契約違反? 取り立て屋なめんな
『それで、ルミナスナイトにはなっていただけるということでよろしいですか?』
「うん、まぁ、いいけど。なんで人に頼むの? ハニエルだけでも十分なんじゃない?」
牛頭鬼はハニエルが撃退したはずだ。
だから無理に私なんかを雇わなくてもいいはずである。
『瘴気のせいです』
「瘴気?」
『瘴気とは魔界の空気のことなのよ。あの学校に出来た魔穴、魔界と人間界を繋ぐ穴のことなんだけど、そっから漏れ出てきちゃうのよ』
『私たち天使はこの瘴気に触れると力が格段に落ちてしまうのです。もちろん、堕天してしまえばどうということではないでしょうがね。魔物は逆に天界の空気、仮に聖気とでも呼んでおきましょうか。聖気が毒になるわけです』
「結論、天使は瘴気に弱くて、魔物は聖気に弱い?」
『まぁ、そんなところです。ですから、私たちでは低級魔族でも瘴気のある場所では脅威になってしまうのです。そこで聖戦士が出てきます』
『一応、人間にも毒であることには変わらないんだけど、ほら、小影ちゃん、今まで平気だったでしょ? 人は受肉している分、天使や悪魔よりも聖気邪気に耐性があるのよ』
『ですから、大して能力が半減することもなく、さらにルミナスストーンで身体能力が高められているのですから、魔物が相手でも十分に戦えます』
『魔穴塞ぐだけなら楽なのよ。でも、周りに何匹か徘徊しているみたいだから』
……でも、私があの牛頭鬼相手に戦えるだろうか。
『ではでは、ルミナスストーンを渡すのよ』
不安に曇る私に、差しだされたハニエルの手。
掌には白銀の小さな石が乗っていた。
『手に持って』
言われるままに石を受け取る。
『私に続いて言葉を紡ぐのよ』
『ハニエル様の言葉を復唱してください』
言葉の復唱ねぇ。とりあえずそれっぽく言えばいいのかね?
『我、聖小影は、熾天使ハニエル・ルーマヤーナを主とし』
「我、聖小影は、死天使ハニエル……ルーマヤーナ? を主とし」
『平和と秩序を願い、共に歩み、共に助け、共に戦わん』
「兵は盗地都除を願い、友に亜由美、と茂仁、太助……兎藻煮、多々買わん?」
『聖戦士ルミナスの称号をここに授かることを宣言する』
「清泉汁味茄子の商業を個々に茶豆狩ることを千言する」
言葉を終えた瞬間、石が光り輝いた。
私の体を光が包む。
おおぅ、適当に言っても言葉が合ってればいいのか。
『ルミナスアーマーを思い描きなさい。小影ちゃんの思い描いた着衣に変化するのよ。できるだけ動きやすい服装を思い浮かべるのがいいのよ。あんましゴツイと魔物との戦いで動きにくいのよ。武器も思い描くことで出現するのよ。名前を付けとくとイメージしやすいのよ。石は消えるけど、解除したら右手の甲に聖痕が出来るのよ』
一気に言われても……語尾の「のよ」が強調されて理解できないし。
とっさに服なんて考えにすら浮かばないし……
辺りを見回す。何かないだろうかと……って、あれ?
不意に今見ていた漫画が眼に入った。
瞬間、私の目は持ち前の瞬間記憶で即座に記憶する。私の服が弾け飛ぶ。
細かい粒子に千切れて混ざり、光とともに私を包む……って、待った、ちょい待ったらんかいッ!
ファニキエルが、男が見てるッ!
はだ……裸……見られ……
粒子が私に纏わり付いて、再結晶。
新たな服に構成されて、私の体を包み隠す。
『なんとまぁ……歪なファッショぶッ!?』
ファニキエルが私の服の感想を言い切る前に、上気した顔のままに怒りの鉄槌。
正拳突きが見事に決まった。
ファニキエルが物凄い勢いで壁にめり込む。
家が倒壊するかと思えるくらいの轟音が響いた。
『クリーンヒット~ッ! さっすが小影ちゃんなのよ』
きゃいきゃいと楽しそうに喜ぶハニエル。
確かに、身体能力は格段に上がっていた。
だした拳は思った以上に素早くファニキエルの鼻面に届いたし、威力も目で見て分かる。
普通なら、どんなに強くてもファニキエルがその場で倒れるくらい。今みたいに吹っ飛んだりはしないだろう。
「ねぇ……ハニエルさんよ」
でも、そんなことはどうでも良かった。
私は性格を借金の取立てにくらいしかみせないダークモードに切り替える。
目元は絶えず笑みを、口元はニッコリマークみたいに、でも、目だけは全くといっていいほど笑ってない。
普段は見せることはない。借金を返さない奴にしか見せたことのない殺意の混じった表情。
「裸になるなんて、聞・い・て・な・い・ん・だ・け・ど?」
『あ、あら~、め、め~なのよ、そんな恐い顔しちゃぁ』
「契約違反じゃない? ……ねぇ?」
『え、え~とぉ~、ご、ごめんなのよ、私たちは裸とか興味なかったりするから説明し忘れてて……その……』
「ねぇ? 全裸で商店街吊るされるのと剥製にされて全裸で博物館に飾られるのと……どっちがい~い♪」
『あ、小影ちゃん? あの……』
クスッ
俯いて、私は笑った。
異様な恐さだったのかハニエルの目に涙が浮かぶ。
『ゆ、許してなのよ~』
恐怖に駆られたハニエルが窓から逃げだした。
背中に羽が出現し、すぐさま大空を羽ばたいて逃げていく。
おや、借金取りから逃げる気ですか? 当然、許しませんよ?
取り立て屋なめんな。徴収に関しちゃ右に出るモンはいないんだよっ!
「逃がすかッ!」
借金をした奴も良く逃げる。
外国籍のマイケルだって、五十万借りたまま外国に高飛びした。
私は停泊していた漁船を奪い、領海侵して砲撃されながらもマイケルの国に侵入し、苦難の末に家を見つけだし、逃げだしたマイケルに指弾を打ち込んで仕留めた女だ。
あれはそう、初めての取り立てで先生に無理矢理回収させられたのだ。
あの時は泣きながら先生に付いて行ったっけ。
そう、指弾。はるか昔、農民たちが戦うために編みだされたといわれる攻撃方法で、路上の小石を指で弾くというもの。
たいした威力はないが、相手の目に当たれば失明、別の場所でも痛みに仰け反るくらいはダメージを与えられる。
ルミナスアーマーで強化された肉体ならば……
机から消しゴムを取って窓をでる。
窓枠から上半身をせりだし、練り消しをハニエル向かって弾き飛ばした。
練り消しだとは思えない速度で飛んでいく。
スコ~ンッ
と音の聞こえそうな当たり方。
ハニエルがグラリとよろけて墜落していった。
伸びているファニキエルの首根っこを掴み上げ、窓から無造作に放り投げる。
「二度と顔見せんなッ! クサレ変態鳥人間共ッ!」
叫んで窓を閉める。しっかり施錠。
息を付いて、思い立つ。この怒りは緑茶でしか治せそうにない。
結局、もう一杯の至福を味わってから歯を磨いて熟睡する私だった。
登場人物
聖 小影
現在16歳、彼氏いない歴イコール年齢の少女。
基本金かお茶にしか興味がないので、金貸しの回収を行う以外は緑茶をすすってぽけっとしている。
特技に瞬間記憶を持ち、金貸し業の関係で覚えた指弾とデビルスマイルを得意とする。
座右の銘はお前の物は俺のモノ。貸したら返せ命を掛けて。
聖戦士になったようです。
結城 杏奈
現在16歳、彼氏無し。
小影曰く、紫色に染めたけど、髪が伸びたせいで半分より下だけが紫色になっちゃったとっても可哀想な人らしい。
不良生徒になりかけていたが、小影に打ちのめされて以降小影のツッコミ役にされる。
姐御肌らしく悪態付きながらも手伝ったりする様が密かにクラスメイトから人気を集めている。
ハニエル・ルーマヤーナ
神の愛と称される大天使の一人。
全ての愛される要素を内在し、顔は清楚に、身体は妖艶に。でも思考は限りなく幼児に近いある意味残念な存在。
ただし内包する知恵と頭の回転は凄まじく、先見の明を持つため落ち零れとされる天使から大天使候補の原石を発見するのが上手い。
ファニキエル・シュイタット
ハニエルにより見出された落ち零れの天使。
前回の天使試験で見習いのまま消失の危機を迎えていたが、ハニエルにより見出され付き人のような役割についている。
未だハニエルが見出した実力は開花しておらず、実力は限りなく弱い。
牛頭鬼
黒い靄から発生した悪魔。
黒い靄で移動し、人間あるいは天使を見付けると出現し、戦闘を行う。
夜間の校舎内を見回る様に動いている。