第百二十九話 ムスタングへの道中
「それではヒデ、大浴場みたいに大きくなくていい。オルギアが入れる程度で良い。暇な時に作れば良いからな」
オルギアに与えた鉄腕の調整、その他諸々の為にファース辺境伯に会いに行く。
急ぎの用件でもないし、少々行く者が多いためやや長い期間ダンジョンを空けることになるだろうが、スズリが何とかしてくれるだろう。
全員に役割を与えているし、キュウが材料を回収し、ヒデが道具を作るという流れは確認出来ている。今は注文が絶えず、大変だろうが帰ってくる頃には少しは落ち着いているだろう。
「オルギア、鉄腕とミスリルは持ったな? トドンは特に持って行く物はないか。手紙? まあ良い。ヴィは、全員揃っているのか? はぐれないように注意しろよ」
今までに何度か帝国に行ったことはあるが、こんな大所帯は初めてだ。トドンは心配いらないが、オルギアやヴィら粘液生物は魔族だ。間違って人族に襲われないように、襲いかからないように注意しなければならない。
首領悪鬼を討伐に向かう時は違う緊張感をもって、俺たちはアンダルに向かった。
俺っていらなくね?
ダンジョンを出て四日、ようやくアンダルの近くまで来られた。
トドンの足が遅いためにやや時間を食ったが、決して不便な旅路ではなかった。
オルギアが近くの魔物を察知して狩っては、粘液生物に皮を消化してもらい、それを焼いて食う。それの繰り返しで危険もなければ空腹もない、毒のある植物などはオルギアが押してくれるので触れる危険もなし。非常に安全な旅路だった。
ただ肉を焼く火を見つめて自分の存在意義を考える寸前まで来ていた。すぐ隣に本当に何もしていなかったトドンが居なければ危なかった。
しかしここからは違う。アンダルは人族の町。オルギアや粘液生物の出番はない。でも俺の出番があるわけでもない。ただファース辺境伯にこれから向かう旨を連絡してもらうだけだからな。
何事も起きるはずがない。
「そこで止まれ! 動くな!」
門の前には槍を構えて震えながらも叫ぶ門番。そしてぞくぞくと集まってくる完全武装の人族たち。そして町からは悲鳴が聞こえてくる。
……あるぇ~?
アンダルの代官に就任し、冒険者ギルドの問題もあの執事が解決してくれたようで、あれ以降何ら問題は起こっていない。
ファース辺境伯が騎士団を率いてオワの大森林に入るなど上の方は忙しそうだが、下っ端の代官は仕事が減りつつあり、誰にも見つからずに昼から酒が飲めるというもの。
今日はどれにしようかと、棚の奥に隠してある酒瓶を眺めながら悩んでいると。
「カーヴェ代官! 大変です! 急いで門まで来てください!」
バンと勢いよく開かれた扉と切羽詰った様子の衛兵。酒を飲んでいるのがばれたのかと驚いたが、どうも様子が違う。
何があった、などと聞く暇のなく衛兵に手を引かれて門へ。そこで見たのは。
オワの大森林の魔王、ノブナガとその配下と思われる粘液生物の群れと片腕の大悪鬼。それと何故かドワーフも居る。
「カーヴェ代官、どうしますか!?」
「待て。ちょっと待て」
何故ここに魔王が居る? 来るなどと言う連絡は、ない。そもそもあの魔王が一度もそんな連絡を寄こしたことなどないが。
それと門番や衛兵も過剰に反応し過ぎだ。
確かに魔王だ。それが大勢の魔族を引き連れてきたら攻めてきたと考えるかもしれない。だがあれにその考えは間違っている。
ファース辺境伯と交友があり、あの執事が臭わせてきたことだが皇帝陛下とも面識があるらしい。となれば武器を向けるなどという一般的な魔王としての対応は非常にまずい。貴族や王族のように扱えと指示は出してあるはずなのだが。
やはり元からある意識を変えることまでは出来ないか。
「話をして来る。それと遅いだろうが対応は失礼のないように、だ。武装を解除し市民に安全を伝えておけ」
魔王を前に武装を、と衛兵は不満そうな顔をしたがこちらからすればそれこそ不満だ。
もしもあの魔王が本気で攻め込んでくるのであれば粘液生物などと対応しやすい魔族ではなく、蜥蜴人など戦闘能力に長けた種族を連れて来ているはずだ。
門番を下がらせて前へと出て話を伺いに行けば、魔王も後ろの配下達に待機を指示して近づいて来てくれる。
うむ、やはり攻めに来たという雰囲気ではない。もしそうであれば既に死んでいるだろう。
「お久しぶりです、魔王様。今日はどういったご用件でしょうか? それと出来れば大勢で来る場合は事前に連絡して頂けると嬉しいです」
「ああ、すまない。今は忙しくて手が足りない状況でな。ここに向かわせられる者が居なかった。それと用件なのだが、ファース辺境伯に鍛冶師を紹介してほしい。この義手をオルギア、この大悪鬼に合わせられる鍛冶師を」
確か、ファース辺境伯が首領悪鬼は死んだと言っていたな。そして西の山脈で働ける鉱夫を募集するとも。人手が足りないから寄こせと言う命令だと思っていたが。
魔王が魔王を、ノブナガが首領悪鬼を倒したということか。そして欠員やら補充で忙しいのだろう。この大悪鬼は首領悪鬼の所に居た大悪鬼なのだろう。
しかし魔王。いやもうノブナガで良いか。ノブナガも難儀なことを要求する。
何せ見せられた義手は人族用と思われる義手で、大悪鬼は人族を丸かじり出来るような大きさだ。これを調整、いや改造できるような鍛冶師などいただろうか。
「分かりました。では早馬を出してファース辺境伯にお伝えいたします。ええっと、それでは」
そんな面倒なことを考えるのはファース辺境伯の役目。
次の言葉を紡ごうとして、固まる。
アンダルに用はないようなので、見送るか? 馬車などに乗せられるのなら出来ただろうが、馬車など乗れば壊してしまいそうな巨体の大悪鬼と隙間から漏れていきそうな粘液生物の群れ。まともに乗れそうなのはノブナガとドワーフのみ。
移動方法は徒歩しかない。そんな相手に、用件は分かりました。ではここまで歩いてきたのでしょうがどうぞそのまま歩いて行ってください、などと言えるはずもない。
失礼のない対応で考えれば一泊、ないし一度休憩してもらってから見送りが妥当だろうが、市民の心情を考えればこちらも……。
頭が擦り切れる程に考えを巡らせ、導き出した答えは。
「少し、休憩されますか?」
優先すべきはノブナガ。
市民の感情を優先するはアンダルの利益。
ノブナガを優先するは帝国の利益。帝国の利益とはすなわち国民の利益。
国民と市民、どちらを優先すべきは国民である。
代官としては市民を優先したい。されど、上司がファース辺境伯である以上そんな甘い判断は出来ない。酒が飲みたい。
「そうだな。こちらの用件を伝えてくれるならもはや急ぐ用件はない。少し休みたいな。しかし、オルギアが入れるような建物はあるだろうか?」
チラリとノブナガの後ろで待機している大悪鬼に目を向ける。
アンダルの門を僅かながらも頭を下げなければ通れぬ巨体。それが入れる建物など厩舎くらいだろうか。いや、そこも怪しい。
代官の屋敷もあるが、やはり無理だ。あの巨体が入れる場所ではないし、建物の前で待たせれば周囲を無駄に怖がらせてしまう。
どこか、あの巨体が入れそうな建物はないか。少しの間でも良い。
「……倉庫、のような場所になってしまいますがあります。今は空に近いのでオルギア殿が大の字なることも可能な広さです」
「倉庫か。それなら確かにオルギアでも入れるな。それはどこにあるんだ?」
あそことはもう縁が切れているはずなんだが、中々に離れられんな。
「魔王様も知っている場所、冒険者ギルドですよ。今回はそこの解体場兼倉庫になりますが」
冒険者ギルドの解体場兼倉庫。前であればオワの大森林から得られた素材などが多くあったのだが、ノブナガの誕生で一切得られなくなったため何もなく、解体時に飛んだ血の染みが残る空倉庫となっている。
「このような場所で申し訳ありません」
空倉庫なので椅子や机などはなく、用意する前にノブナガは地べたに座り込んで休んでしまった。一応いすや机を用意する旨を伝えたのだが、そこまで気を遣ってくれなくていい、今更ながらの遠慮をされてしまったので私もそれに付き合うしかない。
「いやいや、こうして食べ物を譲ってくれるだけでもありがたい。ワリの実ばかり食べているのでな。野菜やタレの染み込んだ肉などは非常に嬉しい」
ワリの実ばかり、というのは交易の宣伝なのか別の意味があるのか。ノブナガの発言に注意しながら相手をする。
ノブナガはこちらが出した物を疑いもせずに食していく。ある程度の信用を得ているのか、それとも単純に毒など効かぬ身体なのだろうか。
「あらあら、ありがとねー」
そんな神経を削るような行為をしている傍らにはギルドマスターの婆さんが居る。倉庫の使用を許可してもらうため顔を出したのだが、ノブナガの顔を見て久しぶりに会ったお客さん程度のノリで付いてきたのだ。
今は隅の方で集まっている粘液生物の相手をしてくれているので実害はない。
「ああ、それと。この場合は代官就任おめでとう、と言うべきなのか。すまない、ギルドマスターと代官ではどちらが地位的に上なのか分からないのでな」
「ははは、中々に難しい所ですね。組織が違うので何とも言えませんが、管理するものや責任、給料の多さから言って代官の方が上ですかね。ですので、ありがとうございますと答えさせていただきます」
今のところは順調。ノブナガは食べ物を嬉しそうに食べてくれているし、ドワーフもとりえあず酒を出しておけば不機嫌になることはない。オルギアという大悪鬼は大食らいではあるが対応できない量ではない。粘液生物は、何をやっているんだ?
婆さんはまるで子供や孫を相手にするかのような対応……、いや誰でもあんな対応か。
しかし粘液生物はもぞもぞもと蠢ているし、婆さんはあらあらと嬉しそうにしている。
「何を、しているのでしょうな?」
「ん? ……確かに、何をしているんだ?」
こちらの視線に気づき、ノブナガも隅で何かしている婆さんと粘液生物に目を向ける。
婆さんが偉いやありがとう、などと言って粘液生物の頭、頭頂部? 何といえば良いのか分からないがとりあえず撫でているようだ。
……撫でて感触が変だと思わないのだろうかあの婆さん。
「ヴィよ、何をしているのだ?」
「ん~? 取ってる!」
取ってる? 何を?
ノブナガが腰を浮かして見に行く素振りも見せたので私もそれに続く。
何かを立てかけておくには便利そうな隅。婆さんと粘液生物はそこで。
「……綺麗になっている?」
掃除、何てものではない。血の染みは消え、壁の傷などに入り込んでいた毛なども全て無くなり、傷だけが残った綺麗な地面と壁となっていた。
「早速動いていたのか、ヴィ。小さな傷の隙間のものまで消化できるんだな。周りと比べると随分と綺麗になる。傷跡は残ってしまうがこれはどうしようもないな。うむ、これなら十分に売り込めるな」
「お掃除ありがとうねえ。これあげちゃう」
そう言って婆さんが取りだしたのは俺が酒のつまみ用に隠している燻製肉。ギルドマスターをしていた頃にたまになくなると思っていたら、婆さんが勝手に取っていたのか!
……文句を言いたい、問い詰めてやりたい。しかし今はそんなことをしていられない。粘液生物が与えられた燻製肉を分け合って消化するのも黙ってやり過ごす。
何せノブナガが、非常に気になることを言っていた。
売り込める、と言ったのだ。粘液生物の消化能力を使った清掃を見て。
それが人族と魔族の融和となるのか。それともノブナガの戦略なのかは分からない。
ただ一つ言えるのは。
先程ファース辺境伯に早馬を出したが、もう一度出す必要が出てきたと言うことだ。




