第百十六話 大きな株
「おー、旦那が吹っ飛んだ。見捨てたとか思われてなきゃいいけど」
安全圏まで逃げて来たので、振り返ってみれば見事に旦那が回転しながら宙を舞っていた。
俺なら確実に死ぬであろう高さだが、旦那なら大丈夫だろう。むしろ今後の自分の身を心配したい。
仕方がないんだ。旦那に言われた通り準備して、ついて行けばあの樹霊は旦那に触れられてから接近に気付いて顔を向けて来た。
なのに旦那は気づかずに樹霊にあいた穴に何かを詰めて行く。もうね、諦めるよね。樹霊も旦那の方にだけ目を向けていたし、旦那に声をかけたらこっちに標的が向くんじゃないかと思ったんだ。
だからダンナを見捨てて全力で逃げた。予想通り樹霊は旦那にしか注意を向けておらず俺は逃げられ、旦那は天高く舞って本陣、というか俺たちが集まっていた場所に落ちた。あそこならすぐに救出されるだろう。
今すぐ帰るのは怖いから、もう少し時間を潰してほとぼりが冷めてからにしよう。
それまで適当にこの辺りをうろついて……。
「あれ? おっさん?」
空の旅を満喫する間もなく地面の中へと潜り込んでしまった俺だが、現在救出作業が行われている、と思う。
視界は土で真っ暗だが、足を引っ張る強い感覚がある。おそらく足首に糸を巻き付けて引っ張っているのだろう。
ただそう簡単には抜けない。何せ自重が重い上に地面の中だ。一人二人ではビクともしないだろう。
……まさかこんな所で大きな株の話のようなことになるとは。外ではどれだけの配下が引っ張ってくれているのやら。
おお! 一瞬だが身体が動いた。 後はこのまま、ぐらついた歯のように動かしていれば抜けやすくなって。
ずりずり、と地面から引き出される。
……想像では勢いよくスポンと、引っ張り出されるはずだったのだが、地味な結果だな。
しかしおかしいな、外に出られたはずなのに何も見えない。ま、まさか。
「ノブナガ様、大丈夫ですか!?」
「ランか。ううむ、困ったことに目がな……」
失明か。高速回転、高所からの落下、生き埋め。いつかは分からないが、心当たりならいくらでもある。
周りから息をのむ雰囲気が感じられた。それはそうだ。失明したら全体の指揮が取れない。アリスやイフリーナをどう扱えばいいのか分からないだろう。
「あの、ノブナガ様。失礼します」
ランが近づいて来て顔を触る。いや、流石に治せないと思う……ん?
ボロッ、と何かが落ちて視界が開けた。最初に見えたのはランの指だ。
まさか、と思い未だに見えない目の方に指を突っ込む。硬い感触と共に脆い何かが目から落ちてくる。土だ。
ただ単に目に土が詰まっていただけらしい。軽く指を回せばボロボロと土が零れ落ちて視界が晴れて行く。
………………。
「あの、目に土が詰まるなど滅多にないことですから……」
止めてくれ。今優しい言葉をかけられると心が折れる。
少しの間、口を閉ざして精神を回復させる。大丈夫、何も起きていない。
「救出に感謝する。現在はどんな状況だ」
救出された直後の出来事は無し、ときっぱりとした態度を見せれば配下達も何となく察してくれたようで、何も口にはしなかった。
状況を理解しようと周りを見れば、俺はかなり飛ばされたようで後方の負傷者が集められていた場所の横に落ちたらしい。
おかげで俺を助けるために負傷者まで駆り出されていたようだ。いや、すまん。
そして樹霊の方を見れば……うん?
イフリーナがセルミナに促されて休憩していた。そしてアリスも疲れたのか、下がってきており、ワリの実を食べて座っている。
では、中央では誰が戦っているのか。見ればオルギアが孤軍奮闘で樹霊の攻撃を捌いていた。
これはまずい、と思ったが樹霊の攻撃をオルギアはきちんと捌き続けている。オルギアに集中して攻撃されているはず、手数で押し潰されると思ったのだが。
見ればオルギアへの攻撃の手数は先程と変わっていない。むしろ減っている。樹霊は何を考えている……しまった!
気が付いた時には遅かった。イフリーナが樹霊にあけた穴が塞がっている。回復していたのだ。斬られた根も生えている。
そんな技能を持っていたとは。
回復に集中していたからオルギアへの攻撃が甘かったのだ。
最大の問題は爆弾を入れた穴も塞がって、どこに爆弾が入っているのか詳細な場所が分からなくなったことだ。
穴が塞がり爆弾が取り込まれたからと言って消滅したとは思えないから、多分樹霊の内部にあるのだろう。おおまかな場所だって分かる。ただ樹霊の内部まで火を届けるとなると、イフリーナの『ファイアランス』しかない。しかに点による攻撃の為、正確な場所が分からないと当たらないだろう。
「アリス、動けるか? 樹霊の根元、端の辺りを適当に深く斬りつけてきて欲しいのだが」
「無理だ。今まで接近しようとしたが出来なかったし、どうもあいつと戦っていると魔力の消費が激しくて身体能力強化が長時間維持できない。私やイフリーナを警戒しているようだし、万全の状態なら僅かに希望があったかもしれないが今は無理だ」
そうだった、この樹霊のダンジョン特有の現象で魔力が消費、または吸収されるんだった。もし吸収でその魔力が樹霊に流れているなら、魔力を尽きさせて回復出来ないようにさせるのは不可能。持久戦は元々不利だったが、絶望的になる。
アリスの腕なら爆弾がある場所まで斬り込めるだろうが、接近できなければ意味がない。配下では、そこまで深く斬り込めないだろうし、オルギアも難しい。オルギアに刃物でも渡しておけば良かった。
どうしたものか。
「助かったぞ、ライル。いきなり強い風が吹いたおかげで飛ばされてな」
木の上にしがみついて震えていたトドンのおっさん。
たまたま見つけたから落下地点に首領悪鬼の皮を敷いて助けた。
ドワーフは見た目の割に体重が馬鹿みたいにある。受け止めるなんて絶対に無理だ。
「おっさんすげえな。飛ばされるだけで済んだのか」
「木片と一緒に飛んだからな。刺さらんかったし、当たる程度なら皮膚で弾ける」
ガハハ、と豪快に笑うおっさんに俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
俺だったらあの樹霊の息吹を受ければ確実に死ぬ。種族の差を感じる。
「さあて、と。そろそろ行くとするかい」
「え? おっさん頑張るの? 戦闘要員でもないんだし、任せれば」
「そうは言うが、元々は建築の為に呼ばれ、ヒデにほとんどの技術を伝え終えた。西の山脈で鉱山でも見つけてきてくれれば鉱夫として働けたのだがな。姫もここにいるのでな、出来ることを見せて置いてもらえるようにせんと」
利用価値を示す。そう言われてしまえば俺はもう何も言えない。俺だって、同じようなものだ。
アリスの姐さんみたいに戦闘能力があるわけでもない、イフリーナやセルミナみたいに魔法は使えない。ただ器用なだけ。ヒデら小悪鬼も段々と器用になってきており、いずれは追いつかれる。
トドンのおっさんは追いつかれたのだ。いや、まだ鍛冶と言う切りたくない札がある。俺はもう切れる札が。
「しょうがねえな。旦那が何かしてたからその辺りを狙うしかねえか。俺が目印をつけるから、そこを狙ってくれ」
「何じゃ、やるのか?」
「俺もおっさんと同じなのよ」
利用価値を示さないと。旦那の下でも意外に居心地は悪くないし、王国に戻ってもな。
「姫はやらんぞ!」
「そういう意味じゃねえよ!」
あんなちんちくりんより俺は大人な女性の方が好みだ!
冗談だ、とトドンのおっさんが豪快に笑って武器である斧を背負う。
「で、どうやるんだ? ワシの足は遅いぞ?」
「それなら大丈夫。森人のように顔が三つあるわけでもないし、感知に関しては旦那と突っ込んだ時の様子だとそこまで鋭くない。視界に入らなければ歩いて近づいて大丈夫だろう。近づいたら俺が目印をつけるから、そこに一発叩き込む。反撃は枝や葉ではなく根を使ってくるから、足元に気を付けて欲しい」
先程の旦那の突撃から読み取れた情報から、何とか作戦を立てて行く。だが結局は旦那の残した物を目当てだし、攻撃後にどう逃げるかも決まっていない。即席とは言え、もう少し安全性が欲しいが、時間が足りない。
逃げることに関してなら俺はそれなりに自信があるし、トドンのおっさんもそれなりに硬い。何とかなると願いたい。
「おっさん、行くぞ」
「おうよ」
あ、でも怖いから一瞬で首領悪鬼の皮を取り出せるように心構えはしておこう。




