29 第五王妃へのプレゼント
昨夜、この話を飛ばして次の話を載せてしまいました。続けて読んでいただけると嬉しいです
「なんかすごい王妃だったな」
戻った早々、グレイはゲンナリした顔で座り込んだ。
私は、あの時のお母様の顔を思い出し、おかしくなって、思わずふふっと笑ってしまう。
「あんなに動転したお母様を初めて見たわ。私、今までどうやらいい子すぎたみたいね。」
「少しぐらい手こずらせた方がいいんだよ。」
お兄様もお母様の顔を思い出したのか、ぷっと思い出し笑いした。
そんな私たちを出迎えたヤコブは、まずは無事に帰ってきたことに安堵したようだ。
「第五王妃と言えば、雰囲気は子羊のような、可憐な典型的貴族令嬢だとおもったけどな」
ヤコブは、そんな激しい王妃だっけ?という顔で私たちを見つめる。
「まあ、無邪気と言えばそうですが、口は災いの元かな?」
そういいながら、グレイの顔から笑顔が消えて、白い手袋をはめ始める。
そして、お母様から預かった練り香水の容器を包んだハンカチのまま応接セットの木製の机の上に置いた。
貴族用のガラスカットが美しい小さな容器で、光の反射でキラキラ光っている。
「これ、エリザベス王妃から渡されたものよね」
私が覗き込もうとすると、グレイから触れないように止められる。その表情は険しく、これに何かあるのだと言うことは分かった。
「ヤコブ、母上の.......リアランス夫人のギフトの中身は管理局で調べたらわかりますか?」
「わかるが......調査履歴に残ってしまう。第五王妃の侍女を調べ回ったような形跡は残したくないな。なんで彼女をしらべたいんだ?」
ヤコブは、グレイの問いに乗り気ではないような返答をしたが、グレイは険しい表情を崩さなかった。
「この練り香水にはギフトが込められています。ギフトの中身は、《紅茶を口にしたら永遠の眠りにつく》です」
三人が一斉に沈黙する。
その香水はカリーナ様が、各王妃に事前に贈ったという話だったわよね?
たしか、それぞれ効用は違っていたけど、みんなそれぞれに効果があると話していたわ。
私はお兄様を見つめた。
「紅茶を私が淹れることは最初から決まっていたことなのかしら?」
だとしたら、第一王妃とカリーナ様は結託して、私を陥れた上で第五王妃を亡き者にしたかったことになるんだけど。
あの時、第二王妃のあたりで、毒を入れられたとか、お茶を飲んで倒れたと叫ばれたのよね。
それでも走る私を捕縛するように言ったのは第一王妃。
でも、もし私がお茶を淹れることが、第一王妃が思いついたイレギュラーな出来事だったとしたら?
今度は、お茶を準備した第一王妃が疑われたはず。
ただ、どちらにしてもこのギフト入り香水を作ったカリーナ様は黒だわ。
どうして?第一王妃にも、私に対しても、好意的に見えたのに。
「第五王妃が倒れた時は、ヤコブさんが触れただけだったわよね。ヤコブさんは解毒はできるけど、ギフトの解除はできないんでしょう?」
「だから聞いたんだ。あの日、倒れた第五王妃に触れたのはヤコブだけなのか?母上は、どうしていた?」
わたしは、ちらっとヤコブを見つめた。
ヤコブは、顎に手を置き、少し考え込んでいる。
「お前が言いたいことはわかった。リアランス夫人が、ギフトを解除する力を持っていたから、エリザベス王妃の体調が戻ったと思ったわけだな」
「お母様は、お兄様にこれをなんて言って渡したの?」
「これにギフトがかかっているか、それとも中に毒が入っているか調べてくれって。
後は、リリアには危険だから使わせるなと言っていた。第五王妃は何も危険性に気づいていないってさ」
「お母様が、私のことを...」
一瞬、行動が止まる。
ずっと他人のふりだったから、もう娘がいた記憶を忘れたものにしてしまったのだろうと思っていたわ。
もしかして、私が使ったら害があると心配してくれたのかしら?
いえ、違うわね。
第五王妃からのプレゼントでわたしが倒れたら困るだけか。
そんなわたしのがっかりした顔を少し見て、ヤコブは目を細めた。
「リアランス夫人は、これが警戒するものと理解はしていたが、自分が王妃にかかったギフトを解除したのか、それとも俺が毒を解除したのかがわからなかったわけか。」
「でも、お母様はヤコブさんが毒を解除できることは知らないですよね」
ヤコブは少し思い出すように、じっと考えていたが、当時の状況を見たらわかるかもなと呟いた。
「俺がリリアを顧みずに、第五王妃の元に駆けつけ他のは不審に思っただろうな。
そして、さりげなく解毒のためにいろんなものに触れたのは見ていたはずだ。リアランス夫人だからな。自分がギフトを消す力を持っていたとしたら、俺の似たような動きに、何かを消す力があるということぐらいはわかっただろう」
あの日、ヤコブは第五王妃に触れて、意識が戻ったら食器やミルク、カトラリーを整えるふりをして触れて解毒していた。
散らばったものを片付けたと思えば自然だが、私の付き添いの侍女がする仕事ではない。
「危ないと思ったのにお母様はなぜカリーナ様のお店で再び商品を買っていたのかしら?」
「リアランス夫人は、警戒していたんだろう?だとすれば、カリーナのことや渡されたものは何も疑っていないという印象をつけさせるダメだろうな」
そういえば帰りにカリーナに挨拶をしていた。
それならば一般向け用の商品をわざわざ買い求めていたのもわかる。
貴族のものと中身は同じで既製品だから何か入れられているおそれはない。更に、カリーナのものを気に入って使っているという体裁は整えられる。
「やっぱり狙われた理由は、第三王妃の件だろうか?」
グレイが練り香水を見つめながら、呟く。
「第三王妃?」
ヤコブの眉が寄り、眉間に皺が入る。
そう苛立つ気持ちは私も同じだ。
やっと、ゲオルクがお母様のことで区切りをつけたのに、唯一信用していたカリーナ様が嘘をついていたとなると、再び疑心暗鬼になりかねない。
「実は───」
私とグレイお兄様は、エリザベス王妃から聞いたことを伝える。
その話を伝えると、ヤコブの顔もみるみる間に曇っていった。
「その侍女が見た第一王妃に呼ばれて来たのでは俺だ」
私とお兄様はお互い顔を見合わせた後、ヤコブを凝視する。
「おいおい、誤解するな。俺のギフトのことを第一王妃は知ってるんだよ。第三王妃が毒でやられたと思ったらしくて、すぐ解毒してやってくれと言われたんだ。」
「じゃあ...間に合わなかったんですか?」
「いや、そうじゃない。間に合ったんだ」
ヤコブは苦々しげに顔を歪め、その時のことを思い出したようだった。
「俺が行った時に、まだ第三王妃は微かに動いていた。第一王妃は、しっかりしろと、すぐ助かるからと叫んでいたよ」
「演技か?」
グレイは、胡散臭げな顔をする。
「わからない。だが、解毒はできなかった。だから毒じゃないということになり、今度は医師を呼ぶことになった。俺は、この組織にいるのを見てもわかる通り、表立っては動けない事情があるんだ。だから医師が来る前に姿を消した」
「その後は?」
「病死で亡くなったと聞いただけで、その後その件で何か言われたことはない。だが......」
ヤコブは練り香水を前にして、考え込んだ。
私もグレイもヤコブと同じことを考えていたと思う。
「毒ではなく......ギフトだったら?」
三人はごくっと息を呑んで顔を見合わせた。
もしそうなら───第三王妃は、ギフトに殺されたことになる。
そして犯人は....カリーナ様の可能性がある
まさか......カリーナ様は、ゲオルクが唯一心を許している身内じゃないの。
どうして?
まだ子供だったはずのカリーナ様が、ゲオルクのお母様を?
私は、ゲオルクの気持ちを想像して苦しくなり、その場にへたり込んだのだった。




