歌ってる途中でドリンクは勘弁してください6
厨房は少しばたばたしていた。料理の途中だったからというわけではなく、私がいきなり来ると言ったせいらしかった。あちこち行き交っていた人が、私を見ると慌てて飛びのいて頭を下げたり部屋に隠れたりしている。なんか申し訳ない。
「ルルさんルルさん、別に今厨房見た過ぎて死ぬとかじゃないので、別の機会にでも」
「もう知らせてしまいましたし、ここで引き返すよりはリオに一声でもかけて頂く方が皆も喜ぶかと」
1階の質素な廊下の奥、ドアのない部屋を覗くと、火が焚かれている大きなかまどっぽいものや山積みの鍋が見えた。テーブルも沢山あり、端のひとつに食材が山積みになっている。部屋の壁際に並ぶように、コックさんらしき人たちが並んでいた。男女比は6対4くらいである。全員が髪を伸ばし、後ろでひとつに括って布の袋のようなものに入れる髪型をしていた。
その中から、背の高い男性が進み出る。やや筋肉質だけれど、見た目は若い。ルルさんより若め、二十代前半くらいに見えた。
「こ、このようなとこに来て下さって、ど、どうもありがとうございます、救世主様」
「あっこちらこそいつもお世話になっておりますーご飯美味しいです」
「ほんとですか」
見るからに緊張していた男性が、ほっとした顔をする。
「異界の味付けがわかんないんで、口に合わないのかと……あの、残してるって聞いて、ましたので」
「えっあー違います違います! ほらあの量が多いからお腹いっぱいになって食べられないだけで、どれも美味しいです!」
「よかったです」
私が奥神殿から戻ってくると、大体食事の準備は終わっている。食事の時間にルルさん以外の人を見たことがないし、大体私が食べなかったお皿はルルさんがたべているので、私の食べっぷりを知っているのはルルさんだけだ。
食事量とか報告しとったんかい。来てから間もない頃に食べながら寝落ちしたことは秘密にしているだろうな。ルルさんに顔を顰めてみせると、ルルさんは片眉だけを少し上げた。
「食事は生活の源ですから、様子はここの者たちにも伝えています」
「美味しそうに食べてたことも伝えてよー!」
「リオの食べる量が少なかったのは事実ですから」
「いや量すごい多いよ?! 流石に満漢全席みたいなのを毎日食べるのは無理なんですけども?!」
「いつもふた皿程度しか手をお付けにならないので」
「いや皿が巨大でしょ。深いし。あれは私の世界では丼っていうよ」
どんだけ大食漢だと思われたのか。女子としては抗議せねばなるまい。
隣にいるルルさんを肘で押したら、ルルさんの体幹が半端なかったせいで私の方がよろけた。しかもそれを「今何を……?」みたいな顔したルルさんに腕を掴まれて助けられてもう私は貝になりたい。
よろめいて後ろを見た拍子に、隣の部屋に続く小さな戸口を見つけた。そこから何かを齧っている人が何人かこっちを覗いている。目が合って引っ込んだそのうちの1人は、私と同じ黒髪だった。
もしかして人間かな。
「あっちも見ていいですか?」
「えっ、そっちはあの……」
ひょいと戸口を覗くと、小さい部屋で何かを食べている人々と目が合う。金髪碧眼でエルフと思しき人も半分くらいいたけれど、残り半分はカラフルな髪色をしていた。肌の色が濃い人もいる。
服を着崩したりコップやお皿が乱雑に置かれているところから見ると休憩するための部屋のようだ。
「あ、ごめんなさい。おやつ中でしたか」
「いや……あの俺らは今の時間に昼飯を食べてるんで」
「えっお昼ごはん?」
お互いに目配せをし合ってどうすべきか困惑している人たちがおずおず食べているのは、小さめのラグビーボールのような大きさの果実だった。外側がオレンジ色で、中身がうすい黄緑色をしている。半分に割ったものをスプーンで掬ったり、さらに分割したものに齧りついたりしているのを見ても果物っぽいけれど。
小部屋に一歩入ると、ほのかに甘い匂いが漂っている。フルーツというよりは、お菓子の匂いのような少し濃い甘さだ。
私は後ろに付いてきたコックの男性に問い掛けた。
「これ、昼食なの? これが普通のメニュー?」
「あ、はい」
「これだけ? 他に何か食べないの?」
「あの、夜は潰してスープにしたり、粉にしたやつでパンにしたりするんで……」
つまりオンリーこれやないかい。内心で突っ込んでから、私の中に衝撃が走った。
「あっそっか!! そうだよね今アレなんだよね?! 災いとかで食料が少ないんだ?!」
大地が乾いて草木も枯れていたということは、食べ物が減るということだ。草が減れば家畜も育てていくことは難しいし、そうなると野菜だけでなく肉も不足する。川が干上がれば魚も死ぬだろうし。
「えっでもすごい贅沢な食事出てたよね?! もしかしてあのメニュー食べてたの私だけ?!」
「えっ、いや、まあ」
コックさんに詰め寄ると、彼は返事をぼかしたものの否定はしなかった。マジかよ。思わず腕を掴んで揺さぶる。
「え〜言ってよそういうの〜もう私完全にあれじゃない? いきなり来たくせに貴重な食料使わせやがってみたいな……しかもさー多いとか言って残したりとかさー死ぬほど態度悪くない?! すごい嫌なやつじゃない?! えー言ってほんと……えー」
冷静に考えたら毎日豪華料理ってかなりおかしい。なんで気付かなかったんだ私!! ちょっと考えればわかるだろ!
いつのまにか飽食の時代に飼い慣らされていた上に、何も考えずに生きていた自分を唐突に突き付けられて猛烈に恥ずかしいやら悲しいやら申し訳ないやらで叫びだしたくなった。カラオケルームに帰りたい。2日ほど籠もりたい。
「リオ、料理長が困っていますから」
私の心の叫びが腕力として現れ、コックさんは非常に困惑しながら揺さぶられていた。ルルさんがそれを助けるように、やんわり私の手を背後からそれぞれ覆ってコックさんの腕から引き剥がす。袖がシワシワになってしまったすまない。
「リオには何の憂いもなく暮らして頂きたかったので、食事については私が指示していました。市井ではフコの実で1日を賄う者が多いのも事実ですが、神殿にはリオと同じような料理を食する者もいます」
「やっぱ高級食材じゃん! 一食で世界の子供何人が救われた的なやつじゃん!」
「どうか落ち着いてください、リオの祈りで植物がよく育ったので、少なくとも植物性のものについてはこの街ではもはや貴重なものではありません」
「……ほんとに?」
顔だけで背後を振り返り、私の腕を持ったままのルルさんに訊くと本当ですと頷かれる。首を戻してコックさんにも尋ねると、何度も頷かれた。並んでいる他の人たちも頷いている。本当のようだ。ようやく私は平静を取り戻し、ルルさんに手を離してもらった。
今日は色々と、自分の勉強不足を痛感する。毎日カラオケばっかりしていたせいで、ここの暮らしのことをよくわかっていなかった。もっとしっかりと生きねば。
そしてもっと落ち着いて生きねば。つい取り乱してしまって、シェフも困惑している。すいませんと謝るといえ……と返された。だよね。謝られてもだよね。
「いやーでもほんと……私だけとかそういうのよくないから。人の上に人を作らずだから。ねっ。せめて同じメニューにしてくださいよ。あんな豪華じゃなくていいから、他の人もちょっといいの食べて。同じ果物だけって体に悪いし」
「あの……フコはこれだけで生きていけるほど栄養に富んでるんですが」
「なんですと」
私が世間知らずな上に今までぼーっと生きていたというのも加味した上でも、異世界、色々と突拍子なさすぎないか。




