30 失恋してくる
すいません。昨夜一つエピソードを飛ばして更新していました。29から読んでいただけると嬉しいです
ヤコブはふーっとため息を一つついた。
「今回のことは、俺に預からせてくれ。依頼人と話し合ってくる。それまで、カリーナのものは、お前たちも手をつけるな」
そういいながら、ヤコブは第五王妃からもらった容器を回収する。
「ゲオルク大丈夫かしら?今、第三王妃のものを片付けに行っているのよね」
私は心配で、震える手を握りしめる。
過去のものを紐解くのは苦しい作業なのに、その中にお母様の死因となったものがあるかもしれない。
そう思うだけで胸も苦しくなる。
「そうだ......リリア、お前ならゲオルクの王宮の部屋に自然に入っても違和感はないだろう。第三王妃の遺品に、カリーナの関連のものがあったら部屋に持って帰れ」
ヤコブは思いついたように私に声をかけてきたので、私はぎくっと身を縮めさせた。
「ええっ!む、無理ですよ。だって...その...急な話ですけど、ゲオルクは第一王妃に、新しい縁組をお願いしたって...」
「はっ?なんでそんな勝手なことを?」
ヤコブは、唖然とした顔で私をみつめる。
その目を見ていると、なぜか、私はふっと力が抜けるような感覚になり、我慢していた涙が、ボロボロと落ちてきた。
突然の展開に、ヤコブもギョッとした表情になる。
「ゲオルク、今回のことで前に...ちゃんと...本当の...パートナーと...」
必死に伝えようとする。
だけど、言葉にならなかった。
ゲオルクは、偽物じゃないパートナーで、ちゃんと王妃たちから認められた人を妻にする準備を進めている。
そう言いたいのに。
きっとこの仕事から王族の仕事に戻って、私たちとはさよならするつもりだと思うってそう伝えたかった。
グレイは顔を顰めて、私をギュッと抱きしめながらヤコブに伝えた。
「ヤコブ、このバカ娘は、あのゴシップを取られた時に、ゲオルクに抱きついてギフトでゲオルクの未来の幸せを祈ったんだ。ゲオルクは、どうやらその重要性に気づいて、リリアとは離れて新しい伴侶をさがそうとしている。」
「何!なんで......って...ふう、原因の排除を恐れてか...」
私はそれを聞き、自分のギフトと関係があるとは思わず、涙でボロボロになった顔を上げる。
「え?ゲオルクが新しいパートナーを探すのは、私のギフトがあったからなの?そ、そうか、そうよね。幸せな家庭をゲオルクが願って動き出したってことよね」
私はそう言われて納得した。
皮肉なものだ。
お母様のことで前を向こうと動き出したのだけではない。
私のギフトも彼の幸せに向けて発動し始めたなんて...
でもそうよね。
お母様のことを乗り越えないと、ゲオルクに本当の幸せはないんだもの。
「それなら、尚のことリリアが第三王妃の部屋に行った方がいいだろうな」
ヤコブは、自業自得なんだからちゃんと解決しろという呆れ顔で私を見る。
「そうそう、リリアもどうせきちんと想いを告げて終わらせようとしていたんだしな」
グレイも、ゲオルクの表情を見て同じように頷いている。
「な、なんで?ヤコブさんが私の気持ちを知ってるの?」
私は、泣きながらもキョトンとする。
「なんでって、普段からあの距離感で兄妹でもないのにベッタリしていたら、普通は気づく。」
「お兄様のことしか知らないんだもの。距離感なんてわからないわ。」
私は完全に半べそ状態だった。
ゲオルクのところに行けない理由をなんとか作れないかしらと考えてみる。
今後、カリーナ様のことが明るみになった時に、間違いなく落ち込み自暴自棄になるゲオルクを支えるのは、新しいパートナーの方がいいわ。
だけど、出会ってすぐのパートナーが、すぐに支えてくれるかしら?
ゲオルクが新しいパートナーを気遣って、自分の苦しい気持ちも出せなくてもいいと、それが幸せだと自分に言い聞かせてしまわないかしら?
私はそう考えている自分が嫌になり、肩を落とす。
私ってば、理由をつけてゲオルクの新しいパートナーを否定しようとしてるんだわ。
「おい、なんか色々考えているようだがな、ゲオルクに危険が迫っていてもお前は行かないのか?」
ガツンとヤコブの冷たい声が響き、私はハッとヤコブを見つめる。
「第三王妃を害するためにカリーナが仕掛けた香水が、部屋にまだ残っていたらどうする?」
「あっ......」
あの事件の後、そのまま部屋を閉めていると話していた。
その可能性は十分ある。
なにかでそのギフトが発動してしまったら。
「もし、すでに捨てられていれば証拠は無くなってしまう。残っていたとしたら、ゲオルクやゲオルクがこれから大切にする人が手にしてしまうかもしれない。もしかして、つけてしまうかも!」
それは止めなければならない。
「行きます。第三王妃の部屋に。」
ヤコブが頷いた。
「リリア、帰って早々だが、これは任務だ。第三王妃の部屋から、カリーナが作成した香水を回収しろ。ついでに、ゲオルクに最後に想いの全てを伝えてこい。」
「わかりました。あの、ゲオルクには...カリーナ様のことは」
「どこまで伝えるかは判断を任せる。大事なのは、その証拠品の精査だ」
私は、首を縦に振った。
◇
「あら、リリアーナ様じゃないの?」
「往生際が悪いわね。」
そう声がコソコソ聞こえる中で、私は淑女を演じ切る。
不安があっても、それをおくびにも出さず美しく洗練した動きをするのが淑女───
ふふっ、お母様に感謝する日がくるとはね。
背筋を伸ばし、微笑みを少し浮かべ、コソコソ話をする人たちにも無言で視線を送り、歩く。
その歩く間の視線は、振られた女がまだ縋りに来たのかという軽蔑の目だ。
カツッ カツッ カツッ
その中で、自分の歩く靴音が、まるで死刑の絞首台に登っていくような音に聞こえていた。
侍従も、ヤコブから連絡を受けて、部屋まで案内はするものの、明らかにやめておけばいいのにという表情で私を見ていた。
ゲオルクがいる重厚なマホガニーでできた扉は、装飾も美しく、第五王妃の部屋の扉よりも明らかに手が込んでいた。
王の寵愛を受けていたというのは本当なのだろう。
その前で、侍従はドアをノックした。
「ゲオルク様、リリアーナ様がお越しになられました」
しばしの静寂が流れる。
「...え?...」
扉の向こうからいつもの聞き慣れたゲオルクの声が聞こえると同時に、慌てた足音が近づいてくる。
その声を聞いただけで、私は涙がこぼれそうになった。
ガチャッ
開かれたドアの先には、髪が少し乱れ、いつもよりもラフな格好をしたゲオルクが慌ててドアを開く姿──
「ヤコブから、火急の用件で人をよこすと連絡は受けていたんだけど、まさかリリアーナが来るとは......ごめん、ええと。その...」
困っているのが、手に取るようにわかる。
周囲の視線も感じるし、私も招かれざる客なのだとゲオルクの反応を見てもわかり、余計に苦しくなっていく。
「あ、ええと、侍従も一緒に...」
ゲオルクは私を追い返しはしないが、二人にはなりたくないようだった。
彼が、侍従に目線を送ると、侍従も頷いている。
これから迎える伴侶に対しても、前の交際相手を密室に入れる行為は、不誠実になるからだ。
それでも──
「な、長い時間は必要としません。人払いをお願いします」
私は震える声で、ドアの入り口でゲオルクに頭を下げた。
ゲオルクの表情は私からは見えない。
ただ、周囲の好奇に満ちた視線が私に刺さっていることだけは、肌で感じ取っていた。




