第百五話 敗走
嫌だ、嫌だと言っても敵は見逃してはくれない。むしろ隙を見て容赦なく攻撃を浴びせてくる。
しかしそれはこちらも同じこと。
「おい」
森人がこちらに気を取られた瞬間、今まで戦っていたのだろうオルギアが貫手を放った。
手が隠れる程深々と森人の背中、と思われる場所に刺さる。だが、その程度では木である森人からすれば何かが刺さった程度。致命傷にはならない。だから。
「やれ! オルギア!」
アリスが貫手の横に大きく水平の斬り込みを入れた。
「うおおおおおぉぉぉ!」
その斬り込みに足を挟んで、オルギアがこの斬り込みを強引にこじ開ける。
森人は今更気づいたようだがもう遅い。オルギアは抵抗されるよりも早く、メキメキと引き千切る音を立てて森人を上下で二つに分けた。
アリスの援護を受けての結果だが、片腕でこの力技。本当に恐ろしい。
しかしそれでも、樹霊にこの力技は通用しないだろう。実現させるなら首領悪鬼並みの力が必要になる。残念ながらこの場の全員を合わせてもあの力には匹敵しないだろう。
真っ二つに折られた森人はもう動く気配はない。死んだ、と見て良いのだろう。
さて、いつの間に居たのか分からないが、相手の三階位を倒せたのだ。これで少しはこちらが優位に。
「ギャギャギャ」
「「ギャギャギャ」」
「「「ギャギャギャ」」」
気づけば樹霊の周りに木々が集まり騒いでいる。
不思議だな、ただの木なのに声を発しているかのようだ。亀裂が顔に見えるぞ。
「おー、木人を増やしたか。面倒だな」
ああ、あの木の群れは一階位の木人か。なんだ、木が魔族になっただけか。と、言うとでも思ったか!
「何だあれは! 何であんなにいる!」
「あれは木人などの固有技能でしょう。『寄生』の一種でしたか? 対象は樹木に限られますが、対象を木人にすることが出来ます。しかし一階位の木人では一月はかかるのですが、四階位の魔王となると一瞬のようです」
オルギアが丁寧に説明してくれる。ありがとう、オルギア。しかし俺が知りたいのはあの理不尽の対処法だ。
固有技能で配下を生み出せるだと。対象は樹木のみというが、ここはオワの大森林。周り全部木だ! 樹霊の配下候補ばかりではないか。
しかも最初に生み出されたと思われる森人。あれから察するにでかい木、もしくは樹齢の長い木は二階位、三階位へとなるようだ。そして周りにはそんな木がいくつも見える。
くそっ、西の山脈に生まれれば良かったものを。
「つまり、樹霊は雑魚を作りながら攻撃してくるから、こちらは雑魚を倒しながら樹霊を斬ればいいんだな」
何を全て理解した、みたいな顔で馬鹿みたいなことを言っているんだ。相手は一階位だけではなく三階位すら生み出せるのだ。
それに。
「あいつの近くに居た時に魔力が減る感覚があった。これもあいつの固有技能か?」
樹霊に捕まり近くまで運ばれた時、魔力が減っていた気がする。『体温調節』を使用していつもより魔力消費が多い気がして、意識してみれば常に消費されているような気がした。だから使い慣れている『重力』を使用して消費魔力が増えているのか検証して確信した。
それくらい僅かにしか減っていなかったが、確かに減っていた。
「うん? あいつに触れてからではなく近くに寄ってからなのか? ……ダンジョンの特性じゃないか? 前に師匠が話してくれたが、魔王を斬るために向かったらダンジョンらしいものは無く、ただ魔王が居る水辺に着いたら身体に何かがまとわりつくように動きが鈍くなったことがあったそうだ。ただ魔王を斬ったらそのまとわりついていたのも消えたからダンジョンの仕業だろうって」
ダンジョンの特性。そんなものがあるのか。ダンジョンそのものについて調べたことはないし、ヴォルトのように比較できるほど魔王の下、ダンジョンに入ったこともない。
俺のダンジョンが扉型だとすれば首領悪鬼は洞窟型、樹霊は……、話を聞く限り領域型か? もしこのまま発展すればオワの大森林の中に木人の森が出来るわけだ。中央には樹霊。入り口が決まっていないだけで立派なダンジョンだな。
首領悪鬼のダンジョンの特性は何だったのだろう。いや、そもそも俺のダンジョンの特性は? 寝れば治ることか? この危機が終わったらオルギアに色々と話を聞くとしよう。
「つまり樹霊のダンジョン領域に入ると魔力が失われていくのか? いや、吸収の可能性もあるのか」
アリスの話に出てきた『鈍化』に比べればマシに思えるが、やはり厳しい。
何せ俺の戦闘方法は全て魔力を消費する。『重力』を使おうと、変身して姿を変えようと全て魔力が必要だ。だから常に自分の魔力を最大で保つように意識し、戦闘では残量から計算してどれくらい戦えるか考えている。
しかし、消費か吸収か、どちらにせよ常に魔力を消費される状況に置かれるのは辛い。魔力量は正確に測るはできないし、消費される魔力は微々たるものだが逆にそれが辛い。あまりに少ないので意識しないと分からず、しかし常に消費されているならその微々たる量も無視は出来ない。
アリスが使う身体能力強化も魔力を消費してのはず。
短期決戦であれば無視できるが、今この間も樹霊は手勢を増やし続けている。どうしても長期戦になりかねない。
いや、そもそも状況と相性が悪すぎる。
満身創痍の配下、主力であるアリスは負傷、オルギアも片腕がなく、俺の『重力』が効かず、樹霊はでかすぎるので変身しても十秒も保てないだろう。
ならばどうするか。
「……現状であれを倒すのは厳しい。退こう」
幸い、あれはこちらを追いかけて来れるような足は持っていない。……持ってないよね?
一度ダンジョンに戻り態勢を立て直して来れば、今よりも戦える。いや、あれは使えば勝てるかもしれない。
「何を言っているんだノブナガ? 魔王が目の前に居て、斬らない理由があるか!」
「お前こそ何を言っているんだ? 先程森人に斬りかかって斬り込みを入れただけ。半分も斬れなかったのに樹霊が斬れるのか? その身体で? この中で一番の重傷者はお前なんだぞ! この根や枝の攻撃を一度でも受ければ魔法薬のおかげで塞がっている傷が開く。そうすればどうなるか、お前でも分かるだろう」
そんなこと! と反論しようとするアリスを無視して配下たちの所に向かう。樹霊は周囲の木を木人に変える作業で忙しいようだが、こちらを攻撃してくるかもしれない。まだここは樹霊の攻撃範囲内だ。
そして一歩踏み出した瞬間、ズズッと何かに引き込まれる感覚。振り向けば樹霊がどこからか出した木の板を器用に枝で支えて何かをしていた。
そしてこちらが見ていることに気付くと、ニタリと邪悪な笑みを浮かべて木の板を口の中に放り込んだ。
あいつ、ダンジョンを拡張しやがった!
その証拠に意識すれば魔力が徐々に減らされている。
すぐにアリスとオルギアも気づいたのだろう。すぐに走り出してダンジョンの外へ逃げる。っていうか早! 待って、置いて行かないで!
「あの、ノブナガ様? 大丈夫ですか?」
結局、安全圏にいる配下たちの下まで走ってしまった。ダンジョンの拡張は俺たちが居た場所までですぐに逃げ出せたのだが、優秀な護衛に二名がそのまま走って行ったので仕方なく俺も走った。
「……だ、大丈夫だ。……少し疲れただけだ。……良し。全員、移動準備。急ぎダンジョンに戻り態勢を立て直した後――」
「お待ちください、ノブナガ様」
討伐に戻る、と告げようとした俺をオルギアが遮った。オルギア、お前もか。
「何だオルギア。何度も言うが現状ではあれを倒せん。オルギアなど特に相性が悪い」
「理解しております。木人に打撃系の攻撃が効きにくいということでしょう。私も現状では樹霊の討伐は難しいと考えております。ですが全員を引き連れて戻り、体勢を立て直して、となるとかなりの時間を必要とします。その間に樹霊はダンジョンを拡大、配下も木人どころか複数の森人を従えている可能性すらあります」
……一理ある。オルギアの言葉を受けて反論できずに頷く。確かに移動速度は一番足の遅い者に合わせなければならない。そうなると自然と時間が過ぎる。そして時間は樹霊に味方する。ここら一帯が木人の森になれば、さすがに体勢を立て直しても。
では無理をして倒すのか、それこそ無理だ。
「ですので、二つに分けてはいかがでしょうか? 足の速い者を戻し、それ以外はここで樹霊の邪魔に専念するのです。みた感じでは樹霊はあの木の板を使うことでダンジョンを拡張できるようですので、そこを邪魔するだけでダンジョンの拡大は阻止できます。ついでに木人も減らしておきましょう。そうすれば相手の行動を阻害しつつ、体勢を立て直せます。どうやらノブナガ様はダンジョンの方に秘策があるように思えますし」
要は一部を逃がして援軍を待つと。悪くはない、確かに戻ればヒデらもいるし、秘策も持ってこれる。
しばし悩んで、その案を採用する。
「シバは俺と共に戻るぞ。それと、その背にリンらを蜥蜴人を括り付けろ! 目を離せば戦闘に出て行きそうな気がする。ラン、代わりに指揮を取れ。無理する奴は縛りつけてでも抑えろ。目的は時間稼ぎで戦闘じゃない。それとアリス――」
「私は残るぞ!」
一番連れて行きたいのだが、言うことを聞きそうにない。縛りつけようにも強いからな。オルギアに無理をしないように見張ってもらうしかない。
リンたちも抗議しようとしたが、ランら蜘蛛人の見事な操糸術により、あっさりとシバの背中に括りつけられた。
「急ぎ戻るので待っていてくれ。シバ、付いて来い!」
俺はシバの姿となり先頭を走る。
初めての敗走、そう言えるかもしれない。




