第百六話 反撃準備
アリス達と別れて三日目。
休息は最低限にとどめ、ひたすらに先を急ぐ。
過酷な帰路。身体を限界寸前まで酷使し、限界を越えようとすれば負荷を取り除いてやり倒れることを許さない。
これほど無理をすれば軍犬の身体能力ならすでにダンジョンに辿り着いていてもおかしくはない。ただそれは万全の状態であり、軍犬のみだった場合の話。
シバを含め、軍犬の中に負傷していない者はいない。重度の者こそいないが誰もが怪我を負っている。
更にその背に乗せている蜥蜴隊長。これははっきり言って軍犬より重い。それでも走れるのは軍犬が走るのに特化した身体をしているからか。
足を進めるだけで身体の節々まで痺れるような痛みが走り、内側から外へと広がるように身体が重くなっていく。
それでも走れてしまう。怪我をして、背に自分より重い物を乗せながら。
シバの身体に変身しているが、本当に人とは違うことを実感させられる。
軍犬の集団から徐々に遅れようとする者が現れた。
限界寸前の者だろう。しかし他の者たちとて同じ。あれに救いの手を差し伸べられる者はいない。俺を除いて。
俺だけは余裕がある。シバの身体に変身しているため身体はボロボロだが、何も背負ってはいない。そしてシバはこの軍犬中でも屈強だ。
何も言わずに遅れそうな軍犬に近寄り体勢を低くする。そして前足と後ろ足をよく見て、上手く腹の下に身体を滑り込ませて背に乗せる。
軍犬と蜥蜴隊長二名分の体重はシバの身体でも苦だが、無理をすれば集団に付いていくことが出来る。
「……すみません」
小さく、ほとんど聞こえない声で言われるがそんなことはどうでも良い。喋るくらいなら早く体力を回復させて走ってほしい。
それにもうシバ以外の軍犬相手に何十回とやっているんだ。気にする必要はない。
あと少しで日が沈む。沈んだところでどうせ走るだけだが、暗闇を走らずに済んだのは喜ぶべきことだろう。
ダンジョンに帰還した。
俺だけ。
「誰か居るか!」
入って即座に変身を解きハニワの姿を晒す。
通常なら蜥蜴人などが隠れているが、今はヒデら小悪鬼のみ。どういう人員配置をしているのか分からないため叫ぶしかない。
「旦那? 急いだ様子でどうし――」
「ライルか! 丁度良い、全員を集めろ! それとすぐに満身創痍の軍犬と蜥蜴隊長達が来るから、そいつらを寝床まで運ぶための準備もしろ!」
「――! 了解ッス」
察しが良い、緊急であることをすぐに理解しライルは深くは聞かず走り出した。
誰の目もないことを確認して、地面に倒れ込む。
流石に体力が尽きるかと思った。いや、もし俺の体力だったら魂ごと尽きていただろう。
あのまま集団で帰ってもダンジョン側の受け入れ態勢が出来ていなければ、入り口近くで皆倒れただろう。そしてヒデらはその対応に追われ余計な手間が増えたはず。
だから俺だけ全速力で帰って来た。
しかし、元の身体に戻っても体力はやはり戻らない。怪我などは一切ないが。
とりあえず、誰かが戻ってくるまで少しでも体力を回復させておかないと。
ドッドッド、と複数の足音、なんて聞き分ける技術は無い。ただ何かが迫ってくるのは地面から伝わってくる音で分かる。
すぐに立ち上がり土を払い、何事もなかったかのように装う。
「ノブナガ様、お帰りなさいませ。ライルが至急と焦っておられましたが」
走って来たのはヒデら小悪鬼と長蛇人、蛇人達。その後ろにはリヤカーまである。ライルがちゃんと説明してくれたのだろうが、ヒデも中々頭が回る。長蛇人達まで呼ぶつもりは無かったが、手はたくさん欲しいから問題ないな。
しかしライルはどこに行ったんだ? まあ、良いか。
「しばらくすれば軍犬と蜥蜴隊長達が来るから、そのリヤカーで寝床まで運んでくれ。どうせすぐに倒れる。ああ、火も用意するように。蜘蛛人の糸で固定させているんだった」
俺の言葉にすぐに反応してヒデは火の用意をするように指示を出す。
これでとりあえず受け入れの準備は出来ただろう。少しは余裕が出てきた。
「しかし、ノブナガ様。いかがなされたのですか? お付きの者もいないようですし」
「それがな」
愚痴るような気分で話してやろう、と口を開こうとしたその時。
「おい! 魔王! 首領悪鬼に返り討ちにされたって本当か! というか首領悪鬼とやり合うだと! 私を連れてけ!」
「それはもう終わった! 負けるかアホが!」
真っ赤な奴がいきなり現れて飛び込んできて、変なことを口走るので遠慮なく『重力』を使って頭から地面に叩き込んでおく。
少し遅れてセルミナとライルが走って来た。イフリーナめ、この二人を置いて突撃してきたのか。
……というか何故ここにイフリーナとセルミナが? ライルは分かるとして。
更にその後ろから急いでいるように見えるトドンとスズリ。いや、急いでいるのだろうが遅い。
……ああ、全員を集めろって言ったからか。
まあ、丁度良いか。
「しかしイフリーナ。誰が負けたなんてことを言ったんだ? 首領悪鬼の首は刎ね飛ばしたぞ」
主にアリスがな!
「ライルが言っていた。旦那が負けたかもしれないッスって」
その場の魔族の目がライルに集中する。どの目も射殺さんばかりに力が入っている。
ライルはまさに死刑執行寸前とばかりに青い顔をしている。
もう少しその口を紡ぐことをしっかりと覚えてから止めてやろうかと思ったが、その前に重要なことの方が来た。
扉からシバら軍犬が勢いよく突っ込んできたのだ。
そしてダンジョンの中だと確認するとそのまま倒れる。
念のために息を引き取ってはいないよな。大丈夫だった、息はしている。
「話は後にする! まずは蜘蛛人の糸を切断。その後寝床に運べ。それが終わったら……全員玉座の間に集まるように」
優先すべきは満身創痍の軍犬と蜥蜴隊長だ。
ヒデと長蛇人はすぐに指示を出してリヤカーに載せて行く。載らなかったら自分たちで運んでいく。
そしてライルもさらっとその中に混じっていた。最も命の危機にあったのはあいつだろうからな。運の良い奴だ。
イフリーナは不満そうな顔をして帰って行く。いや、手伝えよ! セルミナは手伝うかイフリーナの後を追うか迷った末、イフリーナに付いた。まあ、野放しにしたら怖いからそれは良いが。
トドンとスズリは呼び出されたから急いできたのに、まさかの戻れ宣言に少しの間立ち尽くし、しばらくして正気に戻るとヒデらを手伝うことにしたようだ。
俺はその間に玉座の間に戻り準備をしなければ。
風呂に入る準備をな!
本当に疲れている時は風呂に入るべきではないな、溺死するかと思った。
限界が近いのだろう。身体が休息を求めて目を閉ざそうとするが、まだするべきことがあるので寝室には入らない。……入りたい。
明日の支度は終えている。後は配下達に現在の状況を話し、明日に備えてもらう必要がある。
そろそろ向こうも終わって良い頃だと思うのだが、何か予想外の事で手間取っているのだろうか。
暇だが寝るわけにもいかないので、七色の光を放つ自己主張の激しい『ダンジョンを造ろう』を手に取り、用件を見ようとするも。
「ノブナガ様、シバとリンらを運び終えました! 目覚めた時には完全回復していると思います」
ぞろぞろと扉を開けて配下達やライルにトドン、スズリが入ってくる。
さすがにそんな中で本に目を向けるわけにもいかないのですぐにしまう。いつでも見れるさ。本は今見ろとばかりに自己主張しているが。
「ご苦労。少々時間が掛かったようだが、何か手間取ることでもあったか?」
「いえ、その。イフリーナ、セルミナを呼ぶ必要があったので」
ああ、あの場を離れたのはあの二人だけだったからな。だから終わったことを知らせるのに時間が掛かったと。
「なるほど、仕方がないな。で、イフリーナとセルミナの姿が見えないが?」
「何やら準備を終えてから行くとのことで。先に行っていろと」
準備って何を? 俺が話すだけなのにそっちが準備することは一切ないぞ。
ただあいつら以外は集まっているし、話をしてしまおうか。でもあいつらが主軸の話になるのだが、どうしたものか。
……仕方がない。待つか。
「来たぞ、魔王! 行くぞ!」
待つまでもなかったな。
勢いよく扉を開けて、ちょっと引くくらい元気だな。どこにも行かないぞ?
「お前が何を考えているのか分からんが落ち着け。ちょっと座って話を聞け」
何だと、と暴れ出しそうなイフリーナをセルミナが口を押えて隅の方に引きずって行く。
とにかくこれで全員が揃った。話をしよう。
「――というわけで明日、お前達には樹霊を討伐するために出てもらう。全員だ、ヒデや長蛇人は当然として、ライルやトドン、スズリも……いやスズリは残れ。イフリーナとセルミナにも出てもらう。というか相手が木人だからお前たちが主力となる。期待している」
「今からだな!」
「明日だって言ってんだろ!」
もう日が暮れてんだよ! こんな時間に出るかアホ!
何故だ、とばかりに暴れそうなイフリーナをセルミナが抑えている。苦労しているな、セルミナ。お前の犠牲は無駄にはしない。
今の内に話を進めるとしよう。
「各自に準備を指示する。その準備が終わり次第明日に備えて寝るように。まずヒデ、今回の相手は木人である。それを考え武器は剣や槍、弓などは置いて行き斧にするように。それとトドンに一番良い物を渡してやれ。一番力があるのはトドンだ。次に長蛇人、お前達にも参戦してもらう。しかし俺はお前たちの実力を知らない。だから木人への対策はお前達で考えてくれ。斧などの武器はヒデを頼れ。ライルはわざわざ指示する必要はないな、やれることをやれ。イフリーナ、セルミナ。後でワリの実を渡す、道中でも出来るだけ確保するように。でも寄生虫入りは採るなよ? トドンは明日から辛い行軍になると思うからさっさと寝ろ。スズリは残ってシバとリンにダンジョンの防衛を伝えて置け。おそらく明日の朝までには起きれないだろうしな」
ざっとこんなものだろうか。ほとんど指示なんて出していないような気がするがまあ良いか。
実際もう頭が回らなくなってきている。道中無理をしたし、風呂に入って一時的に疲れを飛ばせたが、逆に今では睡魔となって頭から全身に心地よい気怠さを届けている。
もう寝たいんだこっちは。
「解散!」
その一言で配下たちは競うように扉に殺到する。あ、ヒデらはこれから不足分の斧を作らないといけないのか。悪いことをさせるなあ。撤回するつもりはないけど。
あっと、イフリーナとセルミナにワリの実を渡さないと。帰還中に採ったものだから新鮮じゃないけど、別に良いよね。
「ほう、悪くないな」
イフリーナ、俺は今食えとは言っていないぞ。
隣でセルミナが申し訳なさそうに何度も頭を下げて、イフリーナを引っ張って行った。
……これでやることはやったよな。何かすることがあったような気がしたけど、もう眠たいし。
寝よ――。
「……凄いな」
寝室に足を向けた瞬間、目から何かが零れだした。これは、闇?
零れた闇は一か所に集まって良き、積み上げられた砂の山のような形となる。
「久しいな、ハニワのまお――」
何か闇の塊が喋っているが興味はない。俺は眠たいんだ。
闇の塊を無視して俺はそのまま寝室に向かう。
「な、待て。ならばその部屋に、入れない! 待て、ハニワの魔王」
「何?」
もうこっちは眠いんですけど?
「こちらの願いを聞いてほしい。もちろ――」
「やだ」
めんどくさい。もう眠いんだよ。話を聞きたくもない。
「な……。う……。ではそこらの隅に居ても良いか?」
「敵対しない?」
「勿論だ。そんなことはしない」
「勝手にすれば」
もう話すことはない、と寝室に向かっても闇の塊、というか闇の精霊だな。何も言って来なかった。
ああ、このふかふかのベッド。ここちよい柔らかさ、温もり。外では、野宿では絶対に味わえない心地よさ。
明日起きれるか心配に……な……る。
………………。




