第百二話 精霊
ずるずる、と降ろされるかと思いきや、闇の中に入ってすぐ足場を見つける。ただ一切光のない暗闇で何も見えない。そのため慎重に歩を進める。
何かいるのかもしれない。最初に足が付いた場所を重点的に調べてもゴウが見つけられなかった。ゴウが動いた以外のことを考えると誰かが連れ去った可能性が高い。
いざとなればすぐさま『守りの戦闘態勢』になれるように警戒する。
しかし妙な感じだ。触れられているような、見られているような、何かが居るのか。ただ不気味だ。
しばらく歩いていると大きな空間に出た気がする。今まで両手で触れていた壁が遠ざかり、空気も変わった。
ただ暗闇で何も見えない。何も聞こえな――、いや微かに何かが聞こえる。これは、呼吸音?
「誰だ?」
誰かいる。そう思い声をかけると。
「……気づかれた」
誰かが応えた。声は響いているのか周囲から聞こえ、どこから声をかけて来たのか分からない。
ただ誰かが居ることは確実、と思っていると周囲に変化が起きる。
暗闇が一か所に集まり始めた。目の前に濃縮された闇が緩やかな突起の形となり、周りの景色がぼんやりとだが見えるようになった。広い空洞にぽつんとある小さな社。そしてその前に傷一つなく横になっているゴウの姿があった。
身動きを一切していないので死んでいるのかと思ったが、ちゃんと胸が上下に動き呼吸していた。……あ、もしかしてさっき聞こえていた呼吸音はゴウの?
「気配を散らばせたのに。勘の良い」
濃縮された闇の塊が感心した様子で言っているが、すまない。気づいたのはゴウの呼吸音でお前ではない。
わざわざ相手の勘違いを正すつもりはないが。
「それで、何の用?」
こいつは、何者だ? 闇の塊で顔なんて無いし口数も少ない。声色も中性的で変化もない。情報が得にくい相手だ。
人族ではない、そして言葉も話せているから魔物でもない。では魔族? いや、魔法で作られた何かの可能性もある。
それにここは先程まで首領悪鬼の支配地だった。それを考えれば敵? それとも閉じ込められていたと見て味方?
分からない。情報が少なすぎる。
「ここに配下が落ちたのでな。回収しに来た」
だから正直にいくことにした。何か問題があっても蜘蛛人の糸を引っ張ってもらえれば逃げることは出来る。その後、討伐隊を組んでゴウの救出に当たれば良い。俺の体裁はそれで守られる。
その配下は、と視線でそれとなく教えると、闇の塊は理解してくれたようで闇の一部をゴウに向かって伸ばし、ゴウを包むとあの巨体を軽々と持ち上げ俺の横まで移動させてきた。
「……落ちてきたこれか? 受け止めたから怪我はない。返す」
友好的か? こちらに敵意があるようには思えない。
「感謝する。しかし、何者だ?」
「……闇の精霊」
精霊? そんな奴がいるのか。そういえば精霊と言う名に憶えがあるな。
「主神教? 違う、精霊教だったか? それしか知らないが」
「……神、忌々しい」
何やら確執があるご様子。しかし俺にとってはどうでも良い事だ。こちらに迷惑さえかけなければ。
「奴は、いきなり現れた。弱かったがすぐに力を付け、我々と――」
はいはい、愚痴ならどうぞご存分に。その間に俺は自分に巻き付いている蜘蛛人の糸を解いて、ゴウに巻き付けて行く。
巨体で重たいため巻き付けるのに苦労したが何とか成功。しかし精霊と神は余程仲が悪いらしく、俺が作業中もずっと何か言っていた。良く聞いていなかったから何を言っていたのか分からないが。
「それでは。配下を助けて頂きありがとうございました」
「ん? そうか、久々の訪問者だったが……」
俺から見れば初めて見る精霊だったがな。
蜘蛛人の糸を引っ張り外に合図を送る。ずるずると外へ引きずられていくゴウ。蜘蛛人の糸が外れないか心配だったが問題ない様子。ただ。
背後からの視線が気になる。目があるわけでもないし、こちらを向いているかなんてわからない。ただそんな気がするだけだが気になる。
しかし俺はもう帰りたいんだ。精霊なんて訳の分からない者と付き合っている暇はない。
「一つ、聞きたい……」
「何でしょう?」
とはいえ敵対するつもりもない。精霊なんてわけの分からないものと争っても意味がない。それにこっちの攻撃なんて効きそうにないし。
出来る限り友好的なままこの場を去りたい。
「お前は、何者だ?」
「……見ての通り、ハニワの魔王ですよ?」
もし人族に味方する存在だったら、首領悪鬼と敵対、もしくは何らかの関係であった場合など、下手な回答はこいつを敵に回す可能性があったため僅かに悩んだが、最初の方針通り正直に答えた。
「……そうか」
いつでも『守りの戦闘態勢』になれる覚悟をしていたが、闇の精霊の反応は薄く興味もあまりなさそうに思えた。
「―様! 魔王様!」
どうやらゴウの引き上げが終わったようだ。ランが俺を呼んでいる。
「すまないがそろそろ失礼させて――、いない? どこかに移動したのか?」
声に気を取られている間に闇の精霊はどこかに行ったようだ。入ってきた時のように暗闇が全体を覆っているわけでもないようだし、社の中にでも帰ったのか?
それならそれで良いか、薄暗い洞窟から入って来た穴まで戻る。
入ってきた時は真っ暗闇で全然分からなかったが、穴から社のある空洞まで短い距離だったんだな。穴も深くなくこちらが手を伸ばし、上に居るカイも手を伸ばせば掴まれるような浅い深さだ。
「魔王様、大丈夫でしたか? 魔王様が入ってしばらくするとまるで穴の中の闇が移動するかのように光が入り始めたので」
「特に問題はないな。珍しい人、ではない何かに出会えただけだ。ゴウも無事のようだし早く帰るとしようか」
未だに気絶しているゴウをカイが担いで、皆が休んでいる場所に戻る。この後はさっさとダンジョンに戻って休息を取りたい。ただ。
「うーん。この辺り暗くなったか? 入る時より暗い気がする」
「はぁ? 特に日が落ちたりはしていませんので変化はないはずですが。洞窟に入っていたためではないでしょうか?」
そういうものなのだろうか? ……いや、暗闇の中に長時間いると逆に眩しく感じると思うが。
まあ、良いか。




