小話 二十話 案内人セルガン
父上が連れてきた謎の客人。
「それじゃあ旦那、長旅で疲れたんで客室で休んでるッス。どうせ帝城も畏れ多くて行く気もしないッスから」
「分かった、ゆっくり休め」
あのライルと言うのはただの護衛だろう。中々に優秀そうな護衛ではある。
本命はあの布を被り姿を隠しているノブナガ。
一体どこの誰なのだろうか? 父上は皇帝陛下のご友人と言ったが、身分は貴族? いや国家群にあるどこぞの王族だろうか? そうでなければ皇帝陛下と釣り合わない。
知りたい、顔を見たい。しかしそんなことをすれば父上の怒りを買うことになる。更に背後に潜む陰険爺ことクラースにまで絞られることになる。
それはさすがに避けたい。良く分からなかったが、クラースがこの場に居ないだけで十分ありがたいことなんだ。
「ノブナガ殿はどのようなご用件で来られたのですか?」
「ん? ああ、ギルに礼を言いにな。交易が出来るようになったのでな」
……交易? やはり国家群の王族か? となれば外交の使者という扱いなのだろうか。となればこれは秘密外交。皇帝陛下のご友人と言うのもそれを隠すための嘘。
いや、それにしては妙に皇帝陛下に馴れ馴れしい。演技には見えない。……分からない。
「屋敷を見て回ったが、大きく、あちこちに装飾も派手さはなく周りに溶け込んでいる。良い建物だな。帝都の建物は全部これ程の物なのか?」
「えっと、帝都の建物は築三十年も経ってない新しい建物ばかりで、その、新しい技術を組み込んで長持ちしてまして。あー」
「はっは、話しにくそうだな。砕けて話してくれて良いよ」
「すみません。ありがとうございます。良い建物、って目線で帝都を見回ったことはないのですが、あれが壊れたこれが壊れたって話は聞きません。それでここは、貴族で辺境伯ですからでかくて、良いのは当然です。言葉遣いについては騎士団でも言われるのですが、どうにも直らないというか、上手く出来なくて」
あまり言葉遣いの気にならない人なのか、こちらとしては非常に助かる。もしかして身分はそんなに高くない? いや、それなら皇帝陛下のご友人などなれるはずがない。
とにかく、機嫌を損ねるようなことはないようにしよう。皇帝陛下のご友人だ。下手に怒りを買えば父上でもどうにもならないかもしれない。
「ほう、騎士団。ファース辺境伯は騎士団を持っているが、そこに属しているのか?」
「いえ、私は帝都の騎士団に属しています。いずれ父上の跡を継ぎ、帝国でも屈指のファース騎士団を率いることになりますので、ここで色々と学ばせてもらっている所です」
実際は学ぶような暇などなく、毎日のように扱かれ悲鳴も上げられない状況だ。というのも、この程度ファース騎士団を率いるなら遊び感覚で出来なくて、と団長たちが無茶なことばかりさせる所為だ。
そしてそんな無茶をファース騎士団の面々は平然とやってのけると言うのだから、騎士団を作り上げた祖父、そしてそれを受け継ぎ率いている父上を尊敬している。
そんな他愛もない話を続け、話も尽き始め時間がそれなりに経った。
そろそろ父上が帰ってくるなり、誰かを寄こすなりしても良いはずの時間だが。
「遅いですね父上。連絡程度は合っても良いと思うのですが」
「ふむ。何かあってもう出て来られないのかもしれないな。仕方がない」
確かに向かった先は皇帝陛下か近衛団長、何かあって呼び止められ戻れない、また他の人間を連絡に寄こせないということもありえるだろう。
そうなるとノブナガ殿をどうするか。父上が戻る、もしくは連絡を寄こすと思っているから待っているのだ。戻ってこないのに待たせては……。しかし時間を潰すにも話は尽きた。他に何か時間を潰す方法があれば。
「これほど暇になるとはな。帝都を見て回ってから来れば良かったか。いや、ファース辺境伯が付いてくるから無意味か」
「良いですね。少し帝都を見て回りましょうか? 人の案内をしたことはありませんが、騎士団で見廻りなどはしたことがありますので、行きたい、見たいなどがあればお連れしますよ?」
「ほほお! 良いのか!」
良い食い付きだ。話の内容が帝都についてが多かったのでもしや、と思ったが。
これなら十分に時間を潰せる。父上は待つように言っていたが、まあ問題なく戻ってくればいいだろう。
帝都の治安は良いし、騎士団で見廻りをしている俺なら顔も効く。余程のことはまず怒らないと思って良いだろう。
「ええ。どこに行きましょうか?」
「流石は帝国の首都。人通りが多い、職種も様々。見ていて面白いなあ」
「よ、喜んでもらえて良かったです」
ノブナガ殿が希望されたのは人通りの多い場所が見えるところ。妙な希望ではあったが、人通りの多い場所ならいくらでもある。
ただ一人にして欲しい、と願いは叶えられない。無いだろうと思ってはいても、何かあれば大変なことになる。主に俺が。
出来ない、と答えればあっさりと退いてくれたので、それほど期待してはいなかったのだろう。
「ノブナガ殿の所にもこのような景色はあるでしょう?」
「はっは! まるで違う景色しかないがな」
ある程度の街に住んで居れば人通りが多い所はあるはず。そうでなくても、祭りなどがあれば人の集まる景色は見れるはず。
なのにまるで違う景色? 秘境にでも住んで居るのだろうか? しかしそんなところに住んで居て皇帝陛下のご友人? いや、隠居された方? しかし声は若く思える。
「あの、興味本位なのですが、ノブナガ殿の所はどんな景色があるんですか?」
「む? そうだな、忙しなく動く者はいるが人通りはないな。後は緑が多い」
……やはりどこか辺境の田舎なのだろうか。隠居説が濃厚になってきた。
何らかの事情があり、誰も知らぬような辺境に住むことになった。今回は皇帝陛下に用事があり出てきたので、しばらく見ていなかった賑わいを見たくなった。
……それなら何故父上が出てくる? 父上が知っているなら俺にも話をしてくれているはず。最近知ったか、出来たか。そんな馬鹿な。
「今度は帝城を見たい。中は見れると思うから周りを見てみたい。さぞかし凄いのだろうな」
「ええ、分かりました。それでは帝城を周りを見て回りましょうか」
とにかく、機嫌さえ損ねなければ良いんだ。怒りを買うような言動をせず、厄介事を興さなければ。
「そこの怪しい奴! 止まれ!」
果たしてこれは俺が悪いのだろうか。おそらく父上やクラースが居れば、想定が甘い故の必然、とお叱り頂くことになっただろう。
そう、想定が甘かった。今は貴族会議のため警備が増え、警戒も厳重。騎士団所属の俺が居ても怪しい奴は怪しいに決まっている。
特に帝城の周りなど、一般人ですら逃げ出すであろう鬼気迫る警備だ。その中で、頭から布を被るノブナガ殿が見逃されるだろうか。そんなわけがない。
「はい? 何でしょうか?」
「その布を取れ。怪しい動きは見せるな」
「いやいや、こちらの方は我が父、ファース辺境伯がお連れしたお客人でして。決して怪しい者では――」
「黙れ! ならば顔を見せても問題あるまい。さあ、布を取れ」
うーん、まずいなこの状況。いっそ走って逃げだそうか。しかしこちらの素性を教えてしまっているし、何より今の騒ぎで周りの人々の視線が集まりだしている。この場から逃げ出すのは難しい。
ノブナガ殿も困った様子でこちらを見ているし。
「……ノブナガ殿、布を一瞬だけ取って騒ぎを収めることは出来ませんか?」
「……難しい。大変なことになる。警備一人だけなら誤魔化す方法をあったのだが」
顔を見られただけで駄目か。しかも今は複数の目がこちらを向いている。この場をやり過ごすのは難しく、逃げ出すことも困難。
「どうした! 早くしろ!」
父上に迷惑をかけるのを承知であの警備と喧嘩してノブナガ殿だけ逃がすか。周りの目もノブナガ殿から喧嘩する警備と俺に向く。
大丈夫、伊達に騎士団で鍛えられたわけじゃない。むしろ一発でぶっ倒さないように気を付けないと。いや、そこじゃないか。
良し、肚は括った。最初は顔面に一発。後は流れで。さあて――。
「待て! 待てえ!」
殴りかかろうとした瞬間、野太い声の制止がかかった。
声のした方を見れば我が父、ファース辺境伯とバン近衛団長がこちらに向かって来ていた。
良かった、助かった。……あれ? これ俺は父上に怒られるから助からないんじゃ。




