曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう20
割と物騒な出来事が起こるかどうかというときなのに、私の生活はのんびりしていた。毎朝歌って、メルヘンと遊んだりルイドー君の鍛錬を見学したり、厨房や巫女の人たちと喋ったりする。フィデジアさんに付き添われて昼風呂に入ったり、フコやサカサヒカゲソウを増やすために再び歌ったり、たまに昼寝をしたり。
ルルさんがフィデジアさんたちに手を回したのか、キナ臭い噂は全く耳に入ってこなくなった。
「リオ、こういうものはお好きですか?」
ヌーちゃんにお菓子なしでおすわりを教えようとしていると、ルルさんが手のひらサイズの何かを取り出した。硬貨サイズのカラフルなガラスビーズが縦横に並べられたようなものである。
私を椅子に座らせて、テーブルの上でそれを逆さに向ける。するとやや平たいビーズが机の上にばらけて落ちた。ビーズには真ん中に穴が開いていて、同じくガラスでできた小さな板から生えた4本の棒を穴に通す形でまとまっていたようだ。棒には凹凸が付いている。
「トトイトの宝石という玩具です。この棒に、宝石を模したこれらを重ねて入れていく遊びなのですが、棒と宝石の表面に施された凹凸のために、正しい順序で入れないと全てが収まらないようになっているのです」
「へえ、パズルなんだ」
「ええ、小さい記号が描かれていて色や形の法則がわかるのですが、なかなか面白いですよ」
適当に取ったガラス製の宝石を棒に入れてみると、真ん中で突っかかる。隣の棒では一番下までいったけれど、棒を繋げている板とかっちり合わない。赤や青のガラスには小さな金色のマークが付いているけれど、手にとってみるとそれぞれ描かれている形が違っていた。
昔々、トトイトという欲深な商人がいて、その人があるとき人里離れた場所で宝石の山を見つけた。トトイトは背負っていた木箱に宝石を持てるだけ持って詰め込むと宿へと帰った。
トトイトは宝石を家まで持って帰って独り占めするつもりだったけれど、宿で一度取り出してみたところ、みっしり入れすぎていた宝石は詰め直すことが困難で、人々に宝石を隠し持っていることがバレてしまったそうだ。
その故事から作られたオモチャがこれらしい。
「えっ、いやトトイトさんは別の袋とかなかったのかな。っていうか周りの人にバレてどうなったの? 宝石取られたの?」
「さあ……おとぎ話のようなものですから結末はないのかもしれません。トトイトという名前も、古い言葉で「欲しがり」という意味なので」
「本名だとしたら割と容赦ない名付けだねえ」
私はこの世界では誰かと会話することは特に不自由しないし、字も読めることは読める。しかし古代エルフ語などは翻訳されずに聞こえることが多かった。
また日本語にない単語や表現しにくい言葉もそのまま聞こえる。
神殿では古い言語も勉強するので、ルルさんは古代語にそこそこ詳しいらしい。
トトイトの宝石を、総当たり戦ではめ込んで遊ぶ。ヌーちゃんはふんふんと宝石を匂ってお菓子かどうかを確認していた。ニャニは壁近くでじっとしている。
顔を上げると、ルルさんが向かいに座ってこちらを眺めていた。
ルルさんはどうやら、この時間がかかりそうなパズルを渡して私の部屋に引きこもる時間を延ばしたいようだ。
「そういえばルルさん、マルギルカってどういう意味?」
「リオが知らなくていい言葉です」
返事がめっちゃ早い。
「我々マキルカに住む民のことを蔑む言葉です。どうぞ知らないままでいてください」
「そ、そうなんだ」
「絶対に人に向かって言ってはいけませんよ。口にも出さないように」
「ハイ」
なんとなくそんな感じはしていたけれど、やはり悪口だったようだ。意味を知りたいような知りたくないような。とりあえずルルさんは教えてくれる気はないようなので、知りたくなったときはジュシスカさんあたりにこっそり聞くことにしよう。
「ルルさんって過保護だよね……」
「窮屈に思いますか?」
「それはないけど、なんというか、お仕事大変だなあってね……」
ルルさんは最近ますます心配性になり、起きている間は大体私とくっついて暮らしている。まあそれは前からだけれどさらに距離が近くなったり、こうして気を紛らわせるような物や話をしたりもあった。
「仕事だからではありませんよ。リオだからこそです」
「いやそれがつまりそういうことでは」
「いいえ、違います」
微笑んだルルさんが自信満々にそう言うので私は反論もできず、とりあえずはトトイトの宝石に集中することにした。




