11話 反省会-3-
やっと反省会始まります。
反省会ってどういう意味だっけ。
「カンパーイ!」
母さん、ジョカさん、ブランジェさんは果実酒、それ以外はフルーツジュースをそれぞれ木のカップに入れて元気よくぶつける。
「んー!アッ!お酒なんてほんっと久しぶり!」
母さんが一気にカップの半分ほど飲み切り、気分よさそうに笑った。
「母上殿はあまりお酒を嗜まれないのか?」
すでに二杯目をシルヴィアに注いでもらっているブランジェさん。
「お酒はとっても好きなのよ?でもほら、私が酔っちゃうと家の中めちゃくちゃになっちゃうでしょう?」
ふふふ、と笑いながらニッキーとリビィ、そして俺に目配せをした。
「この子たちがちゃんとお片づけしてくれるなら、時々でもお酒飲んじゃうんだけどね~」
「はーい!」
よくわかっていないリビィが元気よく片手を上げた。その仕草に見惚れているシルヴィアの手が狂ってブランジェさんの手にお酒がかかる。っていうかもう三杯目…?
「あわわわたたた」
「おっと」
カップを素早く、かつ静かにテーブルにおろし、酒瓶の口を指で押し上げこぼれないようにしたかと思うと、逆の手で布巾を取り出し既に拭き始めている。
「シルヴィ、よそ見はよくないな?」
「あ、あはは…」
赤い果実酒の雫がぽたり、ぽたりと取り皿の上に落ちる。それはまるで手から血を流しているかのように見えて、俺は閉口してしまった。
乾杯以降まったく会話に参加する気配のないジョカさんは次々にテーブルの上の料理に手を出している。そんなにお腹が空いていたのだろうか。野菜中心に食べていそうな印象だったのだが予想に反して肉ばかり頬張っている。
「ジョカ姉!野菜もちゃんと食べてって!」
リスのように口いっぱいに頬張った顔でシルヴィアを睨むジョカさん。
「なんひゃ、わわわのはっへひぇあほう」
「あーーん可愛いーい!!」
「ふごっ!?」
口に入れたまましゃべる姿に、思わず頬を両手で押さえて声を出す母さんに驚いてジョカさんがむせた。
「もう、一応年上なんだからちゃんと行儀良くしてよー!」
「――…っん!一応とはなんじゃ一応とは!」
口の中のものを飲み込んで反論するジョカさんに一同笑っていると、俺の部屋の扉が軽く軋む音を立てて開いた。
「…うー…」
振り向くと、そこには俺の枕を片手に、もう片手で目をこすりながら俺たちをぼーっと眺めるコノコが立っていた。
「おはようコノコ」
俺がそういうと、初めはなんだかよくわかっていない顔をしていたが、段々状況が理解できてきたのかみるみる目と口が開き、泣きそうな顔になっていく。
「ふれ、ふれっどぉー!」
ぽーんとテーブルに枕を投げたかと思うとそのまま俺の顔に飛び込んでくる。
「ふごっ」
「ぬがっ!」
「ふれっどぉ!ふれっどー!」
なんとか倒れずに済ませたものの完全に顔を塞がれて息ができない。後ろから何かが倒れる音がした。
「うふふ、よかったわねーコノコちゃん。『パパ』に会えて~♪」
背中から母さんの声が聞こえる。
「…ジョカ姉、大丈夫?」
「…いいからはよう起こさぬか」
息が苦しくなってきたのでコノコを引っぺがして床におろす。
「ごほっ、ごめんなーコノコ、寂しかったか~?」
口をへの字に曲げて、何か言いたそうに両の手を胸の前で強く握りしめている。目はうっすらと涙が浮かんでいた。
「これっ!コノコ!枕は投げてはいかんぞ!」
後ろを向くと、鼻の頭が赤くなっているジョカさんが椅子の上に立って腰に手を当て、片手で俺の枕を高々と掲げながら怖い顔をしていた。その横でシルヴィアが苦笑を浮かべている。どうやらコノコが投げた枕が直撃したらしい。
「…ぷっ」
「な!フレッド!お主いま笑うたな!」
「っはっは、あーいや、なんかすみません」
思わず笑ってしまい、その顔のままコノコに向き直る。
「ただいま」
笑いかけて、そういうと、への字に曲がった口が小さく動いた。
「…おかえりなさい」
少し強く、そして優しくコノコの頭を撫でた。
コノコに椅子を持ってこようと思ったのだが、膝の上に乗って動かないのでそのまま宴会を続ける。
「コノコちゃん、これおいしいよ!」
「これも!これもっ!」
ニッキーとリビィが一生懸命コノコにテーブルの上から料理を取ってくる。
「おいしーい!」
串肉にかぶりついたかと思うと、振り向いて俺に楽しそうな顔を見せる。
「ほーんとべったりねぇ」
お酒がまわってきたのか、頬杖をつき逆の手でカップを揺らしてにへらと笑う母さん。
「ふむ、習性とはいえこれほど依存しておるのも珍しいのう。可愛くて仕方ないじゃろう?」
食欲もぼちぼち落ち着いて来たのか、今度は酒に手を伸ばしているジョカさんが口を開いた。
「コノコ殿もよいところに拾われたものだ。普通ならば研究所に収容されてもおかしくはないのだからな」
さらっと怖いことを言うブランジェさん。途中で数えるのはやめたが、少なくとも15杯は飲んでいるにも関わらず、頬が少し赤くなっているだけでなんともなさそうだ。
「お子さんもいるのに、コノコちゃんまで増えちゃって大変じゃないんですか?」
シルヴィアはすでに食べるのも飲むのも止まっている。
「うふふ、3人も4人も大して変わらないわ。ほら見て、あの子たちも楽しそうだから」
お酒をひと口含み、俺の周りを取り囲んでいる兄弟たちをカップを持った手で示す。
「みーんな、私の子供たちよ」
そういう母さんを見ながら、シルヴィアがそっと微笑んだ。
小さい兄弟がいても、冒険者になって稼いで来るようになっても、母さんにとっては俺も子供なのだろう。
「まだフレッドもそんな歳じゃないから、さすがにコノコちゃんは孫には見えないわ~」
カップを置いて背もたれに身体を預けると、ぎしりと椅子が軋んだ音を立てる。
「早く孫を見せてね」
俺の目を見てそんなことを言う。
「そのうちね」
「またまたー」
俺の返事に手をひらひらとさせて、周りの女性陣に目を泳がせた。
「鈍感なくせにもてるのは、ほんと、あの人と一緒なんだから」
「げほっこほっ!」
水に口をつけていたシルヴィアが突然むせた。
「母上殿、失礼でなければフレッド殿の父上のお話を聞きたいのだが…よければ馴れ初めなど」
ブランジェさんが母さんのカップに酒を注ぎながら聞いた。
「あら、聞きたいー?あの人…二ール・グレンゼルのこと」
注がれた酒を飲むために背もたれから身体を起こし、カップを取ると両肘をついてにやりと笑った。
「二ール…?」
ジョカさんが反応した。
「今の若い子はあんまり知らないでしょうけど、この辺りじゃ便利屋で結構有名な人でね。気のいい人で、腕っぷしも強いからよく喧嘩の仲裁に呼ばれてたわ」
母さんから口から語られる父さんの話は、今まで聞いたことのない内容だった。
「こう見えて、私は昔は大道芸の踊り子をやってたの。いろんなところを旅して回ってるときに、この村で仲間の一人が酒場で喧嘩しちゃって。その時あの人が仲裁に入ってきたのが出会ったきっかけ」
母さんの過去も、今まで聞いたことはなかった。みんな興味津津に聞き入っている。
「その喧嘩で仲間がしばらく芸ができなくなるぐらい怪我しちゃって。今ほど治療魔法も発達してなかったから、しばらくこの村にいることになったの。そしたら、あの人がね、路銀集めるのも大変だろう、って数日に一回公演できるように村の人を集めてくれて。それ以外でも農作業の手伝いとか紹介してくれて、親身になって私たちの世話をしてくれたのよ」
酔いも回ったのか、少しとろんとした目で揺れながら続ける。
「それで、今となっちゃ恥ずかしいんだけど、私の方が惚れちゃってさー。でも私も踊り子で自信があったから、なかなか言い出せなくって。ちょっと挑発とかもしてみたんだけど全っ然気付いてくれなくって。仲間の傷が治って村を後にするって時にもう我慢できなくって、ほっぺた引っ張りながら『わ・た・し・い・な・く・なっ・ちゃ・う・わ・よ・ー!』って!そしたらさ」
懐かしそうに、恥ずかしそうにもじもじと指を絡ませた。
「『止めたらずっといてくれるのか?』だーって!『早く言えバカ!』って言って頬ひっぱたいて抱きしめたわ。それが、あの人と結婚してここに留まることになった理由よ」
我が親ながら、こういった話は恥ずかしい。母と一緒に赤面する俺とは対照的に目を輝かせながら話に夢中のシルヴィアとブランジェさん。
「ちなみにだけど怪我した仲間は、看病してくれてた娘といい関係になっちゃって、そのまま旅に連れて行っちゃったわ。ちゃっかりしてるわよねぇ」
酒のせいか恥ずかしいせいか、火照った顔を手で仰ぎながらごまかすようにそんな話をはさむ。
「お人好しすぎてしょっちゅう損なことばっかりやってる人だったけど、周りの人からはすごく好かれてて。お茶の貿易商の人からも娘を紹介されてたわ。結局、その娘はフレッドのギルドのマスターと結婚したんだけど。ほんと、本人は気付いてないけどもてるもんだから、せっかく付き合ってるのに結婚するまではずっとはらはらしてたわよ」
愚痴なのか、のろけなのか。眉間にしわを寄せながら、それでも口の端はほころんでいる。
「フレッドが生まれて、しばらくしてニッキーが生まれて、リビィを身籠って。このままずっと平和に暮らしていくんだと思ってたんだけどね」
ふっと悲しそうな顔をする。
「ふむ、そうじゃ、やっと思い出したぞえ。二ール・グレンゼル。最初のグリーンベッドジャンプを成功させた十人の青年のうちの一人じゃ」
ピンと来たジョカさんが口をはさんだ。
「そう。『大開拓令』が出た時に、落下傘で飛び降りる計画が立ち上がって。あの時はどこも不景気で、報奨金は欲しかった。けれど、命をかけてまで飛び出す勇気は誰もなかったの。この村も首都の不景気の煽りを受けて、いよいよまずい、ってなったときに、あの人が志願して出て行った。すごいわよね、この大陸全体からたった十人しか志願者がいないうちの一人だったのよ」
それを話すと、場の空気は一気に重くなった。ここからは俺も知っている話だ。
「母上殿は、グリーンベッドジャンプに志願することは納得されたのか?」
その質問に、頭を振って応える。
「一週間ぐらいかしら。もう最後は声が枯れてて何言ってるか自分でもわからないぐらい。子供たちもいるのにどうしてそんな危険なことするのって。生きてても帰ってこれるかわからないのに。でも、いくら言っても、あの人の意志は固かった。今でも後悔してるわ。足の一本でも折って止めるべきだったって」
幼いころの自分はなぜ二人が喧嘩しているのかはわからなかった。今なら、わかる。
「結果的にグリーンベッドジャンプは成功して、全員の無事を知らせる狼煙が上がって。フレッドは憶えてるわよね?あの物見やぐらに何度も行ったのを」
頷いて返す。そして、あの時の風景が鮮やかに思い浮かんだ。
大樹の木漏れ日の中、断崖の立ち入り禁止区域の近くに簡素な素材で建てられた、とても高い物見やぐらを一段ずつ母さんと上っていったこと。
足のすくむ高さで手すりにしがみつく俺を、母さんが抱き寄せてくれたこと。
遥か眼下にかすかに見える煙を見て、『ほら、お父さんあそこにいるよ』と頭を撫でていたこと。
「あの人が飛び立ってからとてもたくさんの人たちが後を追うように飛んで行った。それが、最初はちょっとだけ誇らしかったの。私の旦那はすごいことをやってのけた。英雄になったんだって。でも、煙が段々上がらなくなっていって。ついにひとつも煙が上がらなくなって、落下傘での現地開拓は失敗したんだってわかって」
母さんの目には涙が浮かんでいた。その顔を見て、コノコも釣られたのか一緒に涙目になっている。
「あら、ごめんなさいコノコちゃん。一緒に泣いてくれてありがとう」
身を乗り出してコノコの頭を撫でた。
「今でこそ最初のグリーベッドジャンパーズなんて言われて持ち上げられてるけど、当時は飛び立った人の遺族からの風当たりが強くてね。でも、あの人に世話になった村の人たちが守ってくれて。今でもあの人が私たちのこと守ってくれてるんだなぁって、思ったりするわ」
そういって、母さんは笑った。
「ごめんなさいね、暗くなっちゃったわ。ささ、私にお酒飲ませたんだから、今夜は朝まで付き合ってもらうわよ!」
「ふふふ、明日は我々も用事がない。いくらでもお付き合いしよう」
ブランジェさんがいつもの笑顔で応える。
「ニッキーとリビィはそろそろ寝て朝の牧場の手入れをやってちょうだい。明日は私は起きないわよ」
「はーい」
「まかせてー」
母さんの指示をすんなりと聞き入れて、俺の部屋の隣の部屋に二人並んで引っ込んでいく。
「コノコはまだ起きたばっかりだから眠れないよな」
「うー?」
口の周りに食べかすをいっぱいにつけて俺の顔に振り向く。その頭を撫でると、嬉しそうに目をつぶった。
「そういえばコノコに土産があったのじゃ。まぁ、明日でもよかろうな。今夜は飲み明かすとしよう」
ジョカさんが酒をあおり、空いたカップをシルヴィアの前に差し出す。
「フレッド、この二人が飲み明かすって言ったらほんとに夜が明けるわよ」
「あら、楽しみだわぁ!ねぇねぇ、ブランジェちゃんの好みの男性ってどんな人かしらー?」
シルヴィアの言葉に嬉しそうに母さんが反応する。
「酒が足りるかのう」
気付けば空いた酒瓶の山。
「大丈夫よ、普段飲まないからしょっちゅう贈り物でもらってたお酒が裏手にいっぱいあるわ」
言われてみれば、ちょっとした店ができるほどに酒が積まれているのだった。
「っていうわけでぇ、裏からいっぱい持ってきてくれるかしら~」
「はいはい。ほら、コノコも一緒に行こうか」
「いくー!」
膝の上からコノコを下ろし、手を引いて裏に向かう。
そして夜は深まり、宣言通り太陽が昇るまで宴は続いたのだった。
これにて反省会は終わりです。次回からまたちょっとずつお話が進んでいきます。
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