14話 世界の根っこで
開拓者の称号をもらいます。
木剣を両手で水平に構えて相手の様子を窺う。
右手で木剣を正面に構え、余裕の表情を見せるルークスに隙はなく、対人戦においての熟練度の差を空気だけで感じ取れた。
「(半端に動くと得意な間合いに動かれそうだなぁ)」
別に決闘しようというわけではない。簡潔にいえば周りに乗せられて模擬戦を受けてしまっただけである。それゆえ、隙は作れないが思考は暢気だ。
「なーにをじっと睨めっこしておる。さっさと戦わんか」
模擬戦を煽った張本人が野次を飛ばす。視線を移せばその隙を狙われるだろうが、直接見ずともその姿は想像に難くない。いつも通り両手を腰に当ててふんぞり返っているのだろう。
相手は強い。それゆえ、姑息ではあるが隙を作る手段が必要だ。勝っても負けても特になにもないが、あっさり負けてお疲れ様、と言えるほど大人ではない。負けるとわかっていても、何かしら一矢報いたいところである。
「君は突進力…というよりも瞬発力に自信があるようだね」
なかなか動きのない展開に痺れを切らしたのか、ルークスが口を開いた。
「それに、とっさの判断力も高そうだ。だから、攻めてこないのだろう?」
そういうと口角を上げてにやりと笑った。
「僕もまだまだ若造だから言えたものじゃないけどね。その若さで『開拓者』の称号をもらえるだけのことはあるよ。とっても冷静だ」
言い終わると同時、前に出した右足を軸に身体を半回転させつつ前進し、左手のバックラーを押しつけるように急速に接近してきた。
反応して踏み込まれた左足を狙って木剣を斜め下に振り下ろすと、そこにはすでに相手の木剣が差し込まれている。誘われたと感づいた瞬間頭をのけぞらせるとバックラーから飛び出すような左掌底が鼻先を掠めた。
「(あっぶね!)」
よろけながら木剣を薙ぎ距離を取る。ルークスも模擬戦で怪我をするのはいやなのか、無理に追わず仕切り直しとなった。周囲からはどよめきが起こる。
「ほらね。僕の奇襲を捌いて見せた。得意技だったんだけどなぁ」
そして、木剣の先を床に突き立て、片手でお手上げの仕草を見せる。
「カシィー様、正直怪我はしたくないのでこの辺で許してもらえませんか?勝ちを取りに行けば数日動けなくなりそうです」
腕を組んで一段高い所で眺めている貴族にルークスが向き直る。
「遍歴騎士とは思えないな、イラド卿。臆したか」
言葉の割にはかなり軽い口調でカシィーモ・キーン・ドーニゲッツが言う。
「ははは、まぁそう仰らずに。久しぶりに楽しめそうなのですが、なにぶん、『誰かさん』に数日分のお仕事を任されておりますのでね。支障が出ては困りますでしょう?」
ルークスの言葉に少しむっとした表情を見せるが、すぐに崩して笑って見せた。
「ま、少し物足りないが、模擬戦はそこまででよかろう。なりゆきとはいえ、せっかくの客人を余興に使ってしまったな」
そういうと俺に目を合わせて右手を小さく上げた。
「ふー」
それを合図とみて構えを解き、大きく息をつく。
「フレッド殿、良い動きであったぞ」
数回の拍手とともに後ろからブランジェさんが近付いてくる。
この間のこてんぱんにされた稽古に比べれば大したことはない…とまでは言いきれない。あの掌底は触れたらまずい類の、殺気を感じた奥の手だ。あのルークスという青年は、こちらが避けてみせるだろうと踏んで繰り出してきたのである。
「正直、もう一度戦えって言われたら降参しますよ」
「ふむ?寂しいことを言うな。次また手合わせる時はフレッド殿も強くなっているだろう。なんなら私がまた稽古をつけてもよいのだぞ?」
申し出に苦笑いを返す。
「なんじゃフレッド、あのようなチャラチャラした騎士なぞぼこぼこにしてやればよかったのじゃ」
「わー!わー!!」
ジョカさんが大声で怒鳴るのを横からシルヴィアが止めに入った。
「ははは、よく騎士の威厳がないって言われますのでお気になさらずに。しかしながら、かの高名な『千色のジョカ』さんに会えるとは思いもよりませんでしたよ。いずれ実戦形式で御手合わせ願いたいですね」
そう笑うルークスに、ジョカさんがむっとした顔を返す。
「なんじゃ若造、サインが欲しいならその身にしかと刻みつけてやるぞえ」
ぴり、と空気が張り詰める。
「(ジョカさん、これ本気で怒ってないか?)」
「これはこれは、もし機嫌を損ねてしまったのであればご容赦ください」
笑いながら胸に手を当てお辞儀する。
「では、僕はこの辺で失礼します。カシィー様、午後の段取りに取りかかります」
「うむ、頼んだぞ」
敬礼と答礼を交わし、石畳の回廊の向こうへとルークスが消えて行った。
俺とシルヴィアは『開拓者』の称号授与にあたり、ここドーニゲッツ城へと招待された。
友人等連れて来ても構わないということで、ジョカさんとブランジェさんもついてくることになった。
地方貴族の城とはいえずいぶん立派な作りで、あちこちに視線を泳がせ緊張していたが、特に問題も起こらず授与式は終わろうとしていた。
そんなとき、先ほどの青年、ルークスの放った何気ない言葉がジョカさんの逆鱗に触れ、なぜかとばっちりを受けた俺が急遽謁見の間でルークスとの模擬試合となったのである。
「そうそう、『千色のジョカ』殿、一つ伺いたいのだが」
ドーニゲッツ卿が思い出したように、玉座からジョカさんに声をかけた。
「ジョカで構わぬ、ドーニゲッツ卿。いかがした」
「であればジョカ殿、私のことも今後はカシィーと呼んでいただけるか。実は『極寒の地』について知るものはないかと調査をしていてね。貴殿もなにか知ることはないかと」
極寒の地とは、大樹の根元より以北の猛吹雪が舞う地域の総称だ。
「ふむ、知ってどうするつもりじゃ。そもそも人が立ち入るのを拒むような土地じゃ、無理に分け入ったところで何も得るものはないぞえ」
腕を組んで大きくため息をつくジョカさん。
「まぁ、そうなのだがね。しかし、今の口ぶりからすると何かしら知っておられるようだが」
「わらわは何も知らぬのじゃ」
訝しむドーニゲッツ卿に即答で返して口をつぐむ。
「なるほど、それは失礼した。では『なにか情報が入れば』ぜひ私にも教えていただきけないだろうか。もちろんその分のお礼はしよう」
小さくお手上げの仕草をして眉根を動かした。
「では、これにて散会といたそう。そうそう、足労いただいた諸君に心ばかりだが土産の品を用意してある。引き続き遺跡探索を頑張っていただきたい」
そういって柱の下で待機していた兵士たちに手で合図を送ると、さらに奥の方の兵士に合図が送られる。
「入口まで案内させよう。リミカ、彼らを玄関まで」
「はい、お兄様」
背後から優しい声が聞こえてきた。振り向くと、ひらひらとした装飾を全身にまとった美しい女性が立っていて、にこりと笑いかけられる。
「みなさま、こちらへどうぞ」
「…ごぁっ!?」
見惚れていると、背中をばんと叩かれた。
「ほら、フレッド、さっさと行きましょ」
「いっててて…」
背中をさすりつつ歩き始める。
「フレッド殿はああいう清楚な女性が好みであるか?」
ブランジェさんに茶化された。
お土産、といってもらったのは止め具の装飾以外はいたって簡素な無地の革のマントだった。
「あの貴族の小僧、なかなか良いものを寄越しおったのう」
さっきまでの不機嫌さはどこへやら。
帰りの幌馬車の上でジョカさんがマントを広げ上機嫌に調べている。
「これっていいものなんですか?」
そう聞くと、答えたのはシルヴィアだった。
「これ、王家献上品のマントと同じものよ。装飾はさすがに安物でしょうけど、それでも品物としてはかなり高いものね」
説明に頷くブランジェさん。
「うむ。シルヴィもなかなか目が肥えてきたとみえる。この革は上品さとは別に、機能的な面でも優れている。特に我々のような冒険者にとっては貴重な、いわゆる拡張性というものだな。ジョカ殿が楽しそうにしているのは、この革がジョカ殿の魔道書の表紙と同様に極めて魔法陣との相性がよいからであるぞ」
なるほど、と返すと、ジョカさんがマントを畳んで鞄に戻した。
「お主らの使っておる保護装具の要所にも同じ革が使ってあるのじゃが、これほど大きな一枚革はなかなか手に入らぬ。毎度切れっ端のつなぎ合わせで作っておったが、これならば面白い魔道具が作れそうじゃの」
ほくほくとした顔で語る。
山間の農道をのんびりとした速度で馬車が行く。
「そういえば『極寒の地』について調査してるって言ってたけど、何かあるんですかね」
ふと先ほどの会話を思い出した。
「あまり北のことには触れぬがよい。あれは挑み散った者たちの墓地。そっとしておくのが無難じゃ」
この話題は嫌いなのか、珍しくジョカさんが取り合わない。
「人はこの世界の根っこで生きることが宿命じゃ。探究心は失うものではないがの、何も得ぬものに命を払うてまで首を突っ込むのは愚か者のすることじゃ」
酷く落胆した表情で、呟くように言い聞かせた。
ほかの二人も俺を見ながら無言で首を横に小さく振った。
「(ジョカさんの触れて欲しくない話題か)」
会話も途切れ、少し気まずいまま、馬車から顔を出して空を見上げた。
「(世界の根っこ、か)」
きらきらと射し込む大樹の木漏れ日を受け、深呼吸する。そして、今度は地面に視線を落とした。
断崖の先、グリーンベッド。さらにその先には、誰も知らない世界が広がっている。だが、俺たちはまだ目の前にあるその世界に触れることすらできていなかった。
馬車の中に視線を戻すと、いつの間にかブランジェさんの膝に頭を乗せてジョカさんが眠っていた。ブランジェさんと目が合うと、人差し指を口に当てて笑って見せる。シルヴィアを見れば、ちょうど大きなあくびをするところだった。
『開拓者』の称号を得、報奨金までもらい、もはや家族への後ろめたいものはない。心の震えのようなものを深呼吸して吐き出し、決意を新たにする。
───父さん、必ずそこにたどり着いて見せる。
気付くと、あくびを見られて真っ赤な顔のシルヴィアが、そっぽをむいていた。
第二章 完
読んでいただきありがとうございます。ここまでを二章とさせていただきます。
次回更新もあまり時間がかからないよう前向きに善処しますので引き続きよろしくお願いします。
感想、ブクマ、誤字脱字報告などなどなんでもいただけると喜びます。
ツイッターはこちら⇒https://twitter.com/pad_asuka




