第百一話 戦後処理
ははは、お茶目な奴。絶対に許さない。
頭突きを食らわす。最硬の頭突きだ。すでに瀕死だったアリスはその一撃で気絶した。
これで駄目な頭の出来もすこしはまともに……。もっと駄目になってそうな気がする。
さて、これでやっと帰れる。そう思い周りを見渡せば。
頭突きで気絶させ足元に転がる満身創痍のアリス、首を飛ばされて死んだ首領悪鬼、大の字で気絶しているオルギア。
……アリスとオルギアを俺が運ぶの? 無理だよ? オルギアなんて運べないし、ここを出れば降りる必要があるんだぞ? 単身でも怪しいのに、アリスを担いでなど絶対に無理。
一度外に出て救援を呼ぶか、しかし向こうが無事とは限らない。片腕で怖いがオルギアに変身して、と考えていると。
突如地震が起きた。ダンジョン全体が揺れている。立つことすらおぼつかず、身をかがめて収まるのを待つ。
しかし揺れは次第に大きくなり、そこでようやく俺は気が付いた。
この揺れの中で一際大きく揺れる物。首領悪鬼が座っていた場所に置かれている石板が、ひび割れてそこから光を漏らしつつ、大きく揺れていた。
そして石板はひとりでに立つと、光を放ち破裂した。
網膜を焼き尽くすような光。いや、網膜なんて無いだろうけど。
閃光が収まると俺、いや俺たちはダンジョンの外に居た。アリスは俺のすぐ足元に、オルギアもすぐそばで倒れており、首領悪鬼の死体は山の斜面に放り出されたかのように転がっていた。
何が起きたのか、振り返ればそこにはダンジョンはなく、浅い洞窟に変わっていた。そして中には現状を理解できず混乱している小悪鬼達の姿もある。
おそらく、このダンジョンの魔王、首領悪鬼が死んだことでダンジョンが崩壊したのだろう。となるとあの石板がこのダンジョンの『ダンジョンを造ろう』になるのだろうか。各ダンジョンで形が違うのか。
ダンジョンの崩壊に伴い中に居た俺たちが外に出され、どこかに隠れていた小悪鬼達もこうして現状を理解できずに元ダンジョンの浅い洞窟の中で混乱している。
すぐに一体の小悪鬼が俺に気付いた。
そして俺の足元にいるアリス、そばに倒れているオルギア、そして姿こそ見えていないだろうが血の匂いと現状で悟ったのだろう。
魔王が、首領悪鬼が負けたことに。
そこから先の判断は早かった。
一人が察するとそこから伝播するかのように全員が現状を悟り、全員の視線が俺に向く。そして。
降伏した。
一階位の小悪鬼では力の差など感じ取れないだろう。しかし三階位の大悪鬼が倒れ、四階位の首領悪鬼が死んでいれば考えるまでもなく分かるだろう。
降伏を素直に受け入れ配下に加えることにした。わざわざ殺す理由もないし、それに運搬係として手が欲しかった所だ。
しかし、確かダンジョン前にはアホ鳥を気絶させたまま放置していたはずだが、姿が見えない。食われたか、どこかに飛んでいったのか。
飛んでいったとすればランたちの方か。向こうの無事も確認に向かわないとな。
さあ、配下となった小悪鬼達よ。最初の仕事だ。そこに倒れている奴らを運べ。勿論斜面に落ちている首領悪鬼の死体もだぞ。魔王の素材と言うと何だか価値が高そうだからな。
しかし隣の山まで移動か。面倒だが、後ろで大変な思いをして運搬してくれる小悪鬼が見れば、そんなことは言っていられないな。
さあ、行こうか。
隣の山の戦闘は俺の想像を遥かに超える終わり方をしたようだ。
山の窪みに集まる首領悪鬼の僅かな手勢、それを殲滅せんと囲んで叩いている配下たちと明らかに配下ではない魔族たち。そしてヴィとセキを除いた族長と名持ち達は鳥人に掴まり、いや捕まっているのか? 分からないが空を飛んでいた。
倍近い戦力差を覆し、勝ったのだろう。そこは褒めてやりたい。だがその前に一つだけ言いたい。
状況がまるで分からない。
しばらくするとランがこちらに気付き、鳥人に何か伝えている。鳥人はこちらに協力してくれていることだけは分かった。
「魔王様~」
「さま~」
下から誰かに呼ばれた気がしたので向けばそこにはヴィとセキが居た。そうか、身体が粘液だから鳥人では掴めなかったのか。
「無事のようだな。安心したぞ」
どこも怪我をした様子もなく。……怪我をするのか? とにかく、見る限りでは両名共に問題は無いようなので安堵する。
これなら他の奴らも、と顔を上げた瞬間。
鳥人達が一斉に族長と名持ち達を手放した。勿論地上に降りてではない、遥か上空で。
何が起きたのか、突然の行動に一瞬理解が遅れた。だがすぐに正気に戻りヴィとセキを向かわせる。
とはいえ、落とされる方も素直に落とされるわけではない。ランとイチは素早く蜘蛛人の糸を飛ばし、鳥人に絡ませる。変に絡まっているためか、捕まった鳥人は必死に飛ぼうとするが少しずつ下降している。
そしてシバやリン、エナはその優秀な身体能力で大怪我を負うことなく着地した。
最も危ないカイはヴィとセキが落下地点に待機しており、派手に粘液を散らしながらも衝撃を吸収して無事に確保。
ただ、同じ種族であるゴウには誰も手が回らなかった。その巨体はかなりの速度で落下してきて、山の斜面に激突。地面に埋もれた、のかと思いきやどこかの空洞に当たったのか更に落下していった。
巨体で体重が重く、かなりの速度で落ちて行ったが耐久力はある。空洞が余程深くない限り大怪我はするだろうが命に別状はないだろう。
「えー。誰か、様子を見てこい。ランは報告に来い。それであそこで囲んで叩いている奴らにすぐに終わらせて戻るように伝えてくれ」
とりあえず出来ることからやっていこう。
俺の目の前で配下たちが休んでいる。満身創痍の者ばかり。倍近い戦力差を相手に奮戦し覆したのだ、当然だろう。
しかし重傷者は少ない。これはシバの代わりに指揮を執った軍犬の見事な采配と、前にヴィに与えた薬を持って来ておりそれを配ったためだろう。まだ薬を取っておいたとは、てっきりもう食ったと思っていた。
薬と言えば俺は魔法薬を僅かに持っているが貴重なためアリスにしか使っていない。ただアリスの怪我はこの場の誰よりも酷いからな、全快はしないと思われる。歩ける程度まで回復してくれれば良い。ダンジョンに戻って寝れば全回復するのだからな。
「なるほど、おおよそ分かった」
怪我の少ないランから大体の事を聞き終えた。
俺が授けた策を用いて戦うも人数差を覆せず、族長と名持ちのみの少数精鋭による敵の大将、二名の大悪鬼を狙った首狩りを実行。激戦の末に勝利するも、死に際に大悪鬼が軍勢を反転させランたちを狙うように指示した。
大悪鬼との戦闘後で数が減らしたとはいえ三桁の軍勢。数の力に押しつぶされかねない絶体絶命の状況。その状況で族長たちを救ったのが鳥人だった。
鳥人に話を聞けば、何故か分からないがダンジョンの前で寝ており、首領悪鬼に見つかれば殺されると巣に戻ろうとしたところ、交戦している仲間を発見。しかし相手は首領悪鬼を討伐すると約束した俺たち。鳥人は大急ぎで仲間たちを説得。余程鬱憤が溜まっていたのか鳥人の種族は即座に寝返りを決断し、苦境に立たされていた族長たちを上空へと逃がした。ただシバやリンは良いが、身体の大きなランやイチ、カイやゴウには複数の鳥人が力を合わせなければ飛べず、二度としたくないと零してランとイチに睨まれていた。
族長たちを落とした理由はランが降ろせ、と言ったからだそうだ。うん、俺もこいつらの力を借りて空を飛びたくはないな。
「それで、気になっているんだが。その後ろの奴らは何だ?」
「「「魔王ノブナガ様! 我らを救い、ありがとうございます!」」」
配下たちの更に後ろ。見慣れない魔族たちが居た。数にして百から二百くらいか?
毛並みの悪い群犬、鱗が岩のようになっている蜥蜴人の亜種、痩せこけた豚人。それと一緒にいる鳥人達。
「さっきまで、小悪鬼を囲んで叩いていた奴らだよな?」
「はい。どうやら彼らは首領悪鬼に力尽くで従属させられていたらしく、鳥人が寝返ると彼らも同調して寝返り、憤怒の表情で首領悪鬼の軍勢に襲いかかりました」
念のために近くに居るランに確認を取る。
まあ力尽くで従属させ、見ての通り酷使していたらそりゃ裏切りたくなる。その中で力の象徴である首領悪鬼がおらず、目付け役の大悪鬼が討たれれば裏切らない理由がない。
それに首領悪鬼の軍勢は命令通り坂を下りるも目標ははるか上空。攻撃手段がなく代理の指揮官が居らず困惑し、自分たちに背中を見せている。このまま襲えば逆落としとなり、その威力は絶大。
うん、裏切らない理由がない。
「「「どうか、我らを配下に加えて頂けないでしょうか」」」
バッと下がる百を超える頭。はっきり言って受け入れたくない。何せ食糧問題が解決への兆しが見えている中で食い扶持を増やしたくない。しかしこいつらを見捨てれば確実に滅ぶだろう。先程までは憎悪と言う力があったから良いが、もう彼らに力はない。もし配下に加えなければこのまま力尽きて滅ぶだろう。
それはさすがに目覚めが悪い。それに後の事を考えるとやはり手数は増やしておきたい。
「良いだろう。鳥人は後で代表を決めろ。その他の種族はシバ、リン、カイが管理するように」
こいつらのことはダンジョンに戻ってから考えたい。いや、ダンジョンに戻ってもあんまり考えたくない。なので族長たちの指揮下に入れた。
ただ鳥人だけは他の族長には任せられず、また一階位しかいないため代表を選出させる。他の魔族と違い怪我をしている個体も少なくまだ元気がありそうなので哨戒させるとしよう。
さて、これで話すことはないか。ならばゴウの方に。
「あの、魔王様。後ろに居るのは……?」
「ああ、失礼。自己紹介が遅れました。オルギアと申します。これからノブナガ様の下で頑張らせていただく所存です」
我慢できなくなったのか、ランが俺の背後にいるものを聞いていた。
俺の後ろに居るのは先程目を覚ましたオルギア、命乞いで配下とした小悪鬼達。そして未だに目を覚まさぬアリスと、大変な苦労の下で運ばれて来た首領悪鬼の死体だ。
どうやら新しく入った配下は今までの経緯故に小悪鬼を殺したいほど憎んでいるのか、小悪鬼を殺さんばかりに睨みつけている。しかし残念。もう私の配下同士、仲間なので駄目です。手で視線を遮り止めさせる。
しかし、意外だったな。
「え? 配下になってくれるんですか? てっきり首領悪鬼の命令がなくなったから放浪の旅に戻るのかと」
「いえいえ。流石に二度も命を救われ、更に今回のように多大な迷惑をかけておきながら何もせずに立ち去るなんて出来ません。どうかこき使ってください」
それはありがたい。片腕になってしまったとは言えアリスと互角だった戦力だ。しかも何より話が分かる人格者だ! どうも今まで出会った強者は大抵話を聞かない奴だったからな。どっかに腕が落ちていれば付けてあげたいところだ。
「あの、アリス先生は」
「見ての通り戦闘が激しくてな。戦闘後に力尽きて倒れてからずっと寝ている。やはりオルギアの一撃が響いていたのか」
今度はリンがアリスを心配した様子で聞いてきた。俺が言い終わると同時にアリスを先生と慕う配下たちが一斉にオルギアを睨むが、止めなさい。仲間だから。それにお前らじゃオルギアには勝てないぞ。
それと首領悪鬼の死体は持っていくことを伝えて置く。貴重だからな。多分。
他に伝えることはないか、また気になることはないか確認を終えると。
「魔王様、何か変~」
「おかしい~」
ゴウが落ちた穴を調査していたヴィとセキが戻って来た。もしうっかり落ちても安心、ということで任せたのだが、変? 何があったというのだ。
来て~、というので行くことに。配下たちにはその場で休んでおくように伝える。ただカイはゴウが心配で、またランは休む必要がないと言って付いてくるらしい。
「これ~」
と言われて見せられたのはゴウが落ちて出来た斜面に空いた穴。深いのか暗くて奥が見えない。
……何が変なんだ?
いろんなところに目を向けるが分からない。俺は穴の専門家じゃないんだ。
「見てて~」
ヴィはそう言うと石を取り込み、ペッと穴に向かって石を吐き出す。するとすぐに石が底に落ちたのかコン、と音が響いた。
「浅いの~」
そうだな、浅いから放り込んですぐに音が……浅い?
穴を覗き込む。底は見えないほど暗い。しかし石を投げた音から察するにこの穴は浅い、日だって真上にあるとは言わないがまだまだ明るい時間だ。浅いのに見えないなんておかしい。
「ラン、あの中に火を放り込めるか?」
何か燃えそうなものが手短にないか、探そうとする前にランが火の玉を作り出して穴の中に放った。おお、魔法って便利。
放たれた火の球は穴の中を進み、辺りを照らす前に闇に呑まれて消えた。
……絶対変だ。
「ま、魔王様……」
流石に目の前の光景に誰もが動揺を隠せず俺を見てくる。もしハニワ顔でなければ俺も動揺を隠しきれなかっただろう。
この謎の空洞。この中にはゴウが居る。助けたいが、日の光も、火の玉も照らせない闇がある。不気味で手が出しづらい。
しかし助けられる可能性がある者を助けないのは今後に関わる。なので誰か人員を送って様子を確認させるしかない。
しかし今回の戦闘で誰もが傷を負っている。となればあまり怪我がなく、頭もそれなりに回り、もしものことを考慮して耐久力がある者が良い。
…………俺か!?
他に誰か、と考えてみるが候補が上がらない。ぐぬぬ。
「俺が潜る。ラン、俺の身体に蜘蛛人の糸を巻き付けてくれ。合図があったらカイが思いっきり引っ張ってくれ」
中に入った際に危険があった場合すぐに引き上げてもらおう。それにゴウを俺一人で運べる気がしないしな。
ランに蜘蛛人の糸を巻き付けてもらっている間に、穴の中に手を突っ込んで中を確認してみる。
うん、ただの空洞だ。光を受け付けない以外は特に異常はない。
蜘蛛人の糸を巻き付けてもらい、カイもいつでも引き上げられてもらえるようにしっかりと持って待機してもらう。
それでは、出発!




