曲の合間に漏れ聞こえる歌を何と無く聴いちゃう21
「フィデジアさん、寒くない?」
「大丈夫です、リオ様」
昼間のお風呂は明るくていい。窓が大きいので風の通りもよく、洗われたあとに陽の当たるところで寝そべっていたヌーちゃんの毛がそよそよと乾き始めていた。
付き添いのフィデジアさんは、浴槽近くに用意された椅子に座って剣をすぐそばに置いていた。旅館の浴場のように広めのお風呂にひとりだとなんだかもったいない気もするので一緒に入ったら良さそうだけれど、仕事中なのでと断られるのがいつもの流れだった。それでも私の会話にはいつも付き合ってくれる。
「ここにも魚を生で食べる地域はありますよ。かなり限定的ですが。やはり川の近くで見られるもので、そのまま食べるほかに塩や葉で漬けて食べるものもあります」
「へえー! 行ってみたいなー!」
「ここからはやや離れた場所ですが、フィアルルーに言えば連れていってくれることでしょう」
「どうかな……ルルさんお刺身には理解を示してなかったけども」
前にルルさんに刺身料理があるのか訊いたときは、態度こそ丁寧だったものの「何いってんだこいつ」という雰囲気がマイルドに伝わってきた。「非常に危険ですのでやらないように」と釘を刺されたものである。だからこの世界では魚を生で食べる習慣はないのだと思っていたけれど、そうでもないようで嬉しい。
「もろもろが片付いたらお願いしてみようかなー。今はこれ以上ルルさんに心配事抱えてもらうのは悪いし」
「だから近頃、部屋にいることが多いのですか」
「うーん、それだけが理由じゃないけど」
ルルさんの仕事は、私のお世話と警備である。なので、私が引きこもっておけばある程度仕事は減らすことができるのだ。もう一人の異世界人召喚についてもあれこれ思っているようなので、せめてシーリースにはいかないよというアピールくらいはしていてもいいだろう。もう何回もやってるけども。
「フィアルルーも腕は立ちますから、さほどリオ様がお気を遣う必要はないかと」
「うーん、でもあんまり忙しいのも大変だろうし。わざわざ仕事増やすのもどうかと」
ほとんど乾いていたヌーちゃんがとことこと浴場の床を歩いて、鼻をヒクヒクと動かしてから湯船に入ってきた。せっかく乾いた毛を豪快に濡らしながら、短い手足を動かしてちまちま泳いでいる。入ってすぐは毛のふかふか感で浮いているけれど、しばらくするとほぼ鼻先しか出ない状態になってしまうので、手で下からお腹を支えてあげる必要があるのだった。
ちなみにニャニは浴場同伴禁止である。水辺のニャニ、ワニ感強くて怖い。
「仕事というだけではないようですが」
「それ昨日も聞いたような気がするな……そして仕事だと思うな」
じだじだと手足を動かして泳いだ気になっているヌーちゃんを眺めながらいうと、フィデジアさんは首を傾げた。
「横から見ていてもフィアルルーは随分とリオ様を大事になさっているようですが、リオ様はフィアルルーの感情を疑っておいでですか?」
「や、疑ってるとかはないけども」
「では、仕事以上の感情で接することが迷惑だと感じてらっしゃいますか? そうであれば、私から」
「いやいやいやいや、待って、色々待って」
物騒そうな顔になったフィデジアさんと、ビチャビチャのまま外に出ようとするヌーちゃんに待ったをかける。
ヌーちゃんは毛がふわふわしているせいか水をよく含むので、ツンツン生えている羽根に気を付けながら抑えて水を切ってあげる必要がある。自分でブルブルやって水を落とすことをしない横着者だった。
「あのさ、ルルさんは私に対してそういう……仕事以上の感情を持っているのではないんじゃない?」
「なぜそう思うのですか?」
「なぜと言われましても……ルルさんは仕事だからやってるわけだし、親切だけどそれは私が救世主とか異世界人だからってだけじゃないかな」
「しかし……リオ様はフィアルルーと酒を交わす約束をしているのでは?」
「え? うん、したけど?」
頷くと、いつもキリリとしているフィデジアさんが困惑した顔になった。それから顎に手を当てて考え込み、しばらくしてから口を開く。
「もしやリオ様、この世界とリオ様の世界では酒を飲むという意味が違うのでは?」
「え、そうなの? お酒飲むってあれでしょ? アルコールの入った飲み物を飲むという意味なのでは?」
「行為としてはそうですが……我々には、酒を飲み交わすということは互いの生涯を共にするという意味を持つものです」
「は?」
は?
「はー?!」
勢いよく立ち上がったせいでお風呂から溢れた波が、せっかく絞ったヌーちゃんの黒い毛をまたビチャビチャに濡らしてしまった。




