分厚い曲集めくって探した時代が懐かしい10
扉が開かれ、カツカツと大股で歩く音が響く。
まっすぐこちらに向かってきた人物は、端麗な顔に意思の強そうな輝かしい目をしていた。長い指でそっと私の手を取ると、長い手足を優雅に折り畳んで私の前に跪く。
「我らが救世主、リオ様。お初にお目にかかります」
朗々とした声で挨拶をしたその人は、私の手の甲を自らの額にそっと触れさせた。短くもなく、長過ぎない時間の後でその人が頭を上げて目が合う。後ろで1つに括られた白っぽい金髪が、さらっと揺れて左肩に掛かっている。
「我が名はフィデジア。あなたの剣のひとつです」
「ほ……」
ほわーお。
今、背景に赤いバラが見えた気がする。
いや、見えるでしょ普通。こんなイケメンにこんなロマンチックなこと言われたら。
胸キュン騎士……と見とれていたら、ルルさんが背後から私の手首を掴んでフィデジアさんの手からすっと抜き取った。
「リオ、フィデジアは女性ですよ」
「えっっっ!!」
振り向くと、ルルさんが頷いた。顔を戻すとフィデジアさんがニコリと笑う。また振り向くと、ルルさんが片眉を上げる。
「えっっっ?!」
「女の身とはいえ、騎士としての実力は男に劣らぬと自負しております。どうぞご安心ください」
「あ、はい……えぇ……ええー!」
スラッとした高身長は、エルフの男性と混ざっても遜色ない。マントの下は布がひだを作る緩やかな服装なので体のラインがわかりにくいけれど、腰元にはごっつい剣を付けているし、肘下や膝下には硬くて重そうな白金の鎧のようなものを付けている。
新しく部屋に入ってきた人間を警戒しているのか、ズリズリと周囲を歩き回っているニャニをものともせず堂々と立つ姿はそれだけで凛と美しかった。
男装の麗人というよりは、中性的な男性のような雰囲気だ。絶対女性ファン多い。今度巫女さんたちに訊いてみよ。
「リオ様には、格別のご配慮を頂き夫共々感謝に堪えません」
「ご配慮?」
再度優雅に礼をした姿に首を傾げると、フィデジアさんが微笑んだ。優雅な微笑みだなあ。
「立派なフコの実をいつもありがとうございます」
「……ピスクさんの奥さん!!」
「そう呼ばれるのは慣れませんが」
「うわー! えっ、じゃあ妊婦さんでは?! 椅子! あの、そこのソファに座ってください! お茶とかいりますか!」
「お気遣いなく」
ムキムキゴツゴツのピスクさんが、新婚アツアツというお嫁さん。想像していたよりもずっと凛々しい人だ。全然気付かなかった。
妊婦さんは労らねば。とりあえず、さっき私とルイドー君が乗っていた座面で申し訳ないけれどソファに座ってもらう。温かい飲み物がいいのかな。ポットのお湯はまだ冷めてなさそうだ。
「リオ、暴れると落ちますよ」
「落ちますよじゃないですよルルさん。下ろして下ろして」
ちょっと部屋が肌寒いかもしれない。その前に、食べ物の匂いがダメって言ってなかったっけ。食器片付けねば。
未だになぜか膝に乗せられていた私が動き出すと、ルルさんが溜息を吐いて私を立たせてくれた。溜息吐く場面じゃない気がするけれど、そのままフィデジアさんの隣に座るよう促される。ルルさんはお茶を2杯淹れて、それから部屋の扉を開けてピスクさんを呼び、机の上の片付けをお願いしている。
ソファの右側に座りながら、私はそっと足を持ち上げて踵を浮かせた。ニャニがソファの下に潜り込んでいるのだ。腹筋にくる。
トゲのような鱗のある尻尾が完全に見えなくなったのを確認してからそっと足を下ろし、フィデジアさんに声をかける。
「寒くないですか? 何かあったらすぐ言ってください」
「お心遣い、痛み入ります。悪阻はどうにか治まってきたようで、これもリオ様に頂いたフコのお陰でしょう」
「いや、私はあんまり関係ないかと……」
チラチラとこちらを見ながら残り物をまとめて持っているピスクさんとは対照的に、フィデジアさんは綺麗な笑顔を崩さないまま私に向き合ったまま余所見もしない。
奥神殿で大きくなるフコの実は栄養満点らしく、それをモリモリ食べたせいでフィデジアさんは落ちかけていた体力も回復し、今まで以上に仕事に励んでいるそうだ。無理はしないでほしい。
「フィデジアというのは、守る鋼の剣という意味を持ちます。我が身のみならず子までもお救い下さったリオ様に、その名の通り折れぬ剣としてあなたをお守りすると誓いましょう」
「あの、私はただフコを運んでただけなんですけど」
「リオ様には取るに足らぬことかもしれませんが、どうぞ我が誠意をお受け取りください」
もう一度、座ったままではあるものの甲礼を受けて、私はルルさんに助けて光線を放った。近くで立っていたルルさんはそれを受けて微笑んだ。
「フィデジアは非常に優秀な騎士ですよ」
「いやそういう意味じゃなくてね……えーっと、何か困ったときには助けてくれると嬉しいです。無理しない程度に。赤ちゃん最優先で」
フィデジアさんが顔を上げて目を細める。
「リオ様はピスクの話通り、お優しいお方ですね」
「別に優しいわけではないかと」
どちらかというと、無理しないでほしいというよりは産休でも取ったほうがいいのではないかという気持ちが強い。私なんかを守ってる間に赤ちゃんに何かあったら取り返しがつかないし。お礼は適当にして頂けたらありがたい。
「夫共々、リオ様が安全にお過ごしくださいますよう力を尽くします」
「ほどほどに、ほどほどにね。赤ちゃん優先でね」
「はい。まず先程の襲撃犯についてですが、3人のうち2人は捕縛に成功しました」
「えっ! あの鳥に乗ってた人たちを? 捕まえたの?」
「はい。投擲は得意ですので。残りも取り逃がしましたが、少なからず翼に傷が付いている筈です。傷を癒すのに少なくとも数日はかかるでしょう」
サラッと頷かれたけど、結構凄いことなのでは。ルルさんを見ると、「フィデジアは武人で有名ですから」と微笑まれ、ドアの近くに立っているピスクさんは何度も頷いていた。ヌーちゃんは私とフィデジアさんの間で毛繕いをしていた。
「捕縛した者に対しては今回の襲撃と共に、広まっている噂についても追求する予定です」
「おぉ……」
神殿騎士は、警察のような仕事もするらしい。流石に異世界なのでカツ丼は出なさそうだけれど。いや、日本でも出ないんだっけ。
久しく食べていない丼ものを思い浮かべていると、ルルさんが少し屈んで話しかけてきた。
「リオ、安全を確保できましたので中央神殿まで帰れますよ。すぐに出発しますか?」
「あ、そうなんだ。お祭りはまだやってるの?」
「ええ、少々混乱があったものの、まだ続いているようですが」
「じゃあ広場に寄る?」
「広場にですか?」
ルルさんが珍しく困惑した顔をしている。神殿に直行するつもりだったようだ。
「安全が確保できたんだったら、予定通りやったほうがいいかなって。予定よりかなり遅れてるから時間がないんだったらあれだけど」
「それは、民が喜ぶでしょうが……」
「パレード見に来た人もいるだろうし、私も広場見てみたいしダメかな。ダメだったら明日の回でもいいけども」
「明日」
いきなり、フィデジアさんが笑い声を上げた。
「リオ様は、見かけによらず肝の据わったお方のようですね。フィアルルーは心配が尽きないようですが、ぜひ広場を回って人々に元気な姿を見せてやってください。御身の安全は我らが必ず守ります」
明るい笑顔もひまわりのようで似合う人だな。そして心強い。私は頷いて、また馬に乗る準備をすることになった。ルルさんは少し悩んでいたようだけれど、やる気の私を見て諦めたように微笑み、ヌーちゃんはササっと袖の中に顔を突っ込んで消えてしまった。ニャニはすかさず出てきた。




