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歌ってる途中でドリンクは勘弁してください7

 半分に割り、中央に固まっているアーモンドサイズの種数粒を取り除く。皮と果肉の間にナイフを入れる。そのまますすっと一周させると、木製のまな板の上に黄緑色の果肉がつるんと落ちた。さらにそれに切れ目を入れる。果肉を切る音はなく、ナイフとまな板が触れるわずかなリズムだけが響く。

 大きめのさいの目に切ったそれをお皿に乗せようとした料理長をルルさんが止めた。


「もう少し小さく。……この味を好まない者もいるので」


 後半は私に対して向けられた言葉である。やや大きなひと口くらい、マズくても飲み込めそうな気がするけれど、そんなにヤバい味なのだろうか。


 お皿に盛られて出された試食品を、渡された二又の小さい木製フォークで刺す。見た目からアボカドっぽいものを想定していたけれど、それよりはやや重くもったりした感覚がする。見た目には変わったところはないけれど、味はどうなのか。


 ルルさんや厨房の皆様に見守られながら、私はフコの実を口の中に入れた。ずっしりとした実を舌で感じ、歯で噛むともったりした食感が伝わる。


「……あー、うん……うんうん、ハイハイハイ……うん、わかった」


 モムモムと噛んで飲み込み、念のためもうひとつ取って食べ、私は頷いた。この果実の味、私は知っている。


「あのー、あれだよね、あの、プロテインココア味。ね」


 しかも味はあんまりこだわってないコスパ重視タイプのプロテインココア味。

 間違いない。限りなく少ない低脂肪乳で溶かしたらこんな感じになるだろう。なんかこう……添加された甘みというか粉っぽさの抜けない感じというか……うん。栄養はとりあえずありそうな味。


 すんごいマズイってわけではないし、一食これだけでも大丈夫っちゃ大丈夫なんだけど、お前はこれから毎日三食これを食え!! って言われたら地味に精神にキそうな感じ。

 ルルさんが私の手からそっとフォークを回収した。私の微妙な心情を汲み取ったらしい。


「食材確保が難しいわけではありませんし、無理をしてフコの実ばかり食べる必要はありません」

「うん……あの、たまに出してくれたらあれかなって。栄養満点なんでしょ?」

「他の食材で補える程度です。フコは神からもたらされた実といわれていて、リオの祈りで最も早く勢いを取り戻した種のひとつなため、食べている人が多いだけですから」

「そうなんだ」


 神話に出てくるほどの古い果実らしい。なんでも、日照りが続き食べ物を失ったエルフの民が、10日間丸々祈り続けた結果もたらされたのがこのフコの実なんだとか。

 あまりにもプロテインココア味っぽいので地球の神様が作ったのかと思ったけれど、元々の神様が作ったのかもしれない。完全栄養食をあげるだなんて、この世界の神様も結構優しかったのかもしれないな。味はもうちょっと頑張ってあげてほしかったけれど。


「あの、ここの近くの中庭にもフコを植えてますけど、救世主様が来てからすごい成長して、種を植えてみたらそれも実をつけて……助かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、神様が頑張ったんだと思います」


 若き男料理長は、モイシカさんという名前らしい。心なしかロシアっぽい響き。

 慣れない敬語でお礼を言われるとなんだかこそばゆい。


「それにしても種で植えたやつが実を付けるくらいまで育ったのすごくない? 肉眼でわかる成長速度なんじゃない?」

「ええ、私もリオが初めて奥神殿で祈った際、塔に掛かっている白橋しらはしから外を見下ろして驚きました」

「なにそれ初耳」


 ルルさんによると、いきなり雲が湧いてきて土砂降りの雨になったらしい。音がすごかったんで渡り廊下の方へ行って外を見ると、奥神殿のある小島に生えた草がみるみる伸びて、立ち枯れていた木が太く伸び葉を茂らせて花を咲かせたのを目撃したらしい。


「最初の一月ほどは、リオが祈るたびに景色が変わるほどでした。今でも、草花がわずかに伸びるのを見ることができると思いますよ」

「エッめっちゃ見たい。でも私祈ってる間は外出そとでれない」


 定点カメラ映像みたいなやつ、結構好き。この世界は動画撮影という概念がなさそうだけれど、スマホ貸したら撮ってくれるだろうか。カラオケルームで充電してるから動くっちゃ動くんですよね。中だとどういう仕組みなのか電波入るし。


「種を貰って奥神殿へ持ち込んではいかがですか? もっとも神に近い部屋ですから、よく育つかと」

「マジかー。植物鑑賞しながら歌おうかな」

「外で歌って頂いても構いませんよ」

「それはね、無理だよね」


 ルルさんがモイシカ料理長にお願いすると、小さい巾着に種を5つほど入れてくれた。黒くてつるんとしている種は殻が固いらしく、3日ほど水に浸けると発芽率が高くなるらしい。私の脳裏に小学校で育てた朝顔が出てきた。あれ終業式に持って帰るのメンドくさかったなー。


 発芽させるまで埋めておくココットサイズの鉢も3つ分けてくれた。カラフルな陶器から好きな色を選ばせてくれたモイシカさんいい人。ちなみにモイシカというのは、「幸福に満たす人」という意味があるらしい。料理長の彼にピッタリの名前だ。


「リオ、フコの木も見てみますか?」

「あっ、見たい。中庭行くの初めてだし」


 厨房の皆さんとはそこで別れて、私とルルさんはさらに一階を歩く。それから上半分にステンドグラスが付いたドアを開けると、中庭を囲んだ回廊に出た。二階部分を屋根とした回廊は、中庭との境界線に柱があるだけで、そのまま外に出れる。


 中庭は色んな植物が生い茂り、沢山の花が咲いていて輝くばかりの美しさだった。実際に日光が上から入ってきているので反射して光っているように感じる。太い蔦が向こう側の柱を渡って壁伝いに登っているのも見えた。


「リオ、お待ちください。靴が汚れます」

「あ、そうか」


 そのまま歩き出そうとした私をルルさんが引き止めた。

 私が履いているのは、柔らかい皮を縫って作った分厚い靴下と室内履きの中間くらいのものである。ここでは木靴を履くのが普通らしいけれど、私が履いた初日にひどい靴擦れを発生させてしまったのでルルさんがすごい謝りながら用意してくれたものである。


 中庭へと続く道は最初は石畳があるけれど、フコの木に近付くのであれば土の部分を歩く必要があるらしい。私のやわらか靴は室内を歩く分には問題ないけれど、土が付くと落とすのが大変そう。


「私がリオを抱えて歩きましょうか」

「なんでやねん。裸足で行くよ、あとで洗った方が早そう」


 靴を脱ぐと、ルルさんがちょっと渋い顔をしながら同意してくれた。近くを通りがかった女性に水桶を用意するように言ってから、石畳に踏み出した私の後を付いてくる。


「小石に注意してください。落ちた棘が足に刺さるかもしれません」

「ルルさん……大丈夫だよ。こんなに綺麗な庭でそんな危ないことないでしょ」


 お世話係だけあって心配性のルルさんに教えてもらいながら、別れている石畳の道を曲がっていく。葉っぱが大きくて薄黄色をした木がフコらしい。割と大きいので、並んで生えている姿はすぐに見つけられた。


「いっぱい花咲いてるね」

「神殿の中庭は元から草木は多い場所でしたが、よく育っています。リオの祈りの賜物ですね」

「褒め禁止」


 石畳に乗り出さんばかりに膨らんで育っている植物が、ピンクの小さい花を付けていてとても可愛かった。ついついしゃがんで観察してしまう。まさに道草である。


「ルルさんこれ見て、花が星形になってて可愛い」


 細い枝を掴んで隣に立つルルさんを見上げると、近くの茂みがガサッと揺れた。誰かいるのかと顔を向けると、ゆさゆさ揺れた茂みからしゃがんだ私の目線と同じ高さに何かが突き出た。


 ゴツゴツしたそれは、そのままズルッと出てくる。その姿に私は絶叫した。


「ワニー!!!!」






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