『湖南農民運動考察報告』 中層以上の社会(中層以上の社会) 宗法封建的な土豪劣紳 専制政治 国民革命 清党運動 本本主義 先哲(せんてつ)改良主義 子、太廟(たいびょう)に入り、毎事に問う
『湖南農民運動考察報告』
中層以上の社会(中層以上の社会)
当時の社会において、労働者および貧農を除く階級および階層を指す。すなわち地主階級、買弁階級、官僚、紳士(郷紳)、民族ブルジョワジー、上層小ブルジョワ分子などが含まれる。
宗法封建的な土豪劣紳
宗法制度とは、大地主階級の支配を保護するための政治制度である。土豪劣紳(地域悪徳ボス・悪質地主)は地方における地主階級および封建勢力の政治的代表であり、地主の中で最も凶悪な部分をなす。宗法封建的な土豪劣紳とは、一定の地域を独占・支配する地主封建勢力を指す。
専制政治
搾取階級が人民を支配する一形態である。国家の政権が完全に支配階級の代表である君主または国家元首の手中に握られ、君主や元首が独裁を行い、民主主義が少しも存在しない状態を指す。
国民革命
1925年から1927年にかけて、共産党の指導のもと、国共合作の基礎の上に第一次国内革命戦争が行われ、北洋軍閥が打ち破られた。当時、この時期の革命戦争は「国民革命」と呼ばれた。1927年4月12日に蒋介石が革命を裏切り、共産党員や革命的民衆を公然と殺戮して以降、蒋介石反動集団は「国民革命」を絶えず看板として利用し、自らの反動的支配を覆い隠した。これ以降、「国民革命」は国民党反動派が反人民的行為を行うための口実となった。
清党運動
1924年、国民党は中国共産党の支援のもとで改組を実施した後、各革命階級による統一戦線の組織形態へと変貌した。当時、一部の共産党員は個人資格で国民党に参加し、革命活動を展開していた。1927年、蒋介石を筆頭とする国民党右派分子が革命を裏切った後、全国各地で共産党員および国民党内の左派分子を殺戮したが、彼らはこれを「清党運動」と呼んだ。この時から、国民党は大地主・大資産家階級による反革命の党へと変質したのである。『教条主義に反対する』
本本主義
教条主義のことであり、主観主義の一表現形式である。その主な特徴は「理論が現実から乖離していること」にある。実際の状況から出発せず、マルクス・レーニン主義の立場、観点、方法を用いて革命の実践問題を解決しようとせず、書籍上の個々の字句から出発してマルクス・レーニン主義の質(実質)を投げ捨て、他国の経験を機械的に丸呑みし、上部の指示を盲目的に執行し、それを「一朝一夕には変わらない、万病に効く霊薬」とみなす姿勢を指す。
先哲
過去の優れた思想家や哲学者を指す。
改良主義
反マルクス主義的なブルジョワジーの思潮の一種である。階級協調を宣伝し、「(資本主義から)社会主義への平和的移行」という毒素を撒き散らし、資本主義の基礎に一切手を触れない微小な改良によって、労働者階級を誘惑して社会主義革命を放棄させようとする画策である。
子、太廟に入り、毎事に問う
孔子があるとき太廟(周の公室・祖先を祀る廟)に入って祭祀の式典に参加した際、あらゆる事柄に出会うたびに、他人に尋ねてその真相や理由を確かめたという記述である。祭祀が終了し、人々が忙しく帰宅しようとしているときでさえ、彼は人の袖を捕まえてあれこれと問い続けた。人々は彼を「礼儀作法を知らない」と嘲笑したが、孔子は「あらゆる事柄について尋ねることこそ、まさに果たすべき礼儀なのだ」と答えた。




