エピローグ
その翌日、川合美沙はこの世から姿を消した。
身も心もアヅミとなる為に、私は安住幸子として生きていくことに決めたのだ。
その翌日の早朝、田塚一帯を巨大な地震が襲った。
最終的には六千人を超す死者を出した、百年に一度の大災害。何度も繰り返された大地の蠢きと、どこからともなく立ち上がる炎によって、一つの街が崩壊した。
その翌日、瓦礫の中から一人の少年が帰らぬ人となって発見された。
少年の名前は乾総士といった。
それから五年が過ぎた。
世界は千年紀の終わりという慌ただしさに忙殺され、五年前に起きた惨事のことなど忘れ去っていた。そんな些末な記憶に囚われていては置いてきぼりを食らってしまうから。それぐらい、時間の流れは速かった。今までに築き上げてきた倫理も価値観も正義も、一秒後には綺麗さっぱりと更新され続けていくのだから。
私はそんな時代の中で、今も生きていた。アヅミとして。安住幸子として。
二十歳を過ぎた私は、定年通りに売り子から足を洗い、今ではモデルとして生計をたてている。かつての安住幸子が夢に見た世界。私の憧れでもあった世界。
華やかな表舞台と陰惨な舞台裏を行き交いながら、時々私は自分が一体どこの誰だったのかを忘れてしまいそうになった。本当の自分、川合美沙だった過去、売り子のアヅミ、安住幸子、現在のモデルのアヅミ。自問自答の毎日を繰り返し、虚実がない交ぜになった過去を全て捨て去って、他人の肩代わりの人生に不満を感じないように、虚構の美しさと華やかさに快楽を感じ続ける。
今の私に残された最後の誇りは、このアヅミという名前だけだ。他には何も残っていない。大事なものは全てあの日の朝に、瓦礫の山と化したあの街に捨ててきたのだから。決して誰の手にも触れられない場所で、二度と蘇らないようにと、地中深くに埋めてきたのだから。
だけど、思い出すのは悪いことではないでしょう?
私は、今でも雨の降る霙小路で乾総士と出会う川合美沙の夢を見る。あの頃のままの私たちが、あの頃のままの街の中で出会う光景を思い描く。
そして何度も自分の辿った時間を思い返すのだ。
それが、私の話せる唯一の物語だったから。
この作品は2007年に日本文学館より刊行された同名作品を著者自らが無料で公開したものです。無断転載ならびに無断複製することは固く禁じられておりますのでご注意ください。




