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小話 二十一話 近衛団長の苦労

自己紹介をムキムキにしてみました。

 事を知ったのは廊下で嫌そうに話をしつつも逃げ出す機会を窺っているファース辺境伯と、執拗に話をし逃がす気のないアルキー公爵を見かけた時だ。

 ファース辺境伯はオワの大森林魔王の件がある。現在向こうはどんな動きをしているのか、気になったので話を聞こうを近づくと、ファース辺境伯はこれ幸いとこちらを見つけ、おそらくそれを理由に話を打ち切りこちらにやって来た。

 アルキー公爵も相手が悪いと判断したのか、どうせ嫌がらせに来ていただけだろう、悠々と去って行った。

 

 ふとファース辺境伯の顔に汗が見えたが、アルキー公爵相手にそんなに疲れたのあろうか。


「お久しぶりですファース――」


「ノブナガ殿が来ております!」


 ファース辺境伯は俺の言葉を遮り、小声で周りに聞こえぬように、しかしはっきりと告げた。

 一瞬誰の事かと頭を巡らし、理解してから頭から血の気が引いた。


「何故もっと早く……いや、済まない。アルキー公爵か。知っているわけではないだろうから、嫌がるところを見事に見抜いたということか。ある種の才能だな。

 それで、あのまお……ノブナガ殿はどこに?」


 今はファース辺境伯の屋敷で待ってもらっているとのこと。しかしアルキー公爵の所為でかなり時間を食ってしまっているらしい。

 とにかく急いで迎えに行くべきか。いや、その前に陛下にお知らせせねば。誰かに使いを。いや、使いを出せる内容じゃない。

 しかしファース辺境伯を使いに出させ俺だけが魔王を迎えに行っても変だ。

 自分で報告に行かないと。しかしそうすると俺を使いに出したかのようになってしまうためか、ファース辺境伯も共に陛下の下へ。

 陛下は執務室でマンド殿と何か話をしていた。魔王来襲の報を告げると非常に驚き早急に迎えに行くよう指示が飛んだ。

 当然向かうのは俺とファース辺境伯だ。




「陛下が妙に慌てておられたな。確かにまお、ノブナガ殿の来訪が確かに急なことだとしてあそこまで慌てることだろうか?」


 周りの貴族に付け込まれぬよう急いで迎えに行きたい気持ちを必死に抑え、歩きながら帝城の外を目指す。勿論、話しかけるなとばかりに威圧しながらだが。

 外に出れば周りの目を気にせず急げる。本気で走ればファース辺境伯を置いて行きかねないのでそこは合わせるが。

 しかしその前に陛下のあの様子が気になった。慌てるにしても慌て過ぎな気がした。

 それを平然と受け止めていたファース辺境伯は何か知っているような気がした。


「あれは、キャン都市国家の外使が滞在しているからでしょう。無いとは思いますが外使がノブナガ殿を知っている可能性が……。違う、まさか来ることを事前に察知して? だとすれば……急ぎましょう。ノブナガ殿が待ちきれず近くまで来ているかもしれません」


 ……何かをファース辺境伯は察したらしいが俺には全く分からない。キャン都市国家は猫種の獣人が納める諜報に特化した都市国家だ。そして帝国に、ファース辺境伯領に隣接しており国境近くに要塞を持つ都市国家。

 今回は何か願いに来たらしいのだが、貴族会議前で陛下の時間が取れず調整に難航していた記憶がある。俺も関わったからな。

 何とか貴族会議後すぐに時間を取れることになったはずだが、それが魔王と何か関係があるのだろうか。何が待てなくなる理由があるのだろうか。

 しかしそれを聞けるような余裕はファース辺境伯の顔を見れば分かる。焦っている、説明するような時間もないようだ。

 帝城から出れば。


「そこの怪しい奴! 止まれ!」


 どうやらファース辺境伯の屋敷に向かう前に行かねばならない場所が出来た。




 やや危なかったものの、無事に魔王を見つけることが出来た。警備の者にも話をし、以後彼を見つけても顔を確認しないように伝えて置く。

 何やら萎縮させてしまったようだが、別に警備の仕方に文句を言うつもりはない。むしろ褒めても良いくらいだ。今回はたまたま相手が悪かっただけ。俺やファース辺境伯ならいざ知れず、その子息が居るからと言って確認を疎かにするようでは今後の警備に関わらせることは出来ない。

 その子息は、ファース辺境伯に連れ出され少し離れた所で叱責を受けているが。


「お久しぶりですノブナガ殿、お迎えが遅れて申し訳ありません」


「ん? ああ……」


 迎えが遅れたことを魔王に謝罪するも、何故か反応が薄い。まるでどう返せばいいのか迷っているように思える。……まさか。


「近衛団長のバン・バララムです」


「あ、ああ! 思い出した。いや、忘れていたわけではないのだぞ?」


 これは完全に忘れられていたな。まあ、仕方ないか。あの場は陛下と魔王の場。一緒にいたフルーンは奴隷の関係で話していたが、俺は何も話していない。強いて言えば控室の状況を話したくらい。

 これでは記憶に残らなくても仕方はない。


「それでは帝城までごあ――」


 とっと案内して用件を済まさせてオワの大森林に帰ってもらおうと考えたが。


「ノブナガ殿、申し訳ありませんが屋敷まで戻ってもよろしいですか? 先程はノブナガ殿の来訪を告げるだけ急ぎの用、帝城に長居するのにこの服装では少し質素過ぎて侮られてしまいます。それに今回はセルガンも参加させたいと思っておりますので」


 ファース辺境伯の後ろではたっぷり扱かれたセルガンが、げっそりとしながらも驚いていた。確かに時期領主が貴族会議に出るのは非常に珍しいことだ。しかも現領主と共にでは保護者同伴、未熟だと公言して出てくるよう者だ。これではファース辺境伯も侮られかねない、だが何か考えがあってのことだろう。後学のためになどと優しい男ではない。


「それではセルガン、ノブナガ殿を屋敷まで。よろしければこちらの方で服をお貸ししますが?」


 自然な流れのようにセルガンと魔王を誘導したファース辺境伯は、ほんの一瞬、僅かな隙を作ると俺の下までスッと近づき。


「時間は稼ぎますので、陛下にご連絡を」


 そう告げて戻って行ってしまった。ノブナガ殿は勿論セルガンもファース辺境伯が離れたことに気づいた様子もなく屋敷に戻って行く。

 ……しかしどういった意味なんだろうか。すぐに連れて行かず、まるでこちらが動ける時間を増やすような。多分意味はあるのだろうが。

 まあ陛下に伝える際に聞けばいいか。マンド殿でも良いだろうし。




「そうか、さすがファース辺境伯だな。キャン都市国家の外使がいることを知っていたとはいえ、良く予測できたものだ」


 ファース辺境伯の時間稼ぎを伝えると、やはり意味があったらしく陛下は感心しておられた。マンド殿も同様に頷いている。


「陛下、私には状況が良く理解できておりません。魔王が帝国に来た本当の目的は何なのでしょうか? キャン都市国家と関係がある様子でしたが」


「ああ、そうだ。それにはまず国家群の異変に付いて考えなければならないが、タダラ鉱国とカルネア公国が戦を起こしたのは聞いているな」


「はい、マンド殿から聞いております。嫁入りに来たタダラの姫がカルネアの大公を暗殺した事件がきっかけの。その後は聞いておりませんが」


「先程その後の、終息までの情報が入った。それを知らないと話にならん。

 まずカルネア公国が起こした軍だが、結局タダラ鉱国を攻めるどころか国外を出る前に消えた。ある理由では。それは後で話す。

 これをタダラ鉱国は好機と見て、スズリ姫の独断と言う主張を一変、大公の死とスズリ姫は何ら関係なく狂言であり、我が国に侵攻するための卑劣な策略である。そう宣言して逆侵攻を開始した。目的はカルネア公国の領土だ。タダラ鉱国は食料を輸入に頼りきっている、ここでカルネア公国の領土を、食料生産力を得ればタダラ鉱国は国家群の中で最大の発言力を得るだろう。

 しかしそれを見過ごせないのがズール大国、ユゥラ樹林国だ。今まで対等だった国が格上になるなど許容できるはずがない。だからその二国は、タダラ鉱国の言葉に賛同し、卑劣な国に正義の鉄槌、義はタダラ鉱国にあり、と表向きに体の良い言葉を選んで参戦。

カルネア公国は三都市あるからな、それぞれ一都市ずつ受け持ち肥沃な領土を手に入れられる、はずだった。

ここまでで何か聞きたいことはあるか?」


 少し長く話した、と陛下は一度区切り俺に理解が追い付いているか、この程度の話なら昔に良く聞いた話だ。帝国になるために通った道の一つとして。


「カルネア公国の軍が消えた理由は後で聞けるとのことなので、特にありません。要は犬と犬が喧嘩しようとしたら片方が肉だった。その肉が美味そうだから他の二匹の犬が齧り付いてきたという話でよろしいでしょうか?」


「なるほど、それは良い例えだな。三匹の犬が美味しそうな肉に齧り付いたわけだ。しかしその肉は毒だった。それだけの話になってしまうな」


 そこで一度区切り、陛下は話を戻した。


「その毒の名は寄生虫(パラサイト)。確認こそされていないが災害寄生虫パンデミックパラサイトが居たのだろう。カルネア公国の三都市で寄生虫(パラサイト)毒寄生虫(ポイズンパラサイト)が確認されている。

 攻め入ったタダラ鉱国、ズール大国、ユゥラ樹林国は大慌てだ。何せここで対応を間違えればどこかに居るであろう災害寄生虫パンデミックパラサイトが自国に流れ込む可能性があるのだから。

 だから泣く泣く、国家群の三割から四割の食糧を生産する土地を、そこに住み寄生虫の被害に苦しむ人々を焼き払った。災害寄生虫パンデミックパラサイトの危険度を考えれば救える人族を選定している暇など無いだろうからな。国としては正しい。

 ただ、元々連合軍を動かすための食糧を、肥沃な領土を、そこを運用し作り上げてきた人をまとめて焼き払ったのだ。これから数年は食糧難となるだろう。

 こうなったのは何故だろうか。偶然で災害寄生虫パンデミックパラサイトがカルネア公国に出現したのか? そんなはずがない。数か月前に居たな、国家群にちょっかいを出してくれと、まるで国家群に用があるからとばかりに頼んできた人、いや魔王が」


 ……なるほど、ようやく話が繋がって来た。

 国家群の大異変、国家群に狙われていたと思われる魔王、今来ているキャン都市国家の使節。……キャン都市国家の使節? あいつらは何の関係が?


「申し訳ありません、陛下。キャン都市国家が今の話でどう絡んでくるのでしょうか?」


「キャン都市国家か。あれは魔王からの土産だな。魔王がした頼み事、国家群国境近くで軍事演習。あれはてっきり注意を帝国に向けさせるためのものと思っていたが、あれはただの保険だったのだな。何せ注意を集めずとも魔王は何らかの手段でカルネア公国に災害寄生虫パンデミックパラサイトを出現させられたのだろうからな。

 先ほど言った通り、現在国家群は全体が食糧難になっているだろう。唯一ユゥラ樹林国は植林や果樹の栽培に手を出していたから凌げるかも知れないが。他は無理だな。

 ではそんな時に我が帝国が国家群に攻勢を仕掛けたら? 国家群は連合を組み我が軍に対抗するだろうか? 無理だな、食料の確保が困難なのだ。軍を集め、動かせるはずがない。各国、各都市国家が自力で防衛するしかない。

最初に帝国が攻めるのは? 隣接しているキャン都市国家だ。国家群でも中堅程度の都市国家では帝国の軍を、いや精強と知られるファース辺境伯の騎士団を撃退できない。

 しかもつい最近ファース辺境伯はまるで侵攻の準備をするかのごとく、国境近くで軍事演習を行っている。帝国に国家群の内情を知られれば攻めて来るかもしれない。

 キャン都市国家の使節が来た理由もおおよそ見当は付いている。不可侵条約でも結んでほしくて来たのだろう。ファース辺境伯が攻めて来る前に」


 魔王が軍事演習を頼んだからこそ、ファース辺境伯が攻めて来ると勘違いしたキャン都市国家が早々に頭を下げ、不可侵条約を結んでほしいと乞いに来たと。

 もしそうなのだとすれば、キャン都市国家は出来るだけ早く不可侵条約を結びたいはず。それこそ通常よりも多めの代償を払ってでも。

 それが魔王の土産?


「だとすれば、魔王はどれだけ先を読んでいたと!? しかもこれでは、我々がキャン都市国家に要求した物が、魔王の功績に。貸しになってしまうのでは」


「ああ、そうだ。魔王はそれを強調しに来たのか、その貸しで何かをまた頼むつもりなのか。分からないが、対策を建てるために時間が必要だった。それをファース辺境伯は読み取り、時間を稼ぐと言ったのだ」


 ファース辺境伯には本当に感謝せねば。俺だけだった何も考えずにそのまま連れてくるところだった。しかしキャン都市国家の使節が来ていることと、魔王を結び付けられるとは。見事な洞察力だ。


「それでは陛下。対策は如何なさいますか? 魔王に貸しを作らないために何も要求しないと言うのは愚策。しかし要求が大きければ魔王への貸しも多くなります。いっそ、不可侵など結ばないという手もありますな」


「面白い意見だがマンド。これを活かさないことこそ愚策。対策はすでに考えてある。バンは魔王を呼んで来い。マンドはキャン都市国家の使節を呼んで来い」


 陛下は何故か楽しげに指示を出す。どのような対策なのかは分からないが自身のある様子。


「ふふ、あいつはどんな顔をするかな。……いや変わらんか」




 陛下に指示された通り魔王を迎えに行けば、ファース辺境伯の偉大さを改めて実感することになった。


「こちらが最近貴族で流行となっている服です。胸元に小さく模様が入っているのが分かりますか? これが爵位を現しているのです。しかし爵位は見せびらかすのは優雅ではない、ですので小さく分かりにくく、それでも見れば分かる程度に出ております。これは職人が最も気を遣っている部分ですね。ええ、分かりました。いつか当家専属の職人をご紹介いたします。引き抜かないでくださいね。はははっ」


 見事な時間稼ぎだった。ふと屋敷を歩く使用人を見れば何かが入っていた皿を片し、逆種類豊富な菓子が入っている皿を持ってきている。

 菓子と服、この二つを見事に使い時間を稼いでいるようだ。一つ一つ、懇切丁寧に説明すれば時間も稼げるだろう。服装も古い物から新しい物まで並べて魔王の目に留まった物を説明すればそこまで不快にはならないはず。

 しかしそれを俺が思いついたとしても実行できるか、と問われれば無理だ。服にも菓子にも興味がないので説明など出来ない。ファース辺境伯もそうは変わらないはず。なのに平然とどれについても説明できるファース辺境伯が異常なのだ。


「バ、バン近衛団長。お疲れ様です。あ、あの。貴族って何でも知ってないといけないんでしょうか? 聞かれたら何でも答えられるくらい出来ないといけないんでしょうか?」


 少し離れた所で見ていたセルガンが動揺した様子で聞いてくる。この様子だと菓子と服だけではないないのだろう。

 貴族にはある程度の教養は必要だが、あそこまで何でも知っている必要はない。ただ、オワの大森林と隣接するファース辺境伯領の跡継ぎなら、知略であの魔王に負けない程度は欲しい。そうなると様々なことをある程度は知っていないといけないだろう。

 だから俺が彼に言えるのは。


「頑張りたまえ」


 後、頼るなら俺ではなくマンド殿などにしてくれ。俺は貴族でも一般的な教養しか身に着けていない。ついでに言えば、あまりその教養も使っていないので錆び始めている。

 受難しか待ち受けていないセルガンの肩を叩き、ファース辺境伯と魔王の声をかける。


「お話し中の所失礼いたします。ノブナガ殿、お迎えに上がりました。ファース辺境伯も、陛下から感謝するとのことです」


「ん、おお! 迎えを寄こすほど時間が経ってしまったか。ファース辺境伯の話が面白いのでな。すぐに行こう。……服装はいつも通りこれで良いか?」


「はい、特に問題はないかと。……顔を隠す布はお持ちください」


 魔王はいつも通りの自分の服装を気にしているようだが、その辺りは対処できる。陛下の友人であることを知らせれば、服装程度で絡んでくる愚か者は居ない。

 後ろでは終わりの分からない時間稼ぎをしてくれていたファース辺境伯が、ほっと安堵した様子だった。本当にお疲れ様でした。

 

「何やら忙しい時に来たみたいですまないな。貴族会議だったか? ギルに礼を言ったらすぐに帰ろう」


 これは、陛下の言っていた通り貸しの強調に来ただけなのか。貸しを盾に何かを要求するにしてもこちらがキャン都市国家に何を要求したのか知らねば出来ないはず。

 

「そうですか。残念です、もう少しおもてなし出来れば思ったのですが。それではこちらの方で馬車を用意しておきます」


「そうか、ファース辺境伯は貴族会議の為に残るのだったな。何から何まで迷惑をかける」


 本当にそう思うのならとっと帰ってくれ、と思うが口には出さない。それにこの手の事は如何に相手に表立って迷惑をかけずに困らせるか、という部分もある。


「お気になさらず。それではご案内いたします」




 魔王を帝城に迎え、他の貴族に見つかる前に陛下が魔王に会い早々に用件を済ませるのかと思っていたら。


「ほう、さすがは帝城。待合室もまた豪華だな。ファース辺境伯の屋敷も驚いたが、ここはそれ以上だな」


 待合室で待たされる羽目に。少しなら分かる、陛下のすぐに来られるという訳ではないだろう。しかし少し待たせ過ぎではないだろうか。魔王が待つのに飽きて部屋を見て回り始めた。

 相手を飽きさせずに待たせるなど俺には出来ない。なので、俺は護衛のように扉の近くで待機し、相手はファース辺境伯とその息子に頼んだ。まあ、セルガンは何も出来ていないが。


「はっは、さすがに帝城より良い物を置いていたら睨まれてしまいますよ」


「それもそうか。しかしギルはそこまで狭量ではないぞ」


 それは多分陛下ではなく、アルキー公爵など言いがかりを探している人物に対してだと思う。


「そう、ノブナガ殿は貴族会議がどのような日程で行われているか知っていますか?」


「む? 集まって話し合うだけではないのか。もしかしたら何かの参考になるかもしれん。聞かせてもらっても良いか?」


 何故今更そんな話を、と思うがファース辺境伯の事だ。成り立ちを話せばそれなりに時間稼ぎになるだろうし、もしかしたら他の意味もあるのかもしれない。


「実はですね、貴族会議はパーティーから始まります。というのも理由がありまして。

 戦争が終わり、これからのことを話し合おうとした初めての貴族会議。その前にすべきことがあったのですが、直前まで誰もが忘れていたんです。祝勝式を。

 大々的にやっている暇はなく、しかし区切りとしてはやっておきたい。なので、会議の前の晩に集まりそこで祝勝式をしたんです。これが後に、貴族会議の前に必ずパーティーをする習慣になったんです。

 今では一年を無事に過ごせた、または政策の根回しに変わっていますが。

 そのパーティ、実は今開かれているんです」


「ほう、まるで新年か建国記念日の祝賀のようだな。しかし本当に忙しい時に来てしまったな。ギルに迷惑ではないだろうか」


「いえ、むしろありがたい時に来てくれたと思ってくれていると思います。ですよね、バン殿」


 いきなり話を振られて戸惑う。ほとんど聞き流していた。ただ同意を求めているようなので頷いておく。

 魔王も、賓客のように思ってくれいているのなら嬉しいな、などと今更なことを言っている。俺と帝国の重鎮であるファース辺境伯が相手をして無下に扱っていると思われていたのだろうか。


 それからしばらくすると、陛下から使いが来た。どうやら陛下の準備が整ったのだろう。そのまま案内させる。

 ……? この道は陛下の執務室への道じゃない。これは。


「遠路はるばるよく来てくれた。我が友よ」


 扉を開ければ陛下が両手を広げて出迎える。

 魔王は今の状況にやや困惑しながらも陛下に応えるように両手を広げて抱きしめ合う。

 ここは、つい先程までファース辺境伯が話していた場所。貴族会議の前に行われる、パーティーの会場だ。

 しかも日が暮れるまでに集まれば良いはずの帝国貴族が、全員集まっている。もしや……。


「ギル、ファース辺境伯と交易が開始されたよ。初めての試みだからこれからどうなるか分からないがギルのおかげだ。ありがとう。それでこれはどういう状況なんだ?」


「交易が開始されたか。それは良かった。これはな、我が友の事を皆に知ってもらおうと思って集まってもらったんだ」


 やはり陛下は、この場で魔王の存在を貴族全員に知らせるつもりだ。

 魔王との繋がりを隠したまま、というのは他の貴族に知られた際に、魔王の手先、などと言われ弱点になり兼ねない。しかし逆に、こちらが先に公表すれば。


「皆の者、今日は無理を言って早く集まってもらって済まない。どうしても、早めに知らせておきたいことがあった。すでに食べた者が多くいると思うであろう、この食材。実はトツトツなのだ。これの調理法を教えてくれたのが、我が友だ」


 陛下は近くの籠から茹でたトツトツを掴む。おそらくほとんどの貴族は口にしているはずだ。何せ見たことのない食材なのだから。

 誰もが陛下の言葉に驚きを隠せない様子。何せトツトツは棘の玉。投げて魔物や魔族を追い払う物であり、食べようなどと考えたものはおそらく一人も居ない。

 それを食材として扱えるのなら、食料不安を抱えている貴族からすれば天からの助けと言っても良いほどの朗報だろう。


 まるで主役に道を譲るように、陛下は一歩下がり魔王に前に出るように手を向ける。そして何か小声で言うと魔王は頷き一歩前に出た。


「あー、初めまして。今紹介されたギルの友であり」


 何人かの貴族が拍手で応えた。あそこは特に土地が弱く常に食料不安に悩まされている所だ。

 しかしその拍手もすぐに途絶えた。何故なら。


「オワの大森林の魔王ノブナガだ。よろしく頼むよ」


 魔王が顔の布を取り外して名乗った所為だ。

 大量の人は一斉に血の気を引かせるのを初めて見た。何人かの貴族はすぐに扉に逃げようとし、警備の者達はそれぞれの獲物を一斉に抜いた。


「うええええ!」


 すぐ近くに居たセルガンが驚きの余り叫んだ。

 ちょっとした混乱が生まれかけたその時。


「何をしておるか馬鹿者! 我が友に失礼だろうが!」


 一喝。それだけで浮き足立っていた貴族たちがピタリと止まり、今にも魔王に襲いかかろうとしていた警備もまるで金縛りにあったかのように動かなくなった。

 陛下が魔王に謝っている間に俺はこの場を収束させねば。


「客に武器を向けるものが居るか!」


 貴族は、どうでも良い。ただ周囲の警備はすぐに黙らせないといけない。武器は敵意そのものだ。それを向けるわけには行けない。

 何人かは俺の言葉に不満そうに顔をして引っ込めるのを躊躇っていたが、俺が睨めば渋々戻した。


「気にしてないよ。人族と魔族の関係は分かっている。魔王となればなおさらだ」


 どうやら陛下の方も終わった様子。魔王も特に怒っていない様子だ。

 先程逃げ出そうとした貴族は論外として、他の貴族は何とも興味深そうに魔王を見ている。

 何せ魔王は人を襲うだけの存在であり、あんな理性的に話すなど夢でも聞いたことがないだろう。しかもトツトツの調理法まで抱えてやってきたのだ。どう付き合うべきか考えているのだろう。

 

 この瞬間、陛下にとって魔王と繋がっているという弱点は消え、魔王と友好を結んだ、トツトツの調理法を持ってきたという功績が現れた。

 この功績は明日の貴族会議に大きく影響するのだろう。


 そうなっては困るのは高位の爵位を持つアルキー公爵などだ。何とか切り崩せないかと魔王に近づこうとしたその時。


 バン、と扉が開いた。現れたのはマンド殿だ。


「陛下、キャン都市国家の使節をお呼びしました」


「うむ、入れ」


 狙っていたのだろう。見事だ。これでアルキー公爵などは魔王に話しかける機会を失った。

 その間にも陛下は魔王にもう一度布を被るようにお願いしている。

 

 入って来たのは獣人猫種、人族と違い頭の上に耳があり顔の周りがやや毛深い。それに国家群の中でも中堅程度の力しかない所為か、使節の服もこちらから見れば劣るものに見える。


「この度はキャン都市――」


「良い、堅苦しいのは無しとしよう使節殿。見ての通り丁度この場にはこの国の方針を決めるものが多くいる。使節殿、何をしに来たのか聞こう」


 こちらからすれば周囲に知らせる必要がなくなり、向こうもこの場で話し合われて答えがすぐにもらえる可能性が高いので、この場で言えるのは決して悪い機会ではない。

 はっきり言えば、これで良い返事か悪い返事かは使節の腕次第と言える。


「それでは、単刀直入に申します。キャン都市国家と不可侵条約を結んでいただきたい!」


 駆け引きは無意味と判断したのか、使節は誠実に、頭を下げその場に居る全員に頼んだ。

 ……その場に居る全員? 

 そう、この場にはまだ魔王が居る。魔王が居るということは。


「ほう、それはある程度の対価は支払う覚悟があるということですかな?」


 その場を代表するかのごとく、アルキー公爵が使節に問う。確かにそれは通常であれば正しいかもしれない、しかにこの場では違う。

 もしその対価が決まれば、それは魔王への貸しになる。わざわざ魔王に貸しを伝えることになる。

 陛下もらしくない失敗を。


「はい。不可侵条約を結んで頂けるなら、それ相応の対価は払わせていただく所存です」


「ほほう。それはどの――」


 程度、と続けようとしたアルキー公爵を制止させるように陛下は片手を上げた。その場が静まり返る。


「不可侵条約、結んでも良いと思う。反対の意見の者はいるか?」


 反対は居ない。陛下に意見をする者もそもそも珍しい上、今回は誰もが対価を貰えると考えているので不可侵条約について前向きな者ばかりだ。

 問題はその対価だが。


「ふむ、反対の者はいないか。では更に、キャン都市国家に食糧支援も僅かながらにしたいと思う。丁度新しい食材も見つかりやや余裕がある」


 この言葉にはさすがに周りも騒めいた。確かにトツトツのおかげで慢性的だった食料不安は解消されるだろう。しかしそれはまだ先の話。まだトツトツの存在を貴族達に教えただけだ。食糧支援が出来る程余裕があるわけじゃない。

 しかし次の言葉で騒めきの方向性が変わる。


「対価として、キャン都市国家が唯一有するあの砦とその周辺で手を打とうと思う」


 対価が絶妙だった。金でも物でもない、領土と建物だ。防衛の要衝がファース辺境伯領にあるように、国家群にも当然ある。それはキャン都市国家が持っている砦だ。

 決してそこまで大きいわけではない。ただ場所が的確な場所にあり作りはちゃんとしている。整備も良くされ、攻めれば二日、三日程度は耐えられるだろう。

 その二日、三日が国家群と戦争する時には致命的になる。外敵からの攻撃には国家群は機敏に反応し、連合軍を発足して逆襲に来るだろう。そうなればそこから先は泥沼の戦争。

 そんな重要な砦とその周辺を、陛下は寄こせと言う。あの砦がなくなればキャン都市国家は国家群内での発言力は中堅から落ちるだろう。こちらとしてももし国家群と戦争した際に、キャン都市国家を無視して侵攻が可能になる。


「そ、それは。一度持ち帰り検討を……」


 それにはさすがに覚悟して来たはずの使節も冷や汗を流す。何せこれの影響はキャン都市国家だけの物ではない。国家群全体に波及しかねないものなのだから。

 しかしそんな時間を与える程陛下は、帝国は甘くない。


「別に良いが、その間にファースが侵攻するやもしれんぞ?」


「はっは、そうですな。どうも私の騎士団の面々は血の気の多い者が多いので」


 もはや脅しと言っても過言ではない。使節は顔をうな垂れ、汗が滴るまで黙った後に。


「分かりました。あの砦と周辺をお譲り致します。ですが、食糧支援を我が都市国家のみならず、周辺の都市国家にもお願いいたします」


 結果、使節は折れた。ただし食糧支援の規模を広げることにより、周辺の都市国家に貸しを作り批判を避けるための逃げ道は忘れない。

 陛下もそれを笑顔で受けた。周りの貴族も対価としては決して悪いものではないと納得した様子でそれを見ていた。

 しかしそうなると魔王への貸しが……いや違う。

 不可侵条約を結んだ時、こちらは何も要求していない。要求したのは食糧支援の話の後だ。

 勿論、食糧支援だけで砦を対価にはさせられない。不可侵条約と一緒に向こうは考えているだろう。

 しかしこちらは食糧支援の対価として砦を、と立場を取れば良い。そうすれば魔王に貸しは無いことになる。

 しかし食糧支援だ。魔王が調理法を教えてくれたトツトツのおかげで余裕が出来たから出来る行為だ。これの対価はすでに魔王に支払ってある。新たに魔王から要求されることはなく、嫌味としては十分と言える。

 これには魔王もやられたと慌てふためく……と思いきや。


「これは美味いな。やはり質が違う」


 特に気にした様子もなく、誰もが陛下と使節に注目している中、平然と食事をしていた。まるでこちらの交渉など眼中に無いかのように。


「ノブ、口にあったかな。自慢の料理なんだが」


「ああ、非常に美味しい。さすがにギルの所は違うな。うん? 交渉は無事に終わったのか? おめでとう」


 本当に気にしていないかのようだ。貸しの強調に来たのではないのか。

 使節が退場する際にこっそりと魔王に退場を願った。

 するとあっさりと承諾。まるで用件は終えたかのように。

 これに何か思うところがあったのか、陛下も見送りだけでもさせてくれと同道することに。




「あまり話せなかったが、帝都はどうだったノブ」


「素晴らしい所だったよ。また来たい位だ。良いかな?」


「勿論だとも。ただし、その前に私がオワの大森林に行きたいな」


 帰りの馬車が用意されている場所まで、陛下と魔王はまるで十年来の友のように和やかに話していた。

 護衛は俺一人。普通に考えて少ないが、警備に多く割いているため余裕はない。セルガンなんかは魔王と知り驚きの余り先程まで固まっていたままだった。


 そんな時に向こうに人影が見えた。誰か、と警戒するもすぐに解いた。あれは。


「ギルガルか。丁度良い、覚えて置け。こちらは友人のノブナガ殿だ。出来れば顔を見せてやってくれないか? ノブ、こいつは息子のギルガルだ」


「ほほう、初めまして。ノブナガと申します」


 そう陛下のご子息のギルガル様だ。鍛えられた立派な体躯に、戦士のような厳つい顔。

 不審者ではないことに安堵したかったが、逆に緊張が高まった。何故なら。


「父のご友人で。はじめま――」


「そして、オワの大森林の魔王をしております」


 魔王が顔を隠す布を取り、身分を名乗った瞬間。

 全身から殺気を吹き出し、ギルガルが腰の剣に手を伸ばそうとした。

 こうなると思った。ギルガルは大の魔族嫌い。人族なら大なり小なり敵対種族である魔族は嫌っているが、ギルガルはその中でも特に負の感情が強い。

 幼少時代に首領悪鬼(ドン・オーガ)の手勢に襲われたのがトラウマになっている所為だ。

 魔族滅ぶべし、と公言している以上、魔王の正体を知れば斬りかかりかねない、そう思っていたので身体はすぐに動いた。

 ギルガルが剣を抜く前に近づいて柄を抑えた。力は当然俺の方が上であり、抜こうとして出来るはずがない。陛下は何故わざわざ魔王だと教えたのか。

 結局何も出来ないと悟ってか、ギルガルは怒りの形相のまま踵を返しどこかへ去って行った。


「うん? どうしたんだ? 腹でも痛めていたのか? 大変そうだな」


「ああ、そうだな。気が滅入るよ。私情を優先するようでは、私の跡を継がせられない」


 一瞬会話が噛み合ってない、とばかりに魔王は首を傾げたように見えたが、気のせいだろうか。

 陛下は気づかなかった様子で、そのまま話を続ける。


「もう一人、あれよりも幼い息子が居るのだが、あれも本ばかり読んでな。私の跡を継がせられるとは思えない。仲が良ければそれぞれの分野で、とも思えたがほとんど話さん」


「あー、後継ね。確かに、その幼い方は分からないけど、さっきのギルガン君はあんまり迫力がなかったねえ。ギルとは大違いだった」


 ……迫力? あの殺気を浴び、斬りかかられて、あの顔を見て迫力がないと言い切れるのか。気づかなかったわけじゃあるまいし。……上に立つ者としての器ではなかったと言っているのか。

 

「……そうか、迫力がなかったか。私の目でも、ノブの目でも駄目なら本格的に考えないとなあ」


 しんみりと陛下が呟き、魔王も何か言おうとはしたが結局言葉は出て来なかった。

 そのまま帰りの馬車まで特に会話もなく、魔王は馬車に乗り込んだ。


「ではギル、色々と感謝している。楽しかったよ」


「ああ、今度はこちらがオワの大森林に行くからな。その時は頼んだぞ」


 陛下と魔王は最後に固く握手をした。

 そしてそのまま、魔王は何もせずにオワの大森林へと帰って行った。

 何をしに来たのか。表向きは陛下に礼を言いに。陛下たちは貸しの強調と考えた。しかし本当にそれで合っているのか。

 いや、俺がどう考えても無意味だろう。ただひたすらに陛下の剣としてそばに居よう。


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