分厚い曲集めくって探した時代が懐かしい9
ジュシスカさんが持ってきてくれたバスケットの中身は、焼きたてのパンだった。普段よく食卓に上る、美味しいナッツの入っている小さめのパン。
若干お腹いっぱいになりつつパンを齧りながら、ルルさんがいなかった間に何が起こったのかを事細かに聴取される。何度も聞かれて部屋が取調室のように見えてきた頃、ようやくルルさんは追及の手を緩めてくれた。
「本当に、ルイドーが申し訳ありません……」
「いや、別にルルさんが謝ることじゃ」
「リオをあれに任せた私の責任です。もう少し分別のつく人間だと思っていたのですが……状況確認は後にすべきでした」
深い溜息を吐きながらルルさんは謝り続ける。謝り続けながらちぎったパンにジャムを付け、私に渡した。アツアツのパンってなんかスルスル入るよね怖い。
ヌーちゃんは私の膝の上に再びよじ登って、焼きたてパンをガツガツ食べている。ニャニは相変わらずじーっとしていた。
「無防備なリオに手を上げるなどと、度し難いことです」
「いやでも本当に全然気にしてないから! 結構楽しかったし怒るほどのことじゃないよ」
「叩かれて楽しかったとは……やはり治療が必要なのでは」
「そういう意味じゃない」
非常に深刻そうな顔でルルさんが私の頭に手を乗せたので、掴んでパンのところへと移動しておいた。頭頂部がじわっと温かくなってるし。これ脳細胞の若返り効果ありますか。
「なんかこう、ルイドー君無駄に元気だったし面白かったし」
「……リオにしては、随分と打ち解けていましたね」
「うん、なんだろう、久々に救世主サマというフィルターなしで見てもらえてたからかな」
あとルルさん大好きボーイっぷりがなんかいっそ気持ちいいくらいだった、というのは言えないので黙ってパンを食べていると、ルルさんが「リオ」と真面目な声を出した。
「救世主様としてのお立場が心苦しいですか?」
「心苦しいっていうよりはなんか居心地悪いって感じかも。ほら、私は地球では別に普通の人間だし。どちらかというと誰かの下にいるような暮らしだったし」
「私はリオをそう扱っているつもりはないのですが、そう感じますか」
「うーん、でもまあルルさんは立場上そうなってもしょうがないんじゃないかな。まあ、私も世界を救ってくれるような人間がいたら失礼な態度取らないようにすると思うし」
「リオ……」
たったひとりで世界をどうにかできてしまうような人間がいたら、普通はどうしたって特別扱いになるだろう。機嫌を損ねないようにとか、悲しくて殻に閉じこもらないようにとか。できるだけ楽しく過ごしてもらって、良い感じにしてもらわないといけないわけだし。
だから、救世主という役目が一番大きい肩書きとして乗っかっていることはまあしょうがないんではないかと思う。
ただ、それでも普通に、というかちょっと雑に扱ってくれる人がここにもいるんだなあと思うと少し嬉しかったのだ。
「だから、ルイドー君についてはあんまり怒らないであげてほしいというか、ルルさんについても色々と教えてもらったし」
「リオ」
「なに?」
「私はリオのことを、救世主だからと特別に扱っているつもりはありません」
「うん、ありがとう」
まあ、それはちょっと嘘混じっているだろうなあとは思うけれど、きっと本当のことも混じっているのだろう。ルルさんは過保護な部分はあれど、必要以上に私を好き放題させてくれるわけではないし。
どちらかというと、この世界に不慣れな人間に対してあれこれと教えてくれているような感じである。靴の種類とか、お風呂の仕組みとか、食べ物についてとか。
ただ、もし私が救世主という立場じゃなかったらどうなのかな、とはたまに思う。
ヌーちゃんが、私の手に前脚を引っ掛けて次のパンをねだる。小型犬サイズなのにいっぱい食べるけれど、神獣なのでカロリー的には問題がないそうだ。羨ましいけれど、思う存分ごはんをあげられるのはなんだか楽しい。
「リオがそう言うのであれば、ルイドーに対する罰は軽減しましょう」
「そうしてあげて。廊下掃除くらいにしてあげて」
「ただ、私のことはルイドーを介さずとも訊かれれば応えますので、どうぞ直接お尋ねください」
「う、うん」
生真面目に言われた。
どちらかというとルイドー君が勝手に語っていただけなので本人に訊きたいほどのことはあまりないけれども。じっとルルさんが待っているようなので考えてみる。
「えーっと、ルルさんとルイドー君ってどれくらいの付き合いなの?」
「随分長いですね。私がここで仕えていた時分に、赤子のまま預けられたのがルイドーです。名付けにも関わりましたし、夜泣きや癇癪の面倒も見ました」
「そりゃ懐くわけだねえ。お兄さんみたいなものなんだ」
「私だけでなく、ここに仕える者皆がそのようなものですが」
少し前までは、災いのせいで子供を手放さざるを得ない人も多かったようだ。そういう子供たちの面倒をみるのも神殿騎士の役割だったらしい。ほのぼの。
どうりでルルさんが過保護かつ面倒見がいいわけである。
「私が巡行の旅に出た折にも、ルイドーはそれはそれは泣いて皆を困らせました。ついて行くと言って離れなくなったので1日出立を遅らせたほどです」
「微笑ましいねえ。どうやって説得したの?」
「今のルイドーでは弱過ぎて足手まといになると説いて、普通に」
「容赦ないねえ……」
まだ幼いルイドー君が、バッサリ断られてショックを受けている様子が目に浮かぶようである。もうちょっとマイルドな解決方法はなかったのだろうか。
子供に対して厳しい言葉だけれど、ルイドー君は挫けず、旅に出られる強さになるように毎日頑張って暮らすようになったらしい。そしてその結果、今ではこの神殿で最年少かつ最も見込みのある神殿騎士見習いなのだそうだ。
「やだルイドー君めっちゃ健気……」
「騎士の訓練は過酷ですから、これからが正念場ですが」
「ルイドー君ならきっと立派な騎士になるんじゃないかな。ルルさんを見て育ったわけだし」
お湯にハーブ的な葉っぱを一枚浮かべたお茶もどきを飲みながら頷くと、ルルさんが片眉を上げて首を傾げる。
「リオは随分、ルイドーに対して親しみを抱いているようですね」
「そうかな。そうかも? なんか憎めないよね」
ルルさん大好きっぷりが楽しかったので、ぜひまた会ってルルさん知識を披露して貰いたいものだ。あと、ニャニに対してビビっていたのもなんか親近感湧いた。いやあんなニャニ、誰でもビビるかもしれないけども。
「いけませんよ」
「え?」
「酒の約束を持ちかけられても、決して応えないように。リオは私と飲むと約束しましたよね」
「イヤしないし、されてないし、そもそもルイドー君まだ子供だから飲んじゃダメじゃない?」
また真面目な顔して注意するルルさんに言うと、彼は瞬いて首を振った。
「彼もあと数年で成人ですよ」
「エッそうなの?! 幼くない?!」
つまり高校生くらいなのだろうか。背丈は私と近かったので違和感がないといえばないけれど、エルフの人は高身長が多いし、何よりルイドー君のノリがアレだったので中学生くらいかと思った。
「マジかー」
「はい」
「まあ、飲まないしヘーキヘーキ」
「それを聞いて安心しました」
ルルさんが微笑んでお肉を食べる。いつ見ても上品かつ大量に食べる技術がすごい。
「ところでルルさん」
「はい。パンのお代わりでしょうか?」
「イヤもうお腹いっぱい。そうでなくて、私はいつまでルルさんの膝の上にいればいいのかなと」
さっきから度々降りようとしているけれど、その度ルルさんの腕シートベルトがガッシリ固定してくる。
振り向いて目を合わせながら訊くと、ルルさんはキョトンとした顔をした。
なんですかそのわざとらしい顔。




