歌ってる途中でドリンクは勘弁してください5
一緒に祈りたいオグちゃんをどうにかこうにか宥めて、奥の間を後にする。「神様と一対一で向き合うことが私にとっての祈りなのです……」とか適当なことを言ったら、巫女さんたちが恐縮してしまってむしろいたたまれなかった。すまない。でも人前で歌うとか無理なの。羞恥心が死ぬから。
「リオは他にどこか見たい所はありますか?」
「うーん……厨房とか?」
「厨房ですか」
ルルさんはちょっと珍しそうな顔をして、それから頷いた。見たいところと言われても特に思い浮かばないけれど、ごはんは美味しいのでこの機会にお礼を言っておきたい。あとできたら食事をちょっと減らしてほしいと言いたい。美味しいけど多いんじゃよ。
私とルルさんは、廊下を歩いて階段を下る。厨房は1階にあるらしかった。たまに人がいると深々と礼をされるけれど、この周囲は基本的に人通りは少ないようだ。
「巫女さんたちって、毎日ああやって祈ってるの?」
「ええ、彼女たちの仕事は祈ることといっても過言ではありません。1日に4度ああして祈っています」
「さっきのがそのうちの1回?」
「はい」
私が見学した祈りは、大体1時間半いくかどうかくらいだったと思う。それを4回でも6時間弱。
「リオの祈りがとても長いのですよ」
「そうみたいですね……」
どうやら他の仕事でも、ここの人たちは労働時間がかなり短いらしい。一日中必要な守衛の仕事でも、平時は4回から6回に分けて交代しているようだ。
「ホワイト過ぎて眩しいわ。高等民族なの?」
「神殿は特に待遇が良いですから。しかしここ10年ほどは、決まりより長く働くものも増えていました。災いにより国を超える旅も危険になりましたし、食材の生産量も減りましたから」
「そうなんだ……またホワイトな生活になるといいね」
「急速に緑化が進んでいますから、ほどなくそうなるでしょう。すべてはリオのおかげです」
ルルさんは度々私に対してお礼を言うけれど、毎度毎度、心から言っているのがわかるほど真剣な声だ。そりゃそうだよね。どうにもできない危機をどうにかしたんだからね。でもなんかこう、色んな人たちからお礼を言われてちょっと居心地が悪かった
。
「私のおかげというか、神様のおかげだし……、あと私、本当に思いっきり歌ってるだけなんで、そんなに感謝されることしてないというか、こんな状況なのに私ひとりかなり楽しんでてて逆に申し訳ないんですよね……」
「なぜ? リオの行いはこの世界そのものを救っているのです。感謝されて然るべき尊い行いですが」
「だーかーらー! ほんと全然尊くないの! すごい楽しんでるだけなの! だから感謝されると心苦しいの!」
ぶっちゃけ、自分では祈りとか善行とかそういうのとは正反対の行いしかしてない感覚しかない。会社もサボり(まあ会社なかったけども)、朝っぱらからカラオケに行って、そのままずっと歌い続けているような感じである。家賃の心配も、食事の支度も、ついでに掃除洗濯もここに来てから一切していない。
やるべきことを全部放り出してワガママし放題な状態を手放しで喜ばれているのだ。逆に辛い。せめて感謝しまくられるのだけはやめてほしい。
今までは歌うと寝るがほぼすべてだったので奥神殿や布団に逃げ込むことで罪悪感から逃れていたけど、これからルルさんといる時間が増えるなら言っておきたかった。
「リオ……」
「いやごめん、感謝されていらないとか頭が高いのもいいとこなんだけど、やめてくれると嬉しいなーって」
今まではあまりしっかり話したことはなかったけれど、ルルさんはこれくらいで怒る人ではないのはなんとなくわかる。仕事はきっちりする人だし、たぶん年下の私がタメ口になっても気にしないどころかお好きに喋ってくださいと言った人だし。
期待を込めて見上げると、ルルさんはにっこりと笑った。
「恐れながら、お断りいたします」
「え?!」
何言ってんだこの人。
話聞いてた?
私のなけなしの勇気を振り絞った心中吐露聞いてくれてた?
「リオは、苦痛を伴う行為こそが他者に役立つと思っていらっしゃるのでは」
「いや……そんなことは……ないかと……?」
「汗水流して働くことも良いことですが、楽しく行うことで役立つことの何がいけないのでしょうか」
「えぇっと……」
「私はリオに苦しみながらこの世界を救って頂くより、楽しみながら救って頂くほうが嬉しく思います。誰かが同じ状況であれば、リオもそう考えるのでは?」
「うっ……それはそうなんですけども……」
他人の場合と自分の場合では勝手が違うというかなんというか。正論で殴りつけてくるルルさんにたじろいでいると、ルルさんは立ち止まり、私の前に立った。
「どうやら、リオは自分に厳し過ぎるようです。あなたは他の誰にも成し得ない尊いことをなさっている。楽しむことは何も悪いことではありませんし、そのことで後ろめたく思う必要もありません」
「なんというかほら……今までもっとちゃんとした生活だったから……」
ルルさんが一瞬、ほんの一瞬、なんかスッと真顔になった気がした。
えっ……と思っていると、わしゃわしゃと頭を両手でかき混ぜられる。頭が揺れてちょっと目が回りそうになった頃に、ルルさんは手を止めた。
すわご乱心かと身構えると、ルルさんはにっこりと微笑んだ。
にっこりと。それはもう、にっっっこりと。
「では、ここの生活にも慣れて頂きましょう。眠る時間を削るような生活にも慣れたリオですから、ここでの暮らしに慣れないはずがありません」
「えそれ褒めてる? 褒めてるよね?」
「リオは命じられた仕事を文句も言わずにこなす騎士のような生活のようですし。大丈夫です。私も騎士は長く勤めていますから、指導致します」
「怖っっ!!」
「早く慣れて頂くために、感謝も褒め言葉も積極的に使っていくことにします」
「やめて死ぬ」
ルルさんがいきなりスパルタポジティブオバケに進化してしまった。
救世主サマのお世話係をするくらいなので、ご機嫌取りを兼ねてイケメンかつイエスマンっぽい人として選ばれたのかと思っていたけれど、意外にも意思が堅いようだ。私がどんなに言い繕っても、笑顔でお断りしてくる。怖い。
でも、ルルさんがきちんと意見をしてくれる人だとわかって少し安心した。
あれこれ言いなりになってもらうのも、やっぱり居た堪れなくなるような気がしたし。庶民にはイエスマンはちょっと敷居が高いんじゃよ。
「リオは紛れもなく世界の救世主です。あなたが奥神殿に入って祈り始めた瞬間に、我々は救われるのだと確信しました」
「やめてー」
「お優しく、そして思いやりもある方です」
「こら」
「お力も強く、この世の誰よりも輝いています」
「なぐるぞ」
いややっぱりちょっとイエスマンの方がいい気がしてきた。なんでわざと褒めるのか。
実際にちょっと殴ってみたら、腹筋がめっちゃ硬かった。鉄板でも食べたのかこの人。




