王居対米軍
怒涛の最終回。ついに王居軍は米軍と対決する。
さて、先の戦争末期のことでございます。はい。
オヤジは戦時中の予科練とか、そんな話を鼻受けて喋るのが常でした。おれは学徒動員で、半田工廠で働いていた、とか。グラマンに撃たれたとまで言うのでこちらも流石に鼻につき、「うそこけ」と言ったら、むきになってズボンをめくり、「これを見よ」というのです。そこには確かに弾痕のようなひきつれ傷がありました。にわかに歴史的人物が目の前に立ち現れたようで、感心したおぼえがあります。「校庭を走っていたから、グラマンのパイロットと目が合った」機銃掃射を背後に感じつつ、後ろを振り向きながら逃げまどっていたのでしょう。
硫黄島が陥ち、B29で本土爆撃可能になり、いつ上陸してくるのかという段階で、祖父は渥美半島であると想定したようです。もしくは、そういう噂が立ったのかもしれません。砂浜に上陸用舟艇で着岸するイメージでしょう。
女を山の中へ隠せ。
といった祖父の言葉を、母は覚えていました。祖父の頭の中では、戦争とはそういうものだという図式があったのでしょう。
でな、平五郎は、王居の世話役的位置にありました。
日露戦争における秋山淳のように、米軍上陸を幻視したのでございます。
硫黄島が落ちた。米軍が真っ先に来るのは渥美半島、そこから京を目指し天皇の首を取るはずだ。とね。
ならば、口の乾いた米軍は、絶対にこの王居の聖水に目をつけるであろう。そうして桑名、また鈴鹿を超えて奈良京都へ攻め込むであろう。
消防にはとび口を持たせて警戒させよ。狭い小路に潜ませよ。ヤンキーが火炎放射器持っていようが、不意打ちすれば必ず勝てる。
そんなうまいこといくか?
いかずばどうする。われらは天皇陛下の赤子。一気玉砕せなならん。
しかし、どうなんですかね? いっそのこと、聖水ヤンキーに献上して、酒サカナでおもてなしして、通り過ぎてもらうのは。
この王居の聖水を、ヤンキーにやるわけにはいかん。
いいんじゃないかなあ。命あってのものだねだし。
そんなことをして、近隣の村に顔が立つか。
むりこやりこ、やられまいたでええんじゃねえのか?
よし、佳三、それならおれを殴れ。
そんな走れメロンでもあるまいし。
ええから殴れ。
バシッ。バシッ。
なんで殴り返すんだ。
証拠が要る。
てめえ、どやすぞ。
消防は撤収だ。女子衆に炊き出しを指示せよ。米軍さまを饗応せなならん。コモ豆腐なら、酒も進もう。
確かにな。ところで、大井に聖水なんか本当にあるのかや。
ある。これは代々の秘密だが、渡辺の庭にある井戸だ。むかしはそれで酒作っていたが、今では本人でさえ由来を忘れている。
な~に~それはよ言えよ、おまえ。ははあ、あそこになあ。それ飲むとビンビンになったりするのか?
たーけ。ただただ清らかな気持ちになる。米軍さまもチョコくれて帰っていくかもしれんほどだて。
さすが平五郎さは違うな。これで安泰だて。
待ちわびた米軍のひとちたは、ちっとも王居には来ませんでした。
お後はもうないようで。
鼻受ける 得意げな顔をすると、ついアゴを出し、鼻は受けるかたちになるので、それを囃す使われ方をする方言。主に北陸で使われるという。
どやす どやすぞ、ワレが一般的な脅し文句になります。これは一人称が省略されていますが、全部言いますとオレがどやすぞワレとなります。それに対して、どやされるぞわれ、があります。これを全部言いますと、あなたは私にどやされますよ?という、より相手の立場に立ったより丁寧な言い方になります。どやすは、殴るというニュアンスとは若干違いまして、地面にのめり込むほどの打撃を与えるということになります。
漁師町なんかですと、二言目にはこんな文句が飛びます。なにようワレ、とか言い返さないと名折れになるんですね。まあ、そんなことです。
この物語はフィクションであり、なんらの時代背景、人物、地名などとは関係ありません。




