第百二十六話 女の争い
第二階層が出来た。
新たな種族や新入りが加わった。
まあ、そんなことはどうでも良い。
私たちのやることはノブナガ様に言われたことと、ノブナガ様が望むこと。
そしていずれは、ノブナガ様の隣に……。
「最近マツの動きが怪しいのでは?」
イチから一種の休戦協定だとすぐに分かった。
「確か、卵を産む許可を、自種族を増やす許可を求めていましたね」
私はそれに乗ることにした。
「蛇人は私たちと同じく女性しか居ない種族。一体、誰にお願いするつもりなのか」
他の魔族の可能性はある。ライルやトドンの可能性もある。しかし、ノブナガ様の可能性もある。
許容、しかねますねえ?
「ではイチ、私の方で釘を差しておきましょう」
「ではラン、私の方で監視しておきましょう」
優先すべきは内部の敵より外部の敵。
ふふ、ふふふ、ふふふふふ。
大変珍しく、皆に見送られて住居を出る。見送られることすら滅多になかったのに。
早速にマツに釘を差しに、と思ったがマツの情報を集めてからにする。
蛇人について私はあまり知らない。変な脚をしていましたねえ。
この手の事に詳しいのは……。
「ひえええええ~」
「駄目ったら駄目ー!」
情けない悲鳴と怒った様子の声が聞こえて来た。どうしたのかと向かってみれば。
木人にまとわりついている粘液生物がいた。
……仲睦まじい。そうしましょう。
関わるのも面倒なので早々にその場から離れようとしたが。
「あ、ランだ!」
見つかった。チッ!
出来れば相手にしたくなかったが、見つかってしまったものは仕方がない。適当にあしらってすぐにこの場から離れよう。
「ヴィに木人ですか。珍しい組み合わせ、でもないですね。何も出来ずに粘液生物に蹂躙される木人はたくさん見ました」
ヒィィ、と悲鳴を上げながら木人がこちらを向く。
何だその反応は? 私が怖いみたいじゃないか。焼くぞ?
「それでは私はこれで」
見つかってしまってもすぐにこの場を離れれば問題はない。面倒事にわざわざ首を突っ込む理由もない。
それに木人の反応からして向こうから関わってくることはない。だが。
「聞いてよー」
ヴィがいる。誰に対しても変わらない態度で躊躇なく接してくるヴィが。
「どうしました?」
「木人がねえ、勝手に取ろうとするー」
……? 理解できない。何の話をしている?
ちらりと説明を求めるように木人に目を向けるが、悲鳴を上げるだけで意見を言おうとはしない。何の役にも立たないな。薪にしてやろうか。
「ええっと、ヴィ。その説明では分からないのですが?」
理解できなければ適当にあしらうことも出来ない。こういう時は他の誰かが補足してくれるのだが、今は使えない木人しかいない。
ヴィとの会話は疲れるのですが。
「これ! これを取ろうとした!」
そう言ってヴィが示した穴の中にあったのは、目にも入れたくない汚物。
すぐに手で顔を覆いながら距離を取る。
「ええ、なるほど。理解しました。ヴィがそれを求めるのは分かります。ですが何故木人もそれを?」
「え、栄養になるんです。土に混ぜて、葉に混ぜて、栄養に。た、助けて」
何故最後に命乞いをした? ノブナガ様の許可なく燃やすわけがないだろう。
とにかく、ヴィと同じように木人も汚物を利用すると。
樹霊が森人を食っていたようにもしゃもしゃと食うのだろうか? 良く分からない。辺りを汚すような真似は避けて欲しい。
しかし、面倒な問題だ。
「今まではヴィたちの独占でしたからね。分けろ、と言ってもヴィからすれば取り分を取られたようなものですよねえ。だからと言って、木人に分けないのも、ノブナガ様の意志に反しますか。ヴィ、貴方の取り分を多めにしますから、少し木人に譲りなさい」
一番いい方法としてはノブナガ様に決めてもらうことだが、この程度の問題にノブナガ様の貴重な時間を割くわけにはいかない。ただでさえ、二階層が出来て様々な変化が起きて、それらを報告、問題があれば対処してもらっている。
これ以上ノブナガ様の負担を増やすわけには行かない。
「えぇー」
「新種族や新入りが増えて消化すべきものは増えたでしょう。それに、今度ノブナガ様と共に外に行くのです。その間も残った者だけで今と同じ量を消化するのは大変ですよね」
ううー、としばらく悩むように震えて、ヴィは諦めるように弾力がなくなり水たまりのように薄く広がった。
「半分連れて行くし、しょうがないねー。じゃあ少しねー」
……半分? 半分を連れて行くの!?
ノブナガ様が許可したのか? 何名か、と言っていたが半分とは。お優しいノブナガ様なら許可されるだろうが。
「で? 少しってどれくらい?」
何故揃って私の方に向く。それくらい自分たちで決めようとしないのか。まあ、私がこの中で第三者であり、中立な立場だからといえるだろうが、絶対にそんなことは考えていない。
「まあ少しですから量を測って、なんてありえませんね。となると、割合ですから九対一か、八対二辺りが妥当ではありませんか?」
粘液生物と木人の数の差を考えつつも、面倒になったので適当に決める。
適当に決めようが厳格に決めようが木人は粘液生物に文句は言えず、粘液生物も自分たちの物を盗ったと思ったから文句を言っていただけで、配分を決めれば少なくない限りは何も言わないだろう。
「それで良いなら、穴を十個ほど掘り、その内の一つか二つを木人に。残りをヴィら粘液生物の分にすれば良いと思いますよ」
なるほどー、と言ってヴィはすぐに穴を掘り始めた。
……もう私は必要ないだろう。ヴィは穴を掘るのに夢中のようだし、木人もこちらに話しかける度胸は無い。
静かに、ただし素早くその場を後にした。
マツに、蛇人に詳しい者を探さないと。
まあ、蛇人に詳しい者など蛇人自身を除けば思い当たるのは一人しかいない。
スズリだ。知識だけは多くあるあの者に聞けば分かるだろう。しかし、どこにいるのだ?
ノブナガ様に命じられた役割を考えれば大抵の者はどこにいるのか見当が付くが、スズリは与えられた役割が多すぎる。どこにいるのか分からない。
だからと言って探し回るのも面倒だ。
……ふむ。
その時にふと視界に移った空を飛ぶ鳥人。すぐに姿が見えなくなったが、どの方向に居るのかはおおよそ分かる。
「空から探させますか」
鳥人が居たであろう場所に向かう途中。
「走れ! 体力がない奴が生き残れるか! いずれ死ぬなら今ここで食らい殺すぞ! 走れ!」
新入り共の訓練に遭遇した。訓練と言えばアリスの役割だが、新しく配下に加わったオルギアも訓練の指導役となった。
粗暴な見た目とは裏腹に、非常に理知的だと行軍中は思っていたが、こうして訓練をしている姿を見ると怖いものだ。
しかし哀れな新入り共。同種族の者が居れば応援していたかもしれない。誰もが今にも死にそうな顔で走っている。ただ。
「邪魔ね」
体力も尽き、気力も尽き果て、ただ背後に迫るオルギアと言う恐怖から逃げるために足を動かしているだけ。非常に遅いのだ。歩く速度の方が早いくらいだ。
しかも足の速さに個人差があるために長い列となり、私の行き先を塞いでいる。
……叩きのめしながら前に進めば良いですね。
もしもここに居る者たちが元気な状態であったとしても私は負けないだろう。今にも死にそうならすぐに倒れる障害物でしかない。
手始めに一番近い奴に、と手を伸ばそうとして。
「おお、ラン殿。このような所でどうされました?」
「いえ、通りがかっただけ――」
オルギアに声をかけられてしまった。別にオルギアに用はないので早々に過ぎ去ろうと思ったが。
ふと危険な香りがした。
そういえば、オルギアはノブナガ様に以前会っている。それも私たちが来る前に。
ノブナガ様がオルギアに接する際に若干親しみがある気がする。それに立場も族長ではないが発言力は各族長並。アリスに匹敵する戦闘能力ゆえの特別扱い。それでも納得はできるが。
私はノブナガ様の隣に立つ。つまりノブナガ様に誰よりも信用され、信頼され、愛されなければならない。
オルギアはその一つを奪える敵なのではないか。
マツ、蛇人の情報収集の優先順位を下げてオルギアの情報収集を最優先目標に設定する。
「貴方とはあまり話をしたことはありませんでしたね。改めまして、蜘蛛人の族長。女郎蜘蛛のランです。訓練の最中ですか?」
「これはご丁寧な挨拶痛み入ります。自分はオルギアと申します。今はノブナガ様の下に身を寄せておりますが、昔はあちこちを放浪としておりました。よろしくお願いします」
顔から想像も出来ない丁寧な所作にオルギアの敵性脅威度を急上昇させる。
このようなことが出来るのはダンジョンではスズリかノブナガ様くらい。魔族にはいない。まさか戦闘能力がアリスに匹敵するだけではなく、礼節がスズリ並とは。想像以上の強敵。イチやマツが雑魚に思えてくる。
「少々失礼します。お前ら! しばし休憩を取る! ラン殿に感謝しろ!」
先程とは打って変わって獰猛に指示を出すと、新入り共はその場にバタバタと倒れ始める。まるで咆哮だけで倒したかのようだ。
「実はラン殿にお伺いしたいことがありまして」
「何でしょう?」
もしやオルギアも私を自分の地位を揺るがす強敵と認識したのでしょうか。ふふふ、どれだけ警戒しても私はそれを上回って見せましょう。
さあ、何でも来いと構えていたが。
「ラン殿はノブナガ様から技能を授かったことはありますか? 話に聞いただけでも構わないのですが」
予想だにしていない良く分からない質問をされ、オルギアに対する闘争心が萎んでいく。何を言っているんだこいつは?
「いえ、そのような話は一切聞いておりません」
「そう、ですか。実はですね、二階層が発表された翌日に固定技能が発現しまして。このような力を首領悪鬼も持っていたと聞いたことがありましたので。ノブナガ様のお力なのかと思いまして」
「……ノブナガ様でしたら、そのようなことが出来てもおかしくはないと思いますよ」
萎みかけていた闘争心が、敵対心となり嫉妬と憎悪を吸収して大きくなっていく。
ほう、固有技能を授かりましたか。
ノブナガ様がそんなことを出来ると言う話は聞いたことがない。しかし出来ない、という話も聞いたことがない。
そしてこの間の一件の後で、オルギアが特別な行動を取っていないとすれば、ノブナガ様の関与は確実。
心を支配するのはオルギアへの嫉妬と憎悪、そして我が身の不甲斐なさ。
何故オルギアに授けたのか? 強いからだ。
何故私は授けられなかったのか? 弱いからだ。
「それで? どのような固有技能なのですか?」
私が強ければ、三階位となっていれば授けられたかも知れない固有技能を見て後の糧とする。
「首領悪鬼の所に居た大悪鬼に比べると地味なものなのですが」
そう言うとオルギアは全身を強張らせると、筋骨隆々の身体から光沢が放たれる。
光沢?
「分かりにくいかもしれませんが、固有技能の『硬質化』です。元々皮膚や筋肉の硬さにはそれなりの自負がありましたが、この固有技能のおかげで大抵の攻撃なら軽く弾けるようになりました」
『硬質化』か。要は硬くなると言うこと。なるほど、オルギアにピッタリと言えるような固有技能だ。
「素晴らしい固有技能ですね」
私では使いこなせない。必要ないともいえる。
今だけはオルギアに賛辞を送り。
「ああああぁぁぁぁ!」
気付く。賛辞など送るのではなかったと。
「ラ、ラン殿!? どうなされた」
「オルギア、貴方の固有技能。ノブナガ様に似ていますね」
そう。姿を変えてどんな攻撃にも耐えて見せるノブナガ様に似ている。
おお、とオルギアも思い出したかのように頷いた。
「そういえば、そうですね。何度か見ましたがどのような攻撃を受けても一切傷を受けなかったあの姿ですね。さすがにあの硬さはないと思いますが、なるほど。納得です。ノブナガ様に授けられた固有技能。ようやく確信を得ました」
グググ、何故。何故私はあの技能を授かれなかったのか。ノブナガ様と同じようなことが出来る技能を。
お揃いになれたのに!
ああ、恨めしきはオルギア! 憎きは己が弱さ! この感情をどこにぶつければ良いというのだ。
……丁度良く、死にそうな顔をしている新入り共がすぐそこに居た。
「激しい訓練のようですね」
「厳しくせねば身に付きませんから。ラン殿も先の樹霊との一戦で実感したと思うが、絶体絶命の状況では鍛え上げた体力も気力も尽き果てている。それでも敵と戦わねばならないときは根性や気合などで身体を動かすしかないのだ。今はその絶体絶命の状況でも身体が動くように慣らしている。体力や気力が尽きてからが本番なので。鍛えた後ではここまで持ってくるのに時間が掛かるため、鍛えていない今の内にやっているのです」
納得のできる話だ。確かに体力も気力が尽きた所で敵が帰ってくれるわけでもない。常にアリスの訓練を受けている蜥蜴人共も強制的にダンジョンに帰されたような戦場だった。どんなに鍛えても尽きるものはいずれ尽きる。それでも動かなければならない時、何をもって身体を動かすのか。
オルギアは気合と根性と答えた。
私はノブナガ様への忠義で動いた。
この新入りは何で動いている? 気合と根性? 違う、そうであればこんな死にそうな顔はしていない。ノブナガ様への忠義? 違う、この者たちはまだノブナガ様の素晴らしさを理解できていない。では何か。
生存本能だ。誰もが備えている最後の砦。
ならば、その生存本能。鍛えなければ。
「そうでしたか。ではあまり長く訓練を中断するのはよろしくありませんね。私はもう失礼しましょう。ああ、スズリがどこにいるか知りませんか?」
「いや、すみませんが知りませんね。では失礼して。貴様ら! いつまで寝ているつもりだ! 休憩の時間は終わりだ! 立て! 走れ! アリス殿の組に追いつかれれば明日も続行だ!」
進むも地獄、されど留まるは更なる地獄。今にも死にそうな顔をしながら新入り共は立ち上がって懸命に足を動かす。
頑張って、苦しみなさい。
その姿を見て僅かに気が晴れたので私は鳥人が見えた場所へと向かう。
鳥人が見かけた場所に向かっている道中で、何故かたむろっているシバとリン、ヒデを見つけた。こいつらは何をやっているんだ?
「こんな所で固まって何をしているんです? まあ、良いです。スズリを知りませんか?」
イチがどうたら、オルギアがどうたらと、訳の分からない話をしている。全く持って興味のない話だ。
「貴方たちの話などどうでも良いのです。スズリがどこにいるのか知らないのですか?」
しばらく待ってもくだらない話をしていたので流れを切って再度聞く。
「あー、スズリならここでしばらく待っていれば来ると思うぞ」
「そうですか、ではしばらく待ちます」
全く、先にそう言えば良いのです。
シバの言う通り、しばらく待っているとスズリがやって来た。
「スズリ、ちょっと話があります」
私の姿を見るなりスズリが顔色を変えたことが気になるが、今はそれよりも優先すべきことがある。
しかし残念ながらスズリも更に優先すべきこと、ノブナガ様の指示を受けていた。ならば仕方がない。少しの間待つとしよう。
何をするのかと思ったらヒデとリンが網に入り、四隅をそれぞれ四名の鳥人が掴んで飛び立った。どうやら鳥人に重い物を運ばせる云々の話らしいですが、それならカイをやらせなさい。あ、ゴウが居るから問題はないですね。
「あの、それでランさん。何の、ご用でしょうか?」
この実験はある程度の高度まで飛び、旋回し、問題なく降りてくることで完了としている。つまり飛び立ってしばらくは暇。話をしても問題はないということ。
「蛇人について知っていることがあるのなら教えなさい。私はあれが変な脚をしている魔族程度しか知りません」
「はあ、ランさんがそれを言いますか……? あ、いえ何でもないです。他種族の理解のために尽力されているんですよね。お力になりたいところですが、私もそこまで詳しくは知りませんよ? それに具体的に何が聞きたいのかもわかりませんので」
確かに。蛇人について、と言っても漠然とし過ぎているか。もっと具体的に。分かりやすく。
「蛇人、いえマツが私の脅威となりえるのか」
「……反乱防止、ですか? ええっと、個人の話は分からないのであくまで種族としての話をさせてもらいますね。蛇人と蜘蛛人では蜘蛛人の方が優位に立っていると思いますよ。あくまで伝え聞く話ですが、蛇人は魔眼を持ち、異常なまでの追跡能力、そして獲物を絞め殺す力が強いと聞きます。それに対して蜘蛛人は糸で罠を作り獲物が掛かるのを待つ種族です。ですから蛇人が襲ってくると言う状況であれば蜘蛛人が有利だと思います」
なるほど。蛇人が襲ってくる場なら蜘蛛人が有利ですか。罠を仕掛けて隠れるために魔眼の視界に入らず、襲いかかるわけでもないので追跡されるわけでもない。絞め殺す力についてもそこまで接近すると言うことはすでに蛇人が罠にかかった後と言うこと。確かに向こうから襲いかかってくる限りはこちらが有利だ。
しかし逆にこちらから襲いかかるとすればどうか。……不利だ。何か蛇人用の攻撃手段でも考えておきますか。
「後はやはり、蛇人自身に聞くか、観察するのが一番だと思いますが、ランさんの考えだと難しいですよね」
何が難しいと言うのか。というかスズリは先程から何か勘違いをしていないだろうか? しているような気がする。わざわざ正す気もないが。
「いえ、十分です。ありがとうございます、スズリ。それで、マツの居場所を知りませんか?」
「マツさんですか? 確かトドンと一緒に二階層の石切り場の適する場所を探すと言っていましたが。もしかしたらカイさんも一緒かも知れませんよ。二階層の土を調べると言っていましたから」
やはり二階層に居ますか。二階層についても少し気になっていましたし丁度良い、見に行ってみますか。
二階層は見渡す限りの山、山、山。首領悪鬼を討伐しに行ったことを思い出す景色だ。
さて、マツはどこに。と探そうと思ったが、それよりも早く手がかりを持って居そうな者を見つけた。
カイだ。腰を下ろして何かをしている。
「カイ、何をしているのです?」
「ラン? どうしてもここに?」
向こうからすれば住居で糸を編んでいるはずの私がいるのは不思議でしょう。ですが、私も貴方がしている行動が不思議です。
「私はマツを探して来ました」
「ああ、そうなのかい。マツならこの先にいるよ。石切り場に適した場所を見つけたとかで何かしていた。まあ、その所為で石切り場からこの一階層の入り口までの小石を除いて道を作らされているんだがね」
ついでに土も調べられるから良いけど、とカイは言っているが明らかに疲れた様子。それなら粘液生物に頼めば良いのに。石を取り込んでペッと端に飛ばすくらいはしてくれるでしょう。
まあ、今からヴィの所に戻るのは面倒なので教えませんけど。
「そうですか、情報感謝します」
さて、石切り場は……分かりやすいですね。カイが小石をどけてくれているのでどこを進めば良いのか一目瞭然。
さあ、待って居なさいマツ。もしもノブナガ様に手を出すような不埒なことを考えている様であれば、どうなるか。
急な山の側面でトドンと通訳のライル。それに蛇人たちが集まって何やら話し合っている。
近づいて何を話しているのか聞いてみる。
「やはり問題は運搬路か。立地的には一層目も近いしここが最適なんだが」
「しかし大きな石を運ぶとなりますと、その前の勾配がどうしても無視できない問題です」
頭を突き合わせて悩みごとの最中らしい。通訳をしているライルは非常に大変そうだが、蛇人の上半身にばかり目がいっている辺りが厭らしい。今までトドンと行動する魔族と言えばヒデら小悪鬼ばかりだったためか、役得とばかりに頻繁に見ている。
悩みの内容を聞き、ちらりと来た道を見れば、確かに重い物を運ぶにはキツイかも知れない。軽いものや歩くだけなら何の支障もないだろうが。
私には関係のない事、だがノブナガ様が以前より計画していたことではある。無視するわけにもいかない。
「オルギアにでも頼めばよいのでは?」
「おお! ランの姐さんッスか。ビックリさせないで欲しいッス。しかしオルギアッスか。トドンのおっさん、オルギアに頼めだって」
だからマツへの用事の前にこの問題を片づけることにする。どうせそんなに時間はかからないだろう。
出来ないときは何をやっても出来ない。出来る時はすんなり出来るものなのだから。
「オルギア、ってのはあの大悪鬼か。確かにあいつなら普通に運べるだろうが、あっちにだって都合があるだろう。無理に頼むのはなあ」
「勾配がもう少し緩ければなあ。蛇人達でも運べると思うッスけどね」
オルギアは確かに訓練の指導をしているし、あの力は他の所でも必要とされるだろう。ここだけに留めておくのは難しいかもしれない。
ただ、問題は他にもあるような気がするのだが。
「ライル、石はどうやって切り出すのです?」
「そりゃ石の目を読んで……あー。そうか道具がないッスね。トドンのおっさん、ヒデの所に道具の依頼とか、してないッスよね? 知ってるッス」
道具は無し。すぐにヒデに道具を作ってもらえる? 無理だ。誰もが依頼しており、今更依頼しても作られるのはしばらく先だ。余っているのは石斧程度と言っていた。
「それではしばらくは石を切り出すのは無理ですね。というか、ノブナガ様に相談したんですか? どういう石壁を作るのか。石壁作りは以前よりノブナガ様が計画なさっていたこと。勝手に進めずにちゃんと確認を取った方が良いでしょう。マツ、石を切り出すのはしばらく先になります。暇でしょう? ヒデの所に石斧がありますから、それを使ってう少しでも削って勾配を緩くなさいな」
石切り場の稼働はしばらく先となることは確定していると言っても良い。その間に少しでも環境を整えれば良い。石斧は地面を削るために使う道具ではないのだが、それしかないのだ。後は数の力でどうにかなさいな。
「おう、女郎蜘蛛のねーちゃんのおかげで指針が出来たな。ライル、礼を伝えておけよ!」
「いや、ランの姐さん人語も魔族語も堪能ッスから。ていうか、人語で話してんじゃん! 聞いとけよ、おっさん!」
無駄に騒がしく賑やかですねえ。
ライルとトドンは石壁を設置する場所を検討するために一階層に戻るらしい。マツら蛇人はヒデの所から石斧を貰い、ここの勾配を少しでも緩くするために今から動くつもりらしいが。
「マツ、話があります」
私の用件をそろそろ済ませてしまいましょう。
全員を連れて移動しようとしていたマツは面倒そうな顔をこちらに向ける。
「何でしょうか? 貴女が言った通り石斧を取りに行きたいのですが」
「蛇人は先に行っていいですよ。私が用のあるのはマツだけですので」
手を払って蛇人たちを先に行かせる。
蛇人たちはマツに心配そうな顔を向けながら一層目への扉へと向かっていった。
「……それで、何の話でしょうか?」
「そう警戒しないで貰えますか? すぐに終わりますし、簡単な話ですから。マツ、貴女はノブナガ様に自分の種族を増やす許可を求めましたよね。いえ、それは良いんです。ただ、蛇人は私たち蜘蛛人と同じで女性しかいないでしょう。増やすとなれば他種族の男性の力が必要になるはずです。それで、一つ尋ねたいのですが」
逃がさないようにがっしりとマツの肩を掴み。
「まさかノブナガ様を狙っていたりはしないだろうな」
その目を視線だけで抉れるかと思うくらいに覗き込む。
釘を差しに来たのだから、初動こそが重要。
「そ、そのようなことを聞きに来たのですか?」
マツは気丈に振る舞っているように見えるが、僅かに恐怖に揺れている。このまま釘を差しておけば、おそらく問題はない。
「ええ、重要なことなので。弱き者がない色香を使ってノブナガ様の周りをうろつかれては、ノブナガ様も迷惑でしょう」
このまま心をへし折ってノブナガ様に近づけなくさせる。つもりだったのだが。
一度目を瞑り、再び目を開いたマツの瞳には明らかに力が宿っていた。どうやら、遅かったようだ。
「理解できます。確かにそのようなことが起きてはノブナガ様にご迷惑でしょう。しかし問題は美醜の価値観はそれぞれ違い、ノブナガ様の価値観は誰にもわからぬと言うことです」
反撃とばかりにマツが私の顔を掴む。
「誰かが自分の価値観で判断することこそが、ノブナガ様に迷惑をかけるのではないかと思います」
「貴女が選ばれる自信があるとでも?」
「何の話でしょう? いつ私やランの話題をしましたか?」
揺るがぬ瞳。
退くつもりのない態度。
……ふん、良いでしょう。
「話は以上です。蛇人たちが待っているでしょう。さっさと行きなさい」
一応は釘を差した。種族を増やす許可を得ても迂闊にノブナガ様に近づくことはないだろう。
それにイチの方で監視をするのだ。もしも何らかの行動を取れば……。なるほど、それも良いですね。
イチとマツが争って、最後に私が勝てばいい。
敵が出来たと思いましたが、敵には敵の利用方法があるのですか。
精々、醜く争ってくださいね。イチ、そしてマツ。




