外に頑固なので全然折れないのである。しなやかな大木のように全然折れない。見習いたいレベル。
とはいえ、連れられて実際寝転ぶとすぐ爆睡してしまうあたり、私もこの状態には適応しつつあるのを自覚してしまうのだった。
私が爆睡から起きるのはそれから数時間後。
女性の泣き声で目が覚めたのだった。




