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分厚い曲集めくって探した時代が懐かしい8

「もう大丈夫ですよ」

「いや全然大丈夫じゃないから!! すんごい暴れてるし!」


 ピスクさんの太腕に抱えられたニャニは、そこから逃げ出そうとビタンビタンもがいていた。水揚げ直後のカツオもかくやという感じである。尻尾の上のギザギザが当たるとアザになりそう。

 ビタンビタンしては、シャッとこっちに向けて口を開けるニャニ。私とルイドー君はその度にヒッと身を寄せ合っていた。握り合った手から、お互いに「いざとなったらコイツを盾に使おう」という気持ちが伝わってくる。以心伝心とはこのことか。

 ニャニを見つめつつ、隙なくお互いを狙っている。そんな状態の私たちに、ルルさんはそっと手を差し出した。


「どうぞ降りてきてください」

「やだよ怖い」

「リオ」


 ヒッ。

 私と、おそらく隣に立つルイドー君の視線が一瞬でニャニから引き剥がされた。

 ルルさんの目がマジだ。さっきまでの柔らかい雰囲気が消し飛んでいる。無表情に近いけれど、それがまた怖い。かなり怒っているのでは。


「こちらへ」


 なんでだ、ご飯を途中で放棄したからか、土足でソファに乗っちゃったからか、ギャーギャー人騒がせだったからか、ヌーちゃんを置き去りにしちゃったからか。

 思い当たる節が多過ぎて具体的な謝罪が思い浮かばない。

 とりあえず、ここは大人しくしていたほうが良さそうだ。ルイドー君の手を離してルルさんの手に手を重ねると、ぐっと引っ張られ、それからぐいっと体ごと持ち上げられた。


「うわっ!!」


 慌ててルルさんの首に腕を回してしがみつく。ルルさん越しの視界で、ヌーちゃんが起きてくわっとあくびをしているのが見えた。ぐいーと前脚を伸ばし、ぎゅーっと背中を丸めて、最後に後脚をびよーと片足ずつ伸ばしてからぶるぶると体を震わせている。君はのんきだなあ。


「フコの薄焼きを食べたのですか?」

「えっ?」


 至近距離で話しかけられて、毛づくろいを始めたヌーちゃんからルルさんへと視線を戻す。ルルさんの青い瞳は、じっと私を見ていた。微笑むためではなく、見透かすようにわずかに目が細められる。

 この目、ちょっと怖いんだよね。黙っていると、ルルさんが近付いてきた。うおおと下がろうとするけれど、そもそもルルさんに抱き上げられているので下がれない。ルルさんの彫刻のような鼻筋が近付いて、すんと嗅がれた。


「嗅がれた!!」

「フコの匂いが」

「嗅がれたー!!」

「食べたのですね?」


 何? 特に気付かなかったけどフコの匂いがしてたの? ルルさんの前世は麻薬探知犬かなにかなの? っていうかいきなり嗅ぐってどうなの。

 これ以上嗅がれないように背筋が攣りそうなほど離れる努力をしているとルルさんが「ルイドー」と呼んだ。その声に努力も止まる。


「降りて、事情を説明しろ」

「……はい」


 さっきの怖さが菩薩のように思えてきた。ルイドー君の方を向いているので表情がわからないけれど、ルルさんの声がめっちゃ怖い。雰囲気が氷点下。背景におどろおどろしいものも見えそう。

 真っ青になったルイドー君が素早くソファから降りて、膝と手をつく。ほぼ土下座である。


「神獣ニャニがあれほど怒っているのは、お前がリオに危害を加えようとしたからじゃないのか。無理に食べさせたのか」

「……」

「いや待ってルルさん! フコは自分で食べたから! 無理矢理とかじゃなく別に」

「リオ」


 雰囲気が一瞬にして時代劇のお白州で沙汰を待つ感じになってきたので割り込むと、ルルさんがこっちを向いた。ヒィごめんなさい。


「神獣が怒るとはよほどのことです。ルイドーに何をされたのですか?」

「いや別に、大したことじゃ」

「では言ってみてください。大したことでないなら言えるのでは」


 墓穴……! に既に入っている気分……!! むしろ入りたい気分……!!!

 ルイドー君に対するマイナス三十度の世界的な声音とは違って、妙に優しげなのも逆に怖い。

 ルルさんが微笑みながら促す。小刻みに頭を左右に振ることしかできない私の代わりに応えたのはルイドー君だった。


「きゅ、救世主様に手を上げました。申し訳ありません」

「……お前、謝って済むことだと思ってるのか?」

「ぁワーッ!! ちょっと待って! 手を上げたってもこう、パーンとやっただけでね? 軽くだったから全然痛くなかったしね?! そもそも私がいらんこと言ったからであってルイドー君だけが悪いわけではなくてですね?!」


 ええいそこへ直れいたたっ切ってくれるわ的な流れを感じて、私は必死に割り込んだ。物理的に。片手をルルさんの首から離して、その顔の前でブンブン振る。


「叩かれたのですね?」

「いやっ、叩かれたっていうかほら、あのツッコミ的な、おいーって感じでそんな全然あの……」

「叩かれたのですね」


 疑問形じゃなくなった。


「ルイドー、下がれ。リオにその姿を見せるな」

「フィ、フィアルルー様」

「聞こえなかったのか?」


 ルルさんの絶対零度光線を浴びたルイドー君は、頭を下げてから走って部屋を出て行ってしまった。あああ、ルルさん大好きボーイ……。

 背中を見送っているうちに、ルルさんは移動してイスへと座る。自動的に私はその膝の上である。


「どこを叩かれたのですか? 念のために診せてください」

「いや、ほんと全然痛くないし……ってピスクさん待って!!」


 部屋のドアからビチビチ新鮮なニャニを抱えたまま出て行こうとするピスクさんを引き止める。ビッタンビッタン暴れているニャニを腕に抱いてもビクともしないまま振り向いた。すごい。絵面が。


「はい、リオ様」

「あのー、ニャニはそっちに持っていくとまたルイドー君を追い掛けそうだから……この部屋に……この部屋のなるべく端っこの方に、ほんと隅の方に置いていった方がいいんじゃないかなと」

「……良いのですか?」


 ピスクさんは私というより、ルルさんへ尋ねる。ルルさんは私を見て扉の向こうを見てから、小さい溜息と共に頷いた。

 床へと下されたニャニは扉の向こうへシャァッと牙を剥いて見せたものの、そちらへ走っていくことなく、ゆっくりと方向転換した。


「……いやこっちに近付いてもいいとは言ってないからっ!」


 ズルッとこちらへ歩いたニャニへと叫びつつテーブルの上に置いてあったニムルを掴んで投げると、ニャニはそれを追って部屋の端へと素早く動いた。バリバリと噛み砕いた後は、お腹を床につけて大人しくなる。目はじっとこっちを見ている気がするけれど、どうやら動く気はなくなったようだった。


「悪い。ピスクもジュシスカも少し席を外してくれ。ルイドーの方を頼む」


 ルルさんがそう言うと、ピスクさんは何も言わずに頷いた。いつのまにかどこかへ行って戻ってきていたらしいジュシスカさんも、机の上にバスケットを置いてから何も言わずに部屋を出て行く。溜息は貰ったけども。


 部屋にはヌーちゃんが歩き回る音だけが響く。

 ごくりと息を呑んで固まっていると、ルルさんがフッと空気を緩めた。その微笑みに、私もやっとホッとする。


「では、食事を再開しましょうか」

「う、うん! そうしようそれがいい!」

「ルイドーが叩いた場所を診てからですが」

「……」





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